5-4 外道家 VS 外道家

 その言葉を聞いて唖然あぜんとする愛に向けて〝外道 龍爪りゅうそう〟を手にまとい振るった。

「愛っ!!」

 どんっ、と。愛は突き飛ばされる。

「――えっ?」

 暗青龍の爪が知紅の身体を切り裂いた。おびただしい量の血飛沫ちしぶきがあがる。知紅の遺体いたいが草原に倒れ伏せた。

【あら。一番強い方が先に亡くなりましたわね】

 柔らかく微笑むと、殺せなかった少女へ顔を向ける。愛は声も上げずに全速力で古城の門へと走っていった。

【命を救って頂いたのに薄情はくじょうですわね……ん?】


 地面でうごめく何かに気がついた。血だ。周辺に散らばった血液が地面に横たわる死体に巻き付いていく。死体自体も血液に変わり、軟体の生き物のように立ち上がったかと思うと、人型を形成し、その中から更科知紅が現れた。身体からだには傷一つなく、深くきざまれた爪痕つめあとも残っていない。

蘇生そせいする過去異能といったものもあるのですね。驚きましたわ】

「で? どうするよ」

【別にどうともしませんわ。歩くたびに目の前にあらわれるありを踏みつぶしていたらきりがありませんもの。あなたのことは無視して、あの古城を破壊して、お兄様の死を確認したらわたくしも死にますわ】

「そうか」

 知紅は後方を確認する。すでに残りの三人は門の内側へと逃げ込んだようだ。

【あなたこそ、どうするおつもりで?】

「外道家に単身で勝てるのは、同じ外道家かあたしの親父だけだ」

 〝極真〟を限界まで引き上げる。必要以上に膨れ上がった赤い気は空高く昇ってゆき、烈火のごとく燃え上がる。無くなるまで消費し続ける。

「だからあたしは外道にちる」

 気を枯渇こかつさせると知紅は目を閉じた。心の奥底に眠る黒いよどみに手をのばすとつかみ取る。

「〝外道 極真〟」


 知紅はまぶたを開ける。光を失ったうつろな目で、自分と同じ目を持つ対面の少女と視線をわす。首をかしげた恋はたずねた。

【知紅さんは一番大切な方を殺しに行かれないのですね】

【もうやった。お袋は殺した。親父は殺せなかった】

【ふうん? まあいいですわ。同じ外道家同士とはいっても、青龍の外道家と朱雀の外道家。力の差は歴然れきぜんですわ】

 つらつらと言葉を並べ始めた。

【〝外道 龍鱗りゅうりん〟〝外道 龍爪りゅうそう〟〝外道 龍脈りゅうみゃく〟――〝外道 徹心てっしん〟〝外道 極真きょくしん〟】

 暗青色あんせいしょく暗緑色あんりょくしょく暗赤色あんかっしょくに包まれた異様な姿をとる少女。構えもとらずに、地面を蹴り出すと知紅に向かって音速を超えた暗青龍の爪を振りかざした。

 知紅はまともに受けずに避けると、同じく音速を超えた斬撃を恋の身体に数回加える。

 恋はひるまずに知紅のふところもぐりこみ抱きつこうとしたが、あっさりとかわされ背後に回られる。

【〝外道 極真剣〟】

 一秒で数千回以上の鋭い突きを頭、背中、足に加え続ける。二秒目ですぐさま恋は伸ばしておいた龍爪を振り向きざまに一閃いっせんするが、知紅は飛び退いてかわし、遠くの草原に着地した。

【さすがに速さでは本家にかないませんか。では数で攻めましょう。〝外道 龍籠りゅうかご〟】

 自分と倒也を覆ったときとは比べものにならないほどに巨大なとぐろ状の暗青龍の檻で自分と知紅を囲み、退路たいろを断つ。

【〝外道 龍神りゅうじん遣舞けんぶ〟】

 地面を暗青色の気で満たすと、そこから十体の暗青龍が現れた。

【一度、喰い殺しますわね。血を一滴残らず暗青龍の体内に閉じ込めておけば復活しても何もできないでしょう】

 十体の龍は巨大なあごを開くと、構えたままで動かない暗く赤い少女に向かって飛び出していった。

【〝外道 極真きょくしん剣々波けんけんぱ〟】

 暗赤色の殺気を圧縮した十つの刃が、十体の暗青龍を同時に真っ二つにした。


 ◇◇◇


【…………あら?】

 冷や汗が一筋ひとすじれる。おかしい。〝龍神遣〟を〝極真剣波〟一つで破れるはずがない。それは外道の武術だって同じはず。にもかかわらず殺気の刃は切れ味を落とすことなく進んでいき暗青龍を真っ二つにしてみせた。

 わたくしは思い出す。自分が戦っている相手が誰なのかを。


 更科知紅。最強の武道家の一人娘。史上最年少で武術を極めた天才。それが外道家となってわたくしの前に立っている。

 呆然ぼうぜんとしていたわたくしは、視線を空中の分かたれた暗青龍から、草原に立つ知紅さんへと戻す。誰もいない。

不味まずい――不味い不味い不味いッ!!)

 〝殺気〟は使えば使うほど増えていく。暗青龍をったということは、今斬りつけられたら三色の殺気を重ね掛けしているわたくしの身体でも斬れるかもしれない。


 大量の汗を噴き出しながら全速力で横に飛び退く。元の場所を見ると、足が二本転がっていた。

 その光景をさえぎるように目の前に暗く赤い何かがあらわれた。


 両手を前に向け〝龍神遣〟を放とうと思ったときにはすでに遅く、視界の両端で回転して飛んでいく自分の両腕が見えた。


 暗青龍の両腕と両足を生やせば戦いを続行することはできる。でも駄目だ。絶対に勝てない。この人はあえて首を狙わず、四肢ししを切断したのだから。

 だるま状態になったわたくしの身体は、草原を転がり勢いをなくすと、仰向けに倒れ込んだ。そのまま青空を見つめる。


 世の中は理不尽だ。今まで努力を積み重ねてきたのに。人生を諦め、外道に堕ち、家を捨て、四肢を失っても。好きな人一人、殺せないのだから。たったそれだけの妥協案だきょうあんさえもみのらせないのですね。

 わたくしは何のために生まれてきたのかを考えるとむなしくて、光沢こうたくを失っていた両目から涙があふれるのを感じた。外道家でも涙を流すのだと思った。


 草を踏みしめる音が近づいてきて、視界に知紅さんが映り込んだ。仏頂面ぶっちょうづらで、うつろな目でわたくしを見下ろしている。

 無意味だった人生。せめて笑顔で終わりを迎えてやろうと、微笑みながら別れを告げた。

【とどめをさして下さいな】

【あぁ】

 短く返答した知紅さんが腕を振るうと、わたくしの首は身体から切り離された。


 ◇◇◇


「……終わった、のか」

「お姉ちゃん……」

 静かになった戦場へ、避難していた皆が城門にあらわれた扉から次々と出てきた。

 草原にはおびただしい血が広がっている。その上には真っ赤な少女が立っていて、一つの死体が転がっている。

 外道家同士の死闘は、更科知紅に軍配ぐんぱいが上がった。

【……】

 血にまみれた知紅は、涙に濡れた少女の生首を血だまりから両手ですくいあげると、仏頂面のまま一言つぶやいた。


【《輸血ゆけつ》】


 草原に広がった血が動き出す。少女の死体が血液に包み込まれる。散らばった腕と足も血液へと変わり集合していく。知紅は生首をその血だまりの中に落とした。

「……過去異能? 何をする気だ」

「お姉ちゃんの過去異能は……〝蘇生〟……」

 血だまりは徐々じょじょに人の形を形成していく。くっきりとした輪郭りんかくが現れると血は固まった。亀裂きれつが走り、固まった血液ががれ落ちていくと、中から生前の姿をしたうるわしい少女があらわれた。

 知紅はしゃがみこむと、恋の頬をぺちぺちと叩き始める。

【おい。起きろ】

【……んっ……ん!? えっ!?】

 恋は飛び起きて自分の身体を確認する。切り離された手も、足も、首も。すべて元通りにくっついていた。

【あなたが、やったんですの……?】

【あぁ。死んでから五分以内なら、両手でつかんだ相手を蘇生できる】

【……どうして、助けたんですの? 外道家は殺しても罪に問われない。あなたがわたくしを助ける義理なんて……】

【あたしは、あいつらに救われた】

 三人を親指で指し示す。

【あいつらがあんたを救おうとしてたから、代わりにあたしが救った。別にあんたのためにやったんじゃねぇよ。勘違いするな】

【……わたくしは……また襲いかかるかもしれないのに……】

【ここにはあたしがいるだろうが。〝殺気〟がなくなるまでじっとしてろ】

 そう言って知紅は、草原の上に座った。

【……はぃ】

 恋は涙でうるんだ笑顔を見せると、知紅の横に座り、目を閉じて、頭を肩に乗せてもたれかかった。


「やっぱあいつ、すげえな。勝てる気がしねえ」

「私の自慢のお姉ちゃんですからねっ!」

「……愛だけのお姉ちゃんじゃなくなるかもしれねえぞ」

「えっ? どういう意味ですかっ?」

 草原には、幸せそうに眠る少女と、仏頂面の少女が残り、正気に戻るまで待ち続けるのだった。

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