2-2 玄武の武道家

 相吾の拳を、不良たちの拳を、〈空の拳〉を身体からだで受け止めてみせた。金属バットを蹴りで折り曲げてみせた。なぜなら彼女は〝玄武の武道家〟だから。

「僕としては武道家相手とも実験できるのは嬉しいんだけど、今は過去異能力者同士の戦いがやりたいんだよね。武術は使わないでくれるかな?」

「はい、すみません……。まだまだ未熟みじゅくもので、危機がせまると反射的に使ってしまいまして……」

 とぼとぼと、相吾から離れてゆく少女。二人は初めの立ち位置に戻った。

(……何者なんだ、あいつは)

 相吾がなんとなく〝そういうものだ〟と結論付けた事象を次々と紐解ひもといていく。

 自らに宿った過去異能だってそうだ。ほんの数十分前に手に入れたばかりなのに、すでに使いこなして応用までしている。

(あいつが救人部に入ってくれたら……なんてな。あいつは違う学校の生徒だ)

 それに、なんとなく気に入らない。あいつは、天枝空は自分と違って〝極められる人間〟だ、と。

 そう自嘲じちょう気味ぎみに思っている間も、二人は戦い続けていた。しかしそれは一方的な殴り合いだった。


「はあっ……はあっ……!」

「もう限界かな? まだ君の過去異能を見せてもらっていないから倒れられたら困るんだけど。やっぱり遠距離型と近距離型じゃ勝負にならないのかな。もう帰っていいよ。ああ、でも気になるから過去異能だけ教えて帰ってね」

「まだ……私は……!」

 ぽん、と愛の肩が叩かれる。振り向くとそこには、覚悟を決めた面持おももちの相吾がいた。

「代われ。次は俺がやる」

「ん、君も過去異能力者だったのかい?」

「いいや、違う。俺はただの不良だ」

「一般人はさっき三人も相手にして十分実験できたからいいんだけど。まあ、君がどうしてもやりたいっていうなら」

「安心しろよ。いい実験台になるぜ」

 そういって相吾は構えをとる。その構えにひどく見覚えのある少女は驚いた。

「え、それ相眞流の――」


「〝相眞そうまりゅう 徹心てっしん〟」


 突如とつじょ、相吾の身体から緑色の気が立ち昇る。やがてそれは凝縮ぎょうしゅくされていき、相吾の全身にまとわりついた。

「なるほど、君も武道家だったんだね。僕は実験がしたいからいいんだけど、武道家が武術で一般人を傷つけてもいいのかな?」

「過去異能力者は一般人じゃねえだろ。それと俺は〝武道家崩れ〟だ」

達人たつじんになることを諦めた武道家だね。いいね、好都合だよ。初戦の相手に相応ふさわしい。あ、まだ君の名前をいていなかったね」

真壁まかべ相吾そうごだ」

 空は両拳を左右に振りかぶると、交差させるように振るった。向かってきた二つの〈空の拳〉を〝徹心〟をまとった腕で防ぐ。腕に負傷は一切見られなかった。

「単体では駄目か。なら、これでどうかな」

 空は相吾に向けてではなく、四方八方しほうはっぽうに向けて拳を振るっていった。路地裏の壁や地面からかすかな音はするが、ちりが舞うくらいで、いまだに大きな破裂音はやってこない。つまり次々と放たれている〈空の拳〉は壁や地面や〈空の拳〉同士でぶつかり合って、跳ね返り続けているということだ。

 空は拳を振るうのを止めると、解説を始めた。


「〈空の拳〉のパワーとスピードは常に一定。だけど〈空の拳〉同士がぶつかり合った時、一方は破裂、もう一方はバウンドといった形をとると」

 ぱぁん、とついに一つ目の破裂音が鳴り響く。後方から聞こえてきたため、相吾はとっさに振り向いて腕を頭にかざしたが。

「ぐっ……!」

 想定していたよりも重い一撃が相吾を襲う。なんとか踏みとどまることに成功したが、まだ空の攻撃は止まっていない。

「今のはパワーとスピードが二倍になった〈空の拳 二倍速〉だね。次は三倍でいってみようか」

 ぱぁん、ぱぁんと立て続けに二回破裂音が響き渡ると、その音に対応するように相吾は腕を振り上げたが――今度は防げなかった。

(〝徹心〟しに……この威力かよ……!)

 吹き飛ばされて地面を転がる。玄武の硬い気でおおっているため目立つような傷は見られないが、空の攻撃はまだ〝三倍程度〟でしかない。

「次は四倍だよ。頑張ってね」

 破裂音が三回続いたあと、不可視の高速の一撃が地面で倒れている相吾に再び襲いかかった。


 ――かに見えた。


「珍しいね」

 空は驚いたように、そして嬉しそうに言った。

「君は〝二流派にりゅうは〟の武道家なのかっ!」

 〝赤い〟気を立ち昇らせる相吾は、姿勢を正すと新たな構えをとって不服ふふくそうに言った。

「だから武道家じゃねえって言ってんだろ。武道家崩れの不良だ」

「こ、今度は朱雀すざくですかっ? しかもそれお義父とうさんのライバルの……」

「ああ。〝最強の武道家 更科さらしな知久ともひさ〟本人から直接教えてもらった〝更科流さらしなりゅう 極真きょくしん〟だ。相眞そうま先生の紹介で、特別に中学一年生の夏休みの間だけ泊まり込みで教えてもらっていた」

「相眞先生って……じゃあやっぱり、相吾くんはうちの道場に通っていたんですね」

「三年間だけな」

 空は首をかしげて疑問を投げかけた。

「三年間? 夏休みの間だけ? 武術の気をあつかえるようになるまで、天才でも最低五年はかかるって聞いたけど」

「完全には修得できてねえよ。でも俺の才能だと、続ければ完全に修得できるってわけでもねえ。だから早めに切り上げた」

「そうか……君は器用きよう貧乏びんぼうなんだね。だから武道家崩れになったわけだ、面白いね」

「面白くねえよ。一つのことを極められねえ、つまらねえ人間だ」

「僕はそうは思わないね。だってこんなにも僕は今! 楽しさに満ちあふれているんだからっ!」

「……そうかよ」

 相吾は知らず知らずのうちに笑っていた。自分とは対極でむかつくはずなのに、気を良くしてしまっている。


「〝極真きょくしん〟は〝身体能力と五感を強化〟する武術だったね。すでに見切られている〈空の拳〉を当てるのは至難しなんの技だ。まあ、できなくはないけど……せっかく面白いものを見せてくれたんだし、僕の方も見せてあげないとね」

 おもむろに両手を上にかかげると、その両手を組み合わせた。


「《天空てんくう》」


 組み合わせた両拳を振り下ろす。すると突然、空気の流れが変わった。五感を強化している相吾にはわかる。

 圧縮された巨大な空気のかたまりが自分にせまってくることを。

 事前に攻撃を察知さっちし、高速移動で回避する。それが相吾の狙いだった。しかしこの狭い路地裏では、逃げ場がない。

「〝徹心てっしん〟!!」

 とっさに玄武げんぶに切り替える。緑色の気で身体からだを包み込む。限界まで気をり込み、硬度を上げ、重量を増加させた。


 直後、真正面から不可視の空気の塊が直撃したのだった。

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