2-3 救人部

「相吾くんっ!」

 ずたずたに引き裂かれた学生服を身にまとい、仰向けに倒れる相吾を抱きかかえる。すでに相吾に意識はなく、気絶していた。

「うん、いい実験ができたよ。今日はありがとうね二人とも、って相吾くんは意識がないか。起きたら感謝していると伝えておいてね。それじゃ」

 満足そうな顔をして背を向ける空に、愛は低い声で言った。


「待ちなさい」


 ぴたりと、空はあゆみを止める。

「何かな? もう君たちに用はないんだけど」

「何度も言いますが。あなたは、やりすぎなのです」

 ふらりと、立ち上がる。目に怒りの炎をともす。愛は本気で怒っていた。

「お互い納得して戦った結果だよ。君にとやかく言われる筋合すじあいはないね」

「そうですよね。言ってもわかりませんよね。だから拳でわからせます。私との実験は、まだ終わっていませんよね?」

「そうだけど……何度やっても、同じだと思うな。過去異能だけ教えて帰ってよ」

「いいえ。教えるわけにはいきません。だって今から、披露ひろうしますから」

 愛は両手を胸の前にかかげると、拳を軽く握り、親指を下に向け、両手でハートマークをつくった。

「相吾くんっ、あとでほっぺにキスしてあげますねっ!」

 力いっぱい、叫んで。


「《愛の心》っ!」


「《天空》!」

(なるほど。愛ちゃんは今まで拳を組み合わせた技に気づかなかったんだね。見るところ、あれは遠距離タイプの技。僕の《天空》と、どちらが強いか実験ができる……!)

 嬉しそうな笑顔で両拳をハンマーのように振り下ろす。再び、路地裏を埋め尽くす巨大な暴力の塊が放たれた。対して向かってくるのは、愛が両手で形作ったハートから放たれる桃色の光線。丁寧ていねいにハート型を維持して飛んでいく。

(三メートル――二メートル――一メートル!)

 両者の攻撃の間隔がゼロになった瞬間。拮抗きっこうするかと思われた攻撃は、お互いをすり抜けた。

「な……!」

(いや……確かに『空気』と『光』なんだからすり抜けるのが当たり前だけど、これは過去異能だぞ……。でも、元々《愛の心》がすり抜ける性質を持っているとしたら……って考えてる場合じゃなかった!!)

 空気の塊よりも速く到達とうたつした桃色の光線は、空の胸を貫いた。

「ぐぁああああ――……あれっ?」

(なんともない。やっぱりすり抜ける性質は正しかったんだ。じゃあ、この技には一体どんな効果があるんだろう)

 桃色のハートマークの残りが胸でくすぶっているのがわかる。しかし、まだ消える様子はない。

 ふと、顔を上げる。鉢巻きを結んだ少女は、しっかりと地を踏みしめながら、ゆっくりと歩いてくる。


(《天空》による被害がない……武術を使ったのか? いや、相吾くんを見る限りたとえ完璧かんぺきな〝徹心〟だったとしても無傷でむはずはない。じゃあなぜか……って)

 空はようやく違和感に気づく。

(待て。何をゆっくり考えているんだ僕は。愛ちゃんが近づいて来ているんだぞ。早く攻撃……しなければ……)

 答えに辿り着く。

「攻撃が……できなくなる力か……」

「はい」

 愛もようやく辿り着いた。空を殴れる、〈愛の拳〉を発動できる射程距離まで。

 冷や汗を流し始めた空が後ずさりしていくと、愛はそれに合わせて前進していく。

 がしゃん、と。背後から物音がしたので振り返ってみる。そこには空が少年たちを追い詰めた金網のフェンスがあった。


「うん、実にいい過去異能だったね。攻撃を封じられたらしょうがない。降参するよ、僕の負けだ」

「なんですか、それ? これは実験です。お互い満足するまでやりましょう」

「待ってくれ。悪かった。本当に謝るから。もうしない。二度とこの力は使わないって約束するから!」

「ふーん」

「僕は喧嘩なんて一度もしたことないんだ!! 痛いのは嫌なんだ!! 頼む!! 殴らないでくれ!!」

「私のことも、相吾くんのことも一方的に殴っておいて、まさか自分は一度も殴られないと思っているのですかっ?」

 少女は笑う。いつもは周りを笑顔にするその表情に、目の前の少年はおびえていた。

 空は覚悟を決めると、せめて衝撃は逃がせるようにとフェンスから離れて愛のもとへ歩み出る。

「……お、お手柔らかに頼むよ」

「ええ、任せて下さい」

 そういうと愛は、ピッチングフォームのように大きく振りかぶった拳を顔面に叩きつけた。

「〈愛の拳〉ぃいいいいいいい!」

 がっしゃーんと、空はフェンスに直撃し、路地裏で今日一番の音を鳴り響かせるのであった。


 ◇◇◇


 創部申請最終日。朝の教室で、愛は机に寝そべって「うぅ~」とうなだれている。結局、残り一人の部員が見つからずに最終日をむかえてしまった。

 もはや救人きゅうじんを作ることは叶わずに、愛と相吾はどの部活にも加入していない帰宅部として処理されそうになっていた。

(部活は諦めるしかないな。元々、人助けなんて部活にする必要なかったんだ。これからも二人で頑張っていけばいい)


 ふと、あの少年のことが頭をよぎる。気絶した相吾が目覚めたのは保健室だった。あれ以来いらい、あの空という少年と外で出会うことはなく、愛にいても、連絡先を訊かなかったためわからないと言われた。

 気絶している間に何があったのかをたずねると、頬に軽くキスをされた。そして《愛の心》という組み技を披露してくれた。

(あいつには……もう会えねえのかな)

 いけすかない笑みで自分勝手に振舞っていた、思考と知識の権化ごんげのような存在。自分には辿たどり着けない境地きょうちにいる空に嫉妬しっとし、あこがれた。

 できることなら、愛と、あいつと一緒に青春を送りたかった。


 がらら、と教室の扉が開く。担任の琴斑ことむら先生が教壇きょうだんに立つと教室は静かになる。先生は眼鏡の位置を整えると、生徒たちに言った。

「珍しい時期の転校となりますが、今日から皆さんと一緒に学んでいただく転校生を紹介します。どうぞ、入って来て下さい」

 再び教室の扉が開く。転校生は黒板の前に立ち、青いチョークを取ると小気味こぎみ良い音を立てて氏名を書いていく。

 ところどころはねている青い髪と、好奇心あふれる笑顔で。ぴっちりと新しい制服を着こなす少年は振り向いた。


天枝あまえだそらといいます。どうぞお見知りおきを。僕はこの学校に、知識を求めてきました。学生の本分ほんぶんは勉強ですからね。何かわからないことがあれば、何でも相談しに来て下さい」


 空は教室のある席を指し示す。そこには、いつのまにか顔を上げていた鉢巻きの少女がいた。

「僕はこれから救人部に入る予定ですからね」

 愛の表情がみるみるうちに、ぱああと花が咲くように変化してゆく。勢いよく席を立ちあがって空の目の前に立つと、拳を構えた。

 空も同じように構えると、二人は拳を打ち合わせた。ぱぁん、といい音色ねいろが教室中に鳴り響く。


「ようこそっ! 救人部へっ!」

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