6-2 青龍と白虎

 到着した五人がまず目にしたものは、荒野の上で気絶している倒也とうやの姿だった。

「お兄様っ!!」

 恋が倒也を抱き上げるが反応はない。


『駄目だな。白虎の才能はあるが肉体が貧弱すぎる。武道家に向いておらんな』


 果ての見えない荒野に、もやがかかった暗い空間。そこかしこに転がる大岩と共に、道着を着た武道家が丸太のような腕を組んでたたずんでいた。

 恋はその武道家をにらみつける。

「わたくしのお兄様に手を出して……ただでは済ませませんわよ」

『妹の貴様は青龍だけか』

「青龍だけって……なにをおっしゃっていますの? ではあなたは何だとおっしゃるのですか?」

『青龍と白虎の〝一流派〟だ』

「……青龍と白虎の一流派?」

『本来、青龍と白虎は合わせて一流派なのだ』

「信じられませんわ……! そこまでおっしゃるなら証明して下さいまし。お兄様への借りもありますし、今すぐ拳で返させていただきますわ!」

『いいだろう。稽古けいこをつけてやる』

「忍さん、お兄様を安全な所へ避難させて頂けますか?」

「おう。《しのび》」

 両手を人差し指と中指を立てた印の形に組み合わせると、足元から発生した煙に包まれる。忍装束しのびしょうぞくを身にまとった忍は、倒也を抱えるとその場から離脱した。


「〝早乙女流 龍鱗りゅうりん〟〝龍脈りゅうみゃく〟――〝徹心てっしん〟〝極真きょくしん〟」

 青、緑、赤の三種類の気を身にまとう。初手から最大限の身体強化をはかる。数歩で素早く距離を詰めると渾身の一撃を叩き込んだ。

「〝早乙女流 龍極りゅうきょく徹心拳てっしんけん〟!!」

『〝万丈目流 吸塵圏きゅうじんけん〟』

「な――!?」

 武道家を中心に、周囲一帯が白い球体状の空間で覆われる。恋がまとっていた気の全てが奪われ、ただの拳がただの胴体に受け止められた。

『〝万丈目流 龍鱗〟〝龍脈〟――〝徹心〟〝極真〟』

 〝吸塵圏〟を解除後、三種類の気を身にまとうと、全力で〝龍鱗〟を展開する恋に向けて同じ技を返した。

『〝龍極徹心拳〟』

 両腕に重い一撃が突き刺さる。遥か遠くまで身体が吹き飛ばされていく。地面が削られ、ぶつかった岩が砕かれ、何度も何度もそれを繰り返すとようやく動きが止まった。意識が飛んでいるようで、地面にぐったりと倒れ伏している。忍装束の忍が、すぐさま恋を抱えると倒也と同じ所へ運んでいった。


『次は誰が出る?』

 悠然ゆうぜんと振り返った武道家に対して、鉢巻きの少女が即座に名乗り出た。

「恋ちゃんと倒也さんのかたきは私がとるのですっ!」

『流派は玄武か。ならば我輩も玄武のみで戦おう。〝万丈目流 龍脈〟――〝徹心〟』

 緑色の気のみを身にまとうと、相対する愛も同じく〝徹心〟を身にまとう。まっすぐ武道家に向かっていきふところに踏み込むと、軸となる左足を荒野に叩きつけてめり込ませ、その衝撃を右拳にのせて愛の出せる100%の拳を叩き込んだ。

「〝相眞流 徹心拳てっしんけん〟!!」

 ごおん!! と鈍い音が幾重いくえにも荒野に響き渡った。武道家はその拳を胴体で受けきっていた。まるで微動だにしない武道家に、愛は目を見開いて顔を上げる。

最硬さいこうの武道家と呼ばれるお義父とうさんと同じくらいの〝徹心〟……!?」

『貴様はまだ玄武を極めておらぬか。専門ではないが玄武の神髄しんずいを見せてやろう。しかと目に焼き付けておけ』

 武道家は数歩下がって構えをとると、身にまとう気を膨れ上がらせた。

『〝万丈目流 徹心拳〟』

 空間を震撼しんかんさせるほどの重量。自重で地面を崩さぬよう、広範囲の地面に〝徹心〟を張り巡らせる。

 左足を強く地面に叩きつけ、発生した振動を増幅させるように突きを放つ。見えざる衝撃が愛の身体を貫いた。武道家は離れた場所から正拳突せいけんづきを放っただけである。それだけで愛は気絶し、地面に崩れ落ちた。


「愛っ!!」

 相吾は駆け寄ると、気絶した少女の身体を抱き上げる。仁王立におうだちでそれを見下ろす武道家は言った。

『残る武道家は貴様だけか……だが何だ貴様は。玄武と朱雀の二流派だと? そので立ちを見るに、一つの流派を極めることのできぬ半端はんぱもののようだな』

「次は俺が相手をしてやるよ」

『いいだろう。半端者が相手でも我輩は容赦ようしゃせんぞ。貴様が二流派で戦うというのなら我輩は玄武と朱雀で相手をしてやろう』

 武道家同士の戦いであったため、見守ることしかできなかった空が声を上げた。

「相吾くんは〈相の拳〉を限界まで使うつもりだろう?」

「それがどうした」

「ここには知紅さんがいないんだ。戦わなくていい相手と戦って命を落とす危険は避けるべきだ! あの人はただ純粋に武道家を鍛えたいだけで、悪人でもなければここは地球上でもない。早く負傷した三人を連れて元の場所に戻ろう!」

 空は武道家に対して物怖ものおじせずに尋ねた。

「ここから帰るにはどうすればいいんですか?」

『あそこに、ここに来たときと同じ石碑があるだろう。あれに触れれば元の場所に戻る』

「相吾くん! 早くみんなを連れて、帰ろ――」

「空は忍さんと一緒に愛たちを連れて帰ってくれ。俺はここに残る」

「相吾くんっ!!」

「ただ一方的に傷つけられて、のこのこ帰れるわけねえだろうが!!」

 空と相吾が互いににらみ合う。どちらも一歩もゆずらない。そんな中、一人の赤い少女がその場に降り立った。


「で、これはどういう状況だ?」

「知紅さん!」

 助かった、と空は知紅に駆け寄ると事情を説明した。

「なるほどな。まぁどっちの言い分もわかるぜ。とりあえずあたしと相吾と空以外は帰らせる。忍、頼んだ」

「おうよ。《しのび 分身》」

 両手で印を組み、分身した三人の忍が愛と恋と倒也を背負うと石碑に触れ、姿を忽然こつぜんと消していった。

「俺が死んだら生き返らせてくれ」

「はぁ? 人を便利屋扱いしてんじゃねぇよ。これは救人部に関係ねぇ戦いだろうが。助けねぇぞ」

「……マジかよ」

「武道家として戦って勝たねえと意味ねぇだろうが。これはテメェの出る幕じゃねぇ。あたしの領域だ」

 無言で事態を見守っていた武道家の前に知紅が立つ。

「やられっぱなしが嫌なんだろ。なら、あたしがやってやるよ」

「……わかった。任せたぞ」

「任された」

 赤い髪をふわりと舞わせる知紅は、にっ、と力強い笑みを見せた。

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