4-4 VS 相吾

 気絶した空を背負せおった愛は、保健室へ走っていった。武道場に相吾と知紅が残る。

「相吾もあたしと戦うのかよ」

「ああ」

「勝てると思ってんのか?」

「愛に頼まれたんだ。勝てなくてもやるしかねえだろ」

 しばらくして、愛が武道場へと戻って来た。

「お待たせしましたっ!」

「じゃ、始めるか」


「「〝更科流 極真きょくしん〟」」


 更科流の構えをとった両者の身体からだから赤色の気があふれだして全身を包む。

 相吾は更科流の移動法で距離を詰めると、瞬時に相眞流の型に切り替える。緑色の気で全身を包むと、練り込んだ〝徹心てっしん〟をまとった拳を突き出した。

「〝徹心拳てっしんけん〟!!」

 知紅は拳を紙一重かみひとえで避けると、相吾の腕と身体に自分の力を加え、勢いを利用してちゅうへ投げ飛ばした。相吾は空中で〝徹心〟から〝極真〟へと切り替えると、しゃがみながら着地する。クラウチングスタートの体勢から床を強く蹴り出すと、〝徹心〟に切り替え体当たりを放った。

「〝徹心弾てっしんだん〟!!」

 相吾の頭に手を置き、逆立ちしながら回転して受け流すと床に着地する。後ろを振り向くと相吾の姿がなかった。知紅は上空を見上げる。

「〝釣瓶落つるべおとし〟!!」

 〝極真〟で空高く飛び上がってから〝徹心〟を発動し、体重を最大限まで上げたかかと落としを放つ。知紅が避けると相吾は床に激突し、クレーターを作った。


「更科流と相眞流を切り替えて戦うのか。器用だな」

「器用貧乏だからな」

「極められないなりによくやってるけどよ。それでもあたしには届かねぇぞ」

「……ちっ」

「次はあたしの番だな」

 そう言った知紅の姿が相吾の視界から消える。すぐさま〝極真〟を発動し、後ろを振り向き、頭を狙った上段蹴りを受け止める。しかしすでにそこに知紅の姿はなく、相吾の腹部に衝撃が走った。

「ぐっ――」

 五感と身体能力を強化して防ごうとしたが、一撃目は防げても二撃目に追いつかない。〝徹心〟に切り替えると知紅の速さに追いつけず、硬度と体重を増加した身体越しでも伝わる鋭い打撃を打ち込んでくる。

 延々えんえんと、一方的になぶられ続けた相吾はついに膝をついた。もう〝極真〟も〝徹心〟もまとってはいない。

「はあっ……はあっ……」

「もう気も体力も限界だろ。あとは愛に任せて休んでろよ」

 息一つ乱していない知紅に見下ろされている相吾は自分の拳を見つめる。そして愛に問いかけた。


「なあ、愛。過去異能ってどうやったら宿るんだ」

「うーん、そうですね……」

 しばらく考えると、愛は答えた。

「過去と、心に残っている文字と。あとは、殴りたい相手を強く意識すればいいかもしれませんっ!」

「殴りたい相手か」

 目の前の知紅を見る。彼女ではない。保健室で気絶している空でもなければ、もちろん愛でもない。

 相吾には明確な敵がいない。いつだって、立ちはだかるのは才能の壁だ。


「ああ、何だ。いるじゃねえか、殴りたい相手」


 笑って、拳を握ると、自分の顔を殴った。

「俺は何事も極められねえ中途半端な人間だ。だから何かを極められる奴に嫉妬するし、憧れる。高みへ届く奴らと一緒にいれば、俺もそこに辿りつけた気になれる。……それでもいいと、思ってたんだけどな。お前らと一緒にいると欲が出ちまう。俺は、お前に勝って高みへのぼる」

 拳を突き出して、不敵ふてきな笑みを見せつけて言い放った。


「宿ったぜ、過去異能。どんな相手にもらいつく――〈あいの拳〉だ!」


 相吾は両手を握り合わせて組み技を確認すると、左手で右手首を掴み、右手のひらを知紅に向けて突き出した。


「《相思相殺そうしそうさい》」

「……」


 知紅はしばらく無言でその手を眺めていたが、体勢を低くすると瞬時に相吾の視界から消える。

 〝極真〟を発動しているため、相吾のまされた五感が、背後から強烈な蹴りが迫って来ていることを知らせる。今までなら反射的に動いてその一撃を受けるか、避けるかを選択していただろう。しかしまだ動かない。すぐに動いては対応される。おのれが対応できる限界まで――いや〝限界以上〟まで攻撃を引き付けなければならない。

 知紅は動かない相吾を疑問に思いつつも、背中を蹴り抜こうとした。

「!?」

 相吾がありえない速度で振り返り、右手で知紅の足を掴もうとしていた。

(駄目だ、掴まれるのは防げねぇ――)


「……えっ?」

 観戦していた愛は、不思議な現象をの当たりにしていた。知紅の足が相吾の右手に掴まれた瞬間、格闘ゲームの一時停止ボタンを押したように、知紅の動きが蹴りの体勢のまま静止したのだ。

「はあっ……はあっ……」

 対する相吾は、大きく肩で息をしながら動いている。〈相の拳〉で身体を無理やり動かした反動で損傷したようで、震えながら知紅の足から手を放す。

 おぼつかない足取りで時間の止まった知紅の側面に回ると、腰を落とし、相眞流の構えを取る。〝徹心〟を全身に張り巡らせ、残りわずかな気を全て一撃に込める。

「〝相眞流 徹心拳〟」

 胴体に渾身の拳を叩き込むと、ついに力尽きて床に膝をついた。


「――がっ!?」

 知紅の時間が動き出す。突然襲いかかってきた衝撃に耐えることもできず、吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。床にせ、痛む箇所を手でおさえながら、顔を上げてにらみつけた。口元からわずかに血がのぞいている。

「やってくれたな、相吾……!」

「……悪い。降参だ」

「あぁ!?」

「あとは任せた――」


 どさっ、と。気も体力も使い果たした相吾が床にうつ伏せに倒れ込む。気絶した相吾を愛は背負い上げると、すぐさま保健室へ向かって走っていった。

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