第13話 おもかげ
ウィリアムの口から語られる、ニアの過去。
「闇売買の逃亡者……」
そう呟いて、僕は息を飲んだ。
「出会った頃の彼はボロボロの薄汚れた服を着て、やせ細った身体に濁った目。言葉を話すこともままならない程に衰弱していました……」
「そんな…… あのニアが……」
ウィリアムはハンドルに顔を伏せ、溜息を吐き、言葉を続ける。
「時に人間は愚かで、自分勝手なイキモノになります。欲しいモノがあると、幾らでも金を注ぎ込み、手に入れようとする。ソレにどんな「想い」があろうとも、自らの欲を埋める事に夢中になり、ヒトは恍惚な表情を浮かべる。モノを集めることが好きならば、誰にでも覚えがあるのではないでしょうか」
僕は窓の外の木々が風で揺れるのを見つめ少し考えて頷く。ウィリアムは数台のトラックが過ぎていくのを目で追い、「あのトラックの積荷も何か分かったもんじゃありません。全てを救う事は出来ません。残酷なようですが……」そう言うと、鍵を廻し車のエンジンをかけ再び走らせる。
「つまらない話でしたね……」
ウィリアムの問い掛けに僕は何も言えずに助手席に深く座りなおし、外を見るだけだった。それ以降の会話はなく、ワイアットに到着することになる。
*****
「ねえ…… ニール?」
「ん~?」
久しぶりに休暇を貰って、ソファーで横になり、ゆったりとくつろぐ俺の背中に馴々しく乗っかったニアが不意に声を出した。
俺は、興味もない週刊誌を捲る手を一度止め背のニアを見た。
「ねえ? 何も聞かないの?」
「なんだよ? オマエは不幸話に花を咲かせたいのか?」
ニールは興味無さそうに嫌な言葉をわざと使ってみた。ニアの反応はニールの狙い通りだった。
「そ、そんなじゃ…… もういい!」
顔を真っ赤にしてニアはニールの頭に顎を乗せ、反撃のつもりでカクカクと口を動かした。
「痛えよ……」と、ニアを背に乗せたままズルズルとソファーからわざとらしくすべり落ちる。自然に身体は回転してニアを踏み潰した形になった。
「痛いな! なにすんのさ!」
ニールは大柄ではないが、体幹が強い大人の男の身体がのしかかったら、そりゃニアも痛かろう。ニアは一瞬カッとなるが、床に転がるニールの姿を見て黙り込んでしまった。
ニアの目には立膝で片肘を付き、優しく笑いかけるニールが、全てを包み込んでくるような、あの時のウィリアムの姿が重なった。
「お前な! 痛いってのはこっちのセリフだ!」
両腕を伸ばし、大きな手でニアの頭をぐしゃぐしゃになるまで撫でるとニールの腹が鳴る。ニアの鼻の奥がツンとし、じわりと滲む熱いものに、言いたい言葉はたくさんあるが今は何も言わずにニアは視線を床に落とした。
「お腹鳴ったし……もう! お昼作りますよ! ボーッとしてないで手伝ってくださいよ?」
ニアは顔を伏せ足早にキッチンに逃げ入っていった。
「……なんだよ……変なヤツ」
ニアの意外な行動に、ニールは半開きの口で呆気に取られるが、直ぐに吹き出し額に手をあて、照れたように笑う。
「……なんだろうな? こういうのが地に根を張るっていうのか?」
ひとりごとを口にして自分の髪もぐしゃぐしゃにすると照れ臭そうにキッチンに足を運ぶ。
*****
「ここが……ワイアット」
想像していたモノを遥かに超えた街の風景にシモンは唖然とした。
大通りを挟んだ街は温度が違う。
近代的なビルが建ち並び、派手な音も排気ガスも所狭しと並ぶ店も、シモンの目には素敵な風景には映らなかった。
代わってもうひとつの街は、西部開拓地前の古き良き町と砂ぼこりの舞う場所だった。田舎育ちのシモンにはこちらの風景がホッとするものだった。
きっとこういうモノは人の感覚だろう。スタイリッシュに生きることが良いことも、田舎でのんびりと生きることも。
取り壊し中のアパートは、大きなビルとビルの間の瓦礫置き場にポツンとひとつの部屋だけを刈り取ったように残されていた。それは異様な空間で、あれだけ沢山の人が行き交う街だったはずのに、此処には全く人が寄り付かない。野良猫の数とカラスの数は群を抜いて多いというのに。作業員すら見当たらなかった。それは、とても不気味にシモンの目に映った。
閉鎖と孤立。トグロを巻く憎悪。
全身に感じる視線。
今は、まだ苦笑いとはいえ、笑みを浮かべる余裕はあったが、次のウィリアムの行動から流れは変わった。
ウィリアムは部屋の扉に手をかけるが、うんともすんともノブが廻る気配がない。
「乱暴ですが……」
銃で打ち壊すとウィリアムが言いだす。
そこまで急ぐ必要もないのに。らしくない言動と行動。分析能力がいつもとは明らかに違う。ただただ、シモンは焦った。
首を横に振り、今度はシモンがドアノブに手を伸ばす。その瞬間にカチャと鍵が開く音が聞こえ、勝手にゆっくりと扉は開く。
生臭い湿った空気が立ち込めた部屋。
僕たちを手招くように口を開いた部屋。
はい!そうですか! ……と、簡単に中に入れるほど、シモンはまだこの状況に慣れてはいなかった。
病院をイメージさせる部屋。
シンプルなパイプベッド。白いシーツ。それと、椅子と机。壁に姿見が立て掛けるようにあった。
部屋は、半年経っているのにいうのに保存状態は上々で、まだ誰かが住んでいると勘違いしてもおかしくはない程だった。
「この姿見ですね? 触っても平気でしょうか?」
シモンは、あまりにも異様な光景に躊躇する。ウィリアムは、鏡の収納ケースを取りに一度車に戻るとシモンをひとり部屋に残した。やはり今日のウィリアムは何かがおかしい。
いつもならシモンの問いかけに、丁寧に答えるのに。だが、緊張感に包まれたシモンには、そんな余力は残っていなかった。
『ひとりでここに居るのは正直とても嫌です! ウィリアムさん、早く戻ってきて下さい』
心で叫び声を何度もあげそうになったが冷静を装って『……分かりました』と、シモンは此処でひとり待つことになった。鏡をなるべく見ないようにシモンはわざと背中を向ける。
(……天使と人のハーフ?)
どこともなく声が聞こえてくる。気味の悪い声。シモンは視線をいくつも感じ、手にベッタリと汗をかく。
(おかしなヤツが来たもんだ……)
今度は、気のせいではない。シモンの考えは確信に変わる。シモンは金縛りの時のような身体の痺れと重みを感じた。
(後ろだよ? オマエとさっきのオトコなら、オレをここから出せるんだろ? なあ? 此処は退屈だ……)
姿見に映る滲んだ影は、徐々に鮮明に形や色を映し出す。
シモンの目に映ったのは、鏡の中からこちらを伺う様に両手を付き覗き込む姿。じっとりとした血走った金色の目。青白い色に塗り潰した顔に、赤い鼻。薄汚れたコスチュームは所々が破れていた。
遊園地等で見る、おどけた姿はそこにはなく。怒りに満ちた、赤い頭のクラウンの男が立っていた。
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