第11話 行雲流水
鏡の中はとても退屈だ。
なあ、早く此処から出してくれよ。
ここに居ても無駄だ。
このつまらない時間はもう沢山だ。
さあ、解き放て。この世界にオレを―――
ーーーーー
窓からの眩しい陽射しで、目が覚めた。
……と、言いたいが。今朝も慌ただしい。ドタバタと、まあ、掃除をしたいんだか、壊したいのか、はたまた暴れたいのか……
ニアが朝食の準備をする音で、俺は目を覚ました。
いい加減に暴れたいのは、こっちだった。
*****
隣を見たが、既にシモンのベッドは蛻の殻。ご丁寧にベッドは綺麗にメイキングまでされていた。几帳面な奴だ。最近、やけに仲の良い兄弟のようなアイツらは目に余るものがある。
パンケーキに、ワッフル。ドーナッツに、バナナカップケーキ。
シモンは何になりたいんだ? ケーキ屋か?
そう思わずには、いられなかった。
朝は、挽きたての豆で淹れた珈琲だけで十分だ。
もう、いらない。他に何もいらない。
「あ〜 ニール起きてきた。シモンちゃーん、ニールやっと起きてきた」
「あ、ニールおはよう」
重い身体を引きずり応接室に行くと、エプロン姿のふたりが俺に気がつき、眩しいほどの笑顔を向けてきた。
調子が狂う。もう、どうにかしてほしい。
「おや? ニールくん、やっと起きてきたのですか? 依頼が来ていますよ。その前にそのまだ眠気に囚われた顔を洗ってきてみては如何でしょうね」
ウィリアムは珈琲をひとくち飲み、資料を見たままで俺に小言を言った。
「親父じゃあるまいし」と思い、パウダールームに俺は閉じこもる。蛇口を軽く捻り、冷たい水を両手に受ける。
鏡に映る顔にも慣れた。
無精髭の俺が鋭い目つきでこちらを見る。
『こんな生活からいつでも逃げ出していいんだぜ?』
鏡の俺は厭らしく口角を上げ不敵に笑う。ドキッとする錯覚に、急いで顔を洗いタオルで顔を覆う。タオルから目だけを出し鏡をもう一度見ると、気怠そうな顔をした俺がいた。
「気にくわねえ……」
タオルを籠に投げ入れてから、冷静を装って何食わぬ顔で俺は部屋に出た。
「もう~ お寝坊さんだけじゃなく動きもトロいよ? 朝ごはん食べるでしょ~?」
ニアが俺の腕にぶら下がって笑う。
「なんだよ、懐くなよ……」
そう言って、入れられた珈琲を俺は静かに飲んだ。
「さて、今回の依頼なのですが、少々厄介な内容でして。報酬は文句の付けようもない程の額なのですがね……」
「へえ……」
俺は、その 「厄介」 という言葉に興味を持つ。
「じゃ~、それが終わったら外食しましょうよ~ 個室のあるような場所がボクはいい。美味しいものいっぱい食べたい」
ニアがもう報酬を受けたかのように両手を上げ、意気揚揚と万歳をする。
そこに首を挟むように、シモンが質問を投げかけた。
「金額の問題じゃないですよ…… その厄介って言うのはどういうことなんですか? ウィリアムさん」
「けっ。また真面目なこと言うでしょ~ シモンちゃんの「そこ」がなければいいのにねえ~ ……ねえ?」
ソファーに深く座るニアは、ため息を大きく吐いて呆れた顔をした。
「ニア、命に次はないのですよ? 慎重にいくのも大事です。分かりますね」
ウィリアムのその言葉に、ニアは、あっという間シュンとしてしまった。
「で? そんな事より肝心な内容だよ?」
ニールの言葉にウィリアムは頷く。
「鏡です。それも、とても古めかしい、いわくつきの姿見です」
「いわくつきの姿見かよ……」
ある、建て壊しになったアパートの一室にその鏡はあった。ずっと、病気で寝たきりだった女性のモノだったそうだ。子供の頃から寝たきりだった彼女は、トモダチはおろか、両親すらも介護の時以外には、その部屋に寄りつきもしなかった。
理由はある。彼女は数十年の間からずっと鏡に取り憑かれたままだったのだ。
そして半年前、彼女は死んだ。
古いアパートは、取り壊しになって新しいマンション計画が上がる。そこには立派なマンションが建つ予定だった。
だが、その部屋だけが不思議と最後まで手付かずだった。剥き出しになった部屋だけを残し解体工事はストップした。
「そこで、私たちの所に話が来たという訳です」
珍しく苦虫を噛み潰した表情をしたウィリアムは、西の 「ワイアット」 という街に、そのアパートはあると言った。
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