第10話 マリオネット

 カインに到着し、店をみつけて車を止める。

 

 何の変哲もない、ごく普通のトイ・ストアだった。よくあるチェーン店だ。普段ならば子供連れの客で賑わう人気店だった。

 人気俳優を起用してテレビCMをやるほどの有名店で、ニアがさっきからずっとそのテーマソングを鼻歌で唄っている。


「わああ〜 大きなお店」

 キラキラした目で両手を上げぴょんぴょんと陽気に跳ねる。まるでショッピングを楽しむ為に来た客の顔のニアがそこにいた。そんなニアを見てウィリアムは柔らかな表情で少し微笑んだ。


「この依頼が終わったら、何か買って帰りましょうね」

 ウィリアムは大きな手でニアの頬を包み込み、次に優しく頭を撫でる。ニアは猫みたいな素振りで幸せそうな表情をし、くすぐったいのか首を竦めて目をキュッと細めてたと思えば、嬉しそうに笑う。

「にひひひ〜 早くやろう。こんな案件さっさと、すぐに終わらせよう」

 正に、ニアはやる気満々だった。

 

 ウィリアムは先に、店の従業員に詳しい話を聞きに店内に入って行ってしまう。残された僕たちは、店の入口で各々の言葉を交わしだした。


「ニアはウィリアムさんが本当に好きなんだね?」

「スキなんて言葉じゃ足りないよ。ボクにとってのウィリアムさんは、そんな簡単な言葉で語れるほどちっぽけな存在じゃないんだよな~」

 ニアは僕の言葉に上機嫌になり、コートのポケットに両手を突っ込むと嬉しそうに笑う。


「ただの便利屋じゃねーかよ…… オマエに何が出来るかも、俺は全くもって謎だよ……」

 小声で嫌味を言って、ニールは不機嫌な顔をする。


「ニール…… またそんなこと言って。まだ乗り気じゃないんだね」

 僕は苦笑いでニールの傍に立ち、ニールから話を聞く事にした。


「人形って…… なんか怖くねえか?」

「まあ、言いたい事はなんとなく分かるよ? 映画とかでも怖いっていうより不気味な話しがあるからね」

 僕が言った言葉に、ニールはピクリとした。


「けっ。思い出したくもない」

 と、ニールは黙りこくってしまった。


 触らぬ神に祟りなしだと感じた僕は、ジャケットのポケットから煙草とライターを取り出し、ケースを指で弾くようにして一本を口で咥える。ライターで火をつけ煙を空に向かって吐いた。


「え? オマエ煙草なんて吸うのか」

 ニールが驚いた声を出し、すぐに僕の手にある煙草を掴み銘柄を確認すると、訝しげな顔をした。


「親父と同じ煙草……」と、またすぐに黙ってしまった。


「いや、違うんだよ。ほら、気付けってアレだよ! 初めての仕事だから。落ち着くことと、気合を入れるのもひとつあるんだ」

 僕はカッコイイ大人を装ったつもりだったのに、ニールには僕の声は何ひとつ響かなかったようだった。ニールの納得いかない表情は今にも怒りに変わりそうで、僕は緊張感を募らせた。


「違うってなんだよ…… 別にまだ俺は何も聞いちゃいないし、何も言ってないだろ」

 すると、僕の煙草を取り上げ、煙草を吸い渋い顔をして目を細め煙を天高くゆっくりと吹き上げた。


 甘く、そして、少し渋味のある香りは風に流れてゆく。


「なんだよ。結局は自分だって吸うんじゃん」

 僕たちの様子をずっと黙って見ていた、ニアがコートのフードを深く被って、とても嬉しそうにくすりと笑った。


 雲行きの怪しい空は今にも泣きそうで、微かに遠くで雷鳴が聞こえた。


 暫くして、ウィリアムが許可を受け、店の入口で僕らに手招きをする。すぐに店の中に入ることになった。


 事件があってから営業は停止状態で、店はシンと静まり返っていた。

 天井は高く、倉庫を改造した様な広さで声が響く店内。入口の観音開きの扉には色とりどりのバルーンアートが施され、子供を乗せる赤や青の顔のレースカーの形をしたカートが何台か並べられていた。


 案内係の従業員に着いて行くと「ここが遺体があった場所です」と、通されたコーナーにシモン達は唖然とする。

 見事なまでに取り揃えられたヌイグルミや様々な人形たちが、まるでこちらの様子を伺い見ている様だった。 消毒の臭いが辺りを包み込み、シモンとニアは圧倒された。ニールは顔が引き攣る。


 ウィリアムは、「あとは私たちで調査致します」そう従業員の肩をそっと叩く。従業員は、目が虚ろになり表情はどこかぼうっとし 「はい…… 本日は、よろしくお願いします……」と、言葉を残し足をフラつかせながら 、どこかに消えていってしまった。


「ったく…… オッサン、今なんかしたな?」

「ウィリアムさん? 何かしましたよね?」

「にひひひ。ボク、久しぶりにみちゃった」

 三人は同時にウィリアムを見て声を出す。 ウィリアムは、唇にひとさし指を付け「シーー」と、いう仕草をしてにっこりと微笑んだ。


「さて…… ここからは手掛かりをみつけましょう。皆さん、ひとつも残さずにお願いしますね」

 ウィリアムは皆に丁寧に声をかける。黙って頷くふたりを余所に、ニールは浮かない顔でヌイグルミを乱暴にひとつ掴んで、ため息を大きく吐いてから露骨なほどに肩を落とした。


「そんなに、お嫌ですか?」

 ウィリアムは、ニールに声をかけ笑う。


「嫌っていうか…… 人形に良い思い出がないっていうか……」

 苦虫を噛み潰したような表情で言い辛そうなニールの顔を見て、ウィリアムは肩をポンと叩き、小声で耳打ちをする。


「ニールくん、此処に居ますよ。ずっと先程から私たちの様子を伺っている人が居ます」

 ウィリアムからは、笑顔が消え真剣な表情に変わった。ニールは釣られるように表情を強ばらせ拳を握る。


 少し離れた場所で、シモンとニアはヌイグルミや人形を掻き分けながら、手分けして探していた。ニアが良い物をみつけたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべ、大きなテディベアを抱きしめた。

「ウィリアムさん。これ大きくていいでしょ……」と、言いかけてニアは言葉を止めた。それは、ニールの隣に髪をふたつに結んだ少女が笑って立っていたからだ。 そっと、ニールの手を掴む少女はゆっくりとニールを見上げる。


『やっとつかまえた…… 探したよ? オニイチャン』

 ギギギと錆び付いた機械音を鳴らし、不気味にぎこちない笑顔を浮かべ首を傾げた。


「なんだよ、離せ」

 ニールは大声を上げ、突発的に手を払い除ける。振りはらった手は、ぼとりと床に落ち、少女は奇声を上げ消えてしまった。


 すると、ニールの脳裏にいくつかの事がフラッシュバックがする。

 大きな橋をバックに大泣きするシモンの姿。 その隣で空を見上げる自分自身の姿を。


 真っ赤なバスルームに青白い母の顔を。

 そして、父親の後ろ姿を。


 ニールは、ハッとして頭を横に何度か振った。


「ゴースト…… なの?」

 シモンは、初めて見るモノに小刻みに震える足を止めようと、必死で両手で足を抑える。ニアは残念そうに「あーりゃりゃ〜 あれ? 消えちゃった……」と、辺りをキョロキョロと見渡した。


 ウィリアムは冷静な表情のままで、ニールに声をかける。


「まだ完全には消えていません…… そうですよね? まじない師さん」

 ウィリアムは笑って、ニールにある物を手渡した。


「これって…… アンタ、元エクソシストかよ。それに俺は、まじない師じゃねえよ。ふざけやがって…… ああ、めんどくせぇな」

 ニールは、ウィリアムに手渡された銀の聖水の小瓶を見て呆れた顔する。


「いえ 、そんな大層なモノじゃありませんよ。それに、私は、しがない探偵事務所の所長です」

 ウィリアムは優しく笑って、古びた十字架をポケットから出した。


 ウィリアムと僕らの父さんは昔、手を組んでは悪魔祓いやゴースト専門の掃除屋をしていたと、後から聞かされる事になる。あの時ビルに入った時の安心感はその所為だったのかと、妙に納得したのをよく覚えている。地下には拷問部屋や教会に似せた部屋もあるとか―― なんにしても、すごいオッサンだということが僕らには分かったよ。


 ニールは怪訝な顔をしたままで、古い聖書を持ち、ブツブツと小声で唱えだす。湿気を交えた空気が重く全身にのしかかり、子供の笑い声があちらこちらから聞こえてきた。


「これ、俺の手柄ってことでいいよな? 嫌だって言ってる男に無理矢理ゴースト退治を押し付けたんだからな? 高い報酬を期待してるからな…… オッサン」


 ニールは聖書を持つ手に力を入れ、「其処にいんだろ? 出てこいよ? 俺がオマエの相手してやっからさ~ それとも、子供らしく、かくれんぼかよ」

 半笑いでニールが低く煽るような声を出した。やがて少女の笑い声は徐々に濁った音が入り交じり、男のような声になった。


『大事にしないなら…… あたしと同じようにしてあげるわよ…… 綺麗な箱にアナタも入れてあげる…… さみしくないわ、だってリボンもレースもタップリ、タクサン……ツケテアゲルンダカラ……』


「いらねえな。今回は、ちょっと遠慮しとくよ。どうせ俺には似合わねぇぜ? それより隠れてないで、いい加減さっさと出てこいよ。身体が疼いて待ちきれないぜ。ほら、なんだどうした~? お兄さんは逃げも隠れもしないからさ〜 出てこいよ」

 ニールの額に汗が滲む。シモンはゴーストの声に身震いし、ニヤは感心したかのような顔でニールを見た。そしてウィリアムは頷き、ゆっくりと腕を組む。


 髪をふたつに束ねた少女は片目が取れ、ぽっかり穴が空いた状態で、顔の剥がれかかった皮膚が今にも落ちそうになっていた。辺りは血の匂いに何かの腐ったツンとする酸っぱい匂いと、言葉に出来ない異臭が立ち込める。


『アタシ……サミシイノ……ステラレチャッタノ……イラナクナッタ……オニンギョウサンミタイニ……』

 さっきまでの少女のぎこちない動きは嘘のように、一瞬でニールの目の前まで移動する。彼女の手がニールの足を物凄い力と勢いで掴む。グググッと力を入れた際にスーツのズボンが指の力で破れ、指がズブズブと沈んでいきゆっくりと赤い血が滲み出す。

 ニールは、叫びたくなる程の痛みを奥歯を食いしばり我慢して、まじないを止めずに言い続ける。


『オニイチャン……イッショニイコウ……ワタシト……イッショニ……アソボウヨ……』


 少女は、ニールの顔を見上げて、血の混じった涙を流す。


「悪いな…… 一緒には行けないんだよ……弟がさ、俺いなくなったら…… アンタのこと怨んじゃうことになるだろうからさ……」

 そう言い放ち、聖書をパタンと閉じ、聖水の小瓶の蓋を口で開けニールは眉根を下げ優しく微笑んでから、少女の頭上から注ぎかけた。



『ずるいな…… あの子には優しいお兄ちゃんが居て…… そして、あなたにはあんなに素敵で優しい弟が居るなんて…… でも、ありがとう……ニールお兄ちゃん……あたし嬉しかったよ……』


 少女は、とても可愛らしい子供の姿になり、ゆっくりと消えてしまった。ニールは肩の力をゆっくりと抜き、大きくため息を吐きぐらりと身体を揺らした。そのニールの肩をシモンが掴み、もう片側をニアが支える形で立つ。


「ニール…… おつかれさま。本当にすごかったよ……」

「やるね~ 見直しちゃったよ。アンタめちゃくちゃカッコイイじゃん。ボクの次にアンタはカッコイイね」

 ニアが珍しく褒めたと思ったら、口角をぐにゃと歪ませ悪戯に笑ってニールの脚をポンと蹴った。


「いてぇ〜 オマエなあ〜 わざとやったろ。今わざとやったろ?」

 ニールはニアの頭を上から掴むとグッと指の力を入れたと同時に、フッと緊張していた顔の力を抜き笑った。


「この近所に、きっとこの子の遺体が埋まっているはずです…… それは私たちの管轄外です、警察にあとは、おまかせですね」

 ウィリアムは店の電話を拝借し、警察に連絡を入れた。


 後日ニュースで、五歳の女の子の遺体がトイ・ストアの側の藪から出たと大騒ぎになり、DNA鑑定の結果で近所に住む前科持ちの若い夫婦が遊びたいがために、邪魔だった娘の首を絞めて殺し、バラバラにした身体を埋めたと供述した事によって逮捕されたらしい。女の子は、幾つかの血まみれのヌイグルミと一緒に発見されたと報じられ、ウイリアムはこう言う。


「ヌイグルミを買ってあげるから遊びに行こうとでも誘い出し…… それから殺害し、バラバラに埋めたのでしょうね……」

 悲しげな目をしたウィリアムは煙草を吸いながら窓の外を眺めて言葉を止める。


「ああ、忘れるところでした。ニールくん、貴方への特別な報酬はコレですよ」

 ウィリアムは書斎の机の脚元からリボンの付いた大きなテディベアを抱き上げ、ニールに渡す。その隣に座っていたニアが 「待ってました」と言わんばかりに、テディベアを瞬時に奪い取ると走って逃げていく。


「本日のティータイムは、オレンジピールの入ったボク特製の甘い香りの紅茶ですからね。遅れないでね。それじゃ、お楽しみに~」 と、嬉しそうに叫んだ。ニールは呆れた顔で小さくため息を吐き、吹き出すように笑った。



 後日、ニールが何故あそこまで、人形を拒んだのかを聞いてみると。


「いや…… ホラーのテレビドラマで、ナイフを持って追いかけてくる人形が居てな…… 夢で死ぬほど追いかけられて、大キライになったんだよ…… これはナイショだからな?」という、まさかな理由で幕を閉じた。



「そんな理由で? オマエさては…… ガキだな? 本当にくだらね~」


 ニアが小声で言ったあの言葉を、僕は忘れない。



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