第9話 変化
こういうのは、身が引き締まる思いがして気分がいい。
パリッとしたワイシャツに袖を通す。
ベルトを締め、ネクタイを結ぶ。ジャケットを羽織ると、黙って二人を見ていたウィリアムは柔らかく微笑む。
「おや、見間違えましたね」
「ホントだああ。マゴにも衣装ン〜ぐぐぐ…… いたたたたた」
余計な事を口走ったニアに、ニールがアイアンクロウを御見舞する。
「……もう、せっかくきちんとした服に着替えたっていうのに…… ニール、そういうの、やめない?」
ネクタイにタイピンをくるくると回し留め、僕は苦笑いをした。
「ニア……オマエの所為で怒られただろう」
「へっ。さっきみたいな格好じゃ~ カッコつかないから褒めてあげたんでしょ? 逆にボクがお礼を言われたいくらいだよ」
「……オマエがそれを言うなよ」
「はあ? それどういう意味?」
「俺は、あの耳付きフードのこと言ってんだよ」
「アレはアレで、ボクのキュートさを引き立てる為のアイテムだよ。ドイツ軍の特注なんだよ? ああ見えて全然安くないんだからね。わかってないな~」
「わからなくて結構」
「なんだって〜」
「言葉のまんまだ。ガキ」
「きいいいい」
二人のやり取りを無視するように、ウィリアムは僕に依頼の内容を告げる。
「最近起こった事件ですが…… トイ・ストアの猟奇事件です。人間の所業ではなさそうですね……」
「どういった内容なのですか?」
――トイ・ストアのヌイグルミや人形のスペースで、大きなプレゼント・ボックスに詰められた遺体。
目は丁寧にくり抜かれ、ガラス玉に入れ替えられ。口角を上げた状態で糸で固く縫い付けられた口元。テディベアの様に腕や脚が一度切断され、釦ではなくボルトのような物で付け、可動できるように再度付けられていた。レースの施された高貴な洋服に着替えさせられた遺体。箱には複雑に編み込まれたリボンまでご丁寧に付けてあったらしい。
「犯人は相当な、ご趣味のようですね? お人形でたっぷりと楽しまれた後の様ですね……」
テーブルに資料を置き、薄ら笑いを浮かべてウィリアムは冷静に答えを出す。
その瞬間に背筋がゾクリとして、ウィリアムさんは、本当に人間なのだろうかと少しだけ疑った。
「ったく…… 趣味わりいな……」
ニールが苦笑いをして、資料をテーブルから指先で取り真剣な目で読んでいく。
「こんなのいつもの事件に比べたら、まだマシでしょ?」
ニアがニールの横から資料を覗き込み、ペロッと舌を出した。
「人形ねえ……」
ニールは気が向かないのか、乗り気ではないようだ。
「おや? お兄さんはこの依頼がお気に召さない様で?」
ニアは馬鹿にするように言うが、ニールにいつもの様な食い付きがなく、つまらなそうな顔をした。
「こういうの…… 苦手なんだよ」
「……へ?」
「むかしっから人形の類は苦手なんだよ」
「意外だねえ、なんでも平気そうなのにさ」
「でしたら…… ニールさんはおやめになっても構いませんよ? ニアとシモンくんお二人に行っていただいても結構ですが」
ウィリアムは、ニールに無理強いはしないで、そう冷たくあしらいファイリングに資料をもう一度チェックするとペンで何かを書き込んだ。
何も言い返すことが出来ずに、ニールは悔しそうに下を向くことしか出来ないようだった。
「今夜は遅いですから、 明日の朝から動いていただきましょう。ニア、二人を客室へご案内して下さいね…… では、また朝に……」
そう言葉を残し、ウイリアムは自室に消えていった。
マイペースというかなんというか、淡々と事が流れていき、目まぐるしく感じつつも、僕たちは疲れた身体をベッドに沈め深く眠りに落ちていった。
その夜また夢を見た。
僕の前に立ちはだかるニールは、巨大な醜いバケモノの攻撃を受ける。胸の中心に差し込まれた腕、飛び散る肉片、暖かな血が僕の顔にかかる。
鼻につく硝煙の匂い。無数に散らばる薬莢。古めかしいウィンチェスターのライフルが握られた手。僕は目を見開き大声で叫び、ニールに向かって必死で手を伸ばすが届かない。むしろ徐々に離れる距離。項垂れる僕は身動きは愚か、何も出来なかった。
全身に痛みを感じる。身が裂けるような思いで叫び声を本当に上げ、僕は飛び起きた。汗で全身が気持ちが悪い。両手でその汗を拭い、隣のベッドを見ると、大いびきをかくニールがいた。
僕は、もう一度ベッドに横たわり、目をギュと閉じて無理に眠った。
それを確認する様に、ニールは目を開け黙ったまま窓の外の月を見た。
月は薄い雲にすぐに、かき消され部屋が暗くなる。
そして、また、闇を作る。
「おふたりさーん。朝だよ~」と、部屋の入口でニアが朝を知らせる。 まだ気怠い身体を引きずるように起き、だらしなく応接室に行く。きちんと身なりの整ったウィリアムが珈琲を注ぎ、ニアが朝食を用意していた。
「おはようございます……」
「おはよう……ます……」
僕は情けないと思いつつも、用意され出された物を食べ、流し込むように珈琲を飲む。
「本日は私も出向かわせていただきます。やはりシモンくんとニアだけでは少々部が悪いと思いまして……」
そう言ってウィリアムは珈琲を飲んだ。
「え? 本当に? ウイリアムさん」
ニアは、とても嬉しそうな顔をする。
「ただし、ニールくん。貴方は彼らの援護という形でご一緒していただきます。シモンくんに色々と教える事も必要でしょう?」
シモンは静かに頷き、ニアは、いそいそと準備を整えだす。ニールは未だ、乗り気ではない様だった。
車で、東の街、カインという場所を目指す。車内は、ピクニック気分のニアと緊張の隠せないシモン、黙って運転をするニール、そして、いつもと何ひとつ変わらないウィリアムが乗っていた。
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