第22話 同属嫌悪
優しい人なんて、嫌い。
優しいのは口実。みんなそうだったもの。
嫌い、嫌い、大嫌い。
見返りなんて考えないで、優しくしてよ? ねえ、それじゃダメなの?
―――――
「……オッサン……だと?」
ニールは目を丸くし、彼女に伸ばした手を慌てて引っ込めた。
「……どう見たって、オッサンじゃんか!」
隣で様子を黙って見ていたニアがおもむろに目を閉じ、頭を何度か深く頷かせると腕を組んで同意した。
「そこのアンタも、アタシから見たら十分ウザいけど?」
彼女は嫌な表情を全面に押し出すと、言葉を吐き出した。「用事がないならアッチに行けよ?」と言いたげな目をご丁寧に付け加え、二人を見た。
ニールは大きな溜息を一度吐くと、橋の階段に腰を下ろしシャツの第一ボタンを外す、そしてネクタイを緩めると買い物袋からお菓子をひとつ選んで取り出し、当たり前のように頬張り、そっぽを向いてしまった。
「あー! それってボクのクマちゃんビスケッ……」
ニアは言いかけた言葉を止め、彼女を呆れた目線で一度見下げてから隣に座る。
「ねえ、アンタさ…… 何処から逃げてきたの? 何日、うろうろ迷ってた? 冬だっていうのに、すんげえ臭うよ?」
その言葉を耳に入れた途端に彼女は顔を真っ赤にしたかと思うと、悲鳴に近い大声を上げた。
「ばっ……ばっかじゃないの! そんなのアンタに関係ないじゃない! ほっといてよ!」
「へえ〜 一丁前に恥ずかしいとか思うんだ! だったら、ボクと簡単なゲームしない? ボクが勝ったらアンタを連れて帰る! んで、強制風呂! ボクが負けたら、サッサとこの場から退散してあげる! どう?」
ニアのその言葉に、彼女は唖然とした表情で口を半開きにした。
「コインを投げて出た面をアンタが当てたらボクの負け! とっても簡単なゲームさ!」
「オマエはまた…… ウィリアムに相談もなく。怒られたって、俺は知らねえからな!」
ニールはニアに向かってそう言い放つと肘を付き、更に呆れた表情でふたりを見る。
「ウィリアムさんは怒ったりしないから! 安心して大丈夫!」
自信満々でコインを何度か高く投げ、素早くキャッチすると手のひらを開いた。コインは手のひらからスッと音もなく消える。ニアはニールだけに舌を出しニヤリと笑う。
「そういう事が言いたいんじゃなくてだな…… とにかく俺は止めたからな? もう勝手にしろよ!」
そんなニールをチラッと横目で見たニアは、再度コートのポケットからコインを一枚取り出すと悪戯な表情をした。
「さあ、インチキはナシだ! コインを確認しても構わないよ?」と、彼女の手にそっとコインを乗せる。
彼女は何も言わずに、ニアにコインを投げ返す。
「さっさと始めてよ! 面倒事はイヤなの!」
「うん! じゃあ始めるよ!」
袖を交互に捲り上げ、インチキじゃないと見せつける。そうして、コインを天高く金切り音を鳴らし飛ばす。太陽の光を纏うようにコインは光り、ニアの手の甲に落ち、素早くもう片方の手を被せ隠す。
「さあ〜て! コインはどっちだ?」
「オモテでいいわ!」
「オモテだね? ……さあ~どうかな?」
ゆっくりと甲に当てた手を上げると、コインには女王陛下の横顔が見えた。
「あらら、残念! ウラだ!」
「アタシの負けね…… 好きにすればいいわ!」
彼女は素直に負けを認めると、しかめっ面でつまらなさそうな声を出した。
「オマエ…… さっきのインチキしたろ?」
小声でニールはニアの肩を肘で啄くと、満更でもない顔すると歩き出す。
「帰んぞ! 朝メシが昼メシに変わっちまう!」
「ボク、ニールのそういう所…… 嫌いじゃないよ!」
ニアは紙袋をひとつ持ちニールを見上げて、
「特製パイは、ニア様のウルトラスペシャルなお茶に合わせて出すから! ティータイムまでお預けだから! 楽しみに待ってて!」
そう、とても楽しそうに笑って、石畳の階段を風をきって駆け上がっていく。
そんなふたりを眩しそうに手をかざし、見上げる彼女は黙ったままだった。
「……で? それで、彼女を連れて帰ってきたの?」
「そっ! 見ての通りだよ? シモンちゃん!」
黙って説明を聞いていたシモンが呆れた声を上げて、事務所の扉をニアが入った事を確認して静かに閉める。
「ニア様……」
「ガブりん! お風呂に熱いお湯をたっぷりためて!」
「ニア! 貴方って人は、また性懲りもなく。とにかく彼女のお風呂が済んだらお話があります…… いいですね?」
眉間に手を添えて、ウィリアムは困った顔でニアを見る。
「……何? これってアタシが怒られるの?」
「そうじゃありません。ですが、ニールくんが一緒に居て…… どうしてこうも貴方達はいつも厄介事を……」
ウィリアムは上手く言葉に出来ずに、表情にこそ出さないが、かなり動揺をしている様子だった。
「ウィリアムさん! ニールはボクを何度も止めたよ? でもね……」
「もう結構です…… 私は部屋に居ますから何かあれば声をかけて下さい」
そう言葉を吐き、肩で溜息をつきウィリアムは自室に閉じこもってしまった。フォローをしたつもりが余計に話をこじらせてしまったのか、ニアは悲しげにその背中を見つめ黙ってしまう。
「ニア…… ちゃんと謝らないと、今回こそは許されないかもだよ?」
「分かってるよ! ボクだってちゃんと考えて行動したの!」
ニアはシモンの言葉に苛立ちを隠せずに、大きな声を出して次の瞬間に項垂れた。
「ニア様…… 彼女の名はなんと申されるのですか?」
「えーっと……… 知らない!」
「そういや、聞いてねえな……」
ガブリエルの質問に、ニアは頭を上げ飄々と答え、ニールは考える顔をしたまま天井を見上げるようにソファーに座る。
「アタシのナマエはティノ! ティノ・ワイルドよ!」
タオルで頭を隠すように髪を丁寧に拭きながら、彼女がブカブカの大きなシャツを着てバスルームから出てきたと同時に自己紹介をした。
しばらくすると自室からウィリアムが書類を一枚持って出てきたと思うと、ティノに向かって厳しい目を向け、声をかけた。
「貴女はローズ・ゴールドのSSランク「キルライト・アップ」絶滅種ですね……」
「おじさん、だから何? アタシを裏で高値で売っちゃう?」
ティノはウィリアムの言葉に表情を変え、強い口調でウィリアムを馬鹿にしたように笑う。
「おいおい、聞いたこともねえよ、絶滅種なんて……」
「ローズ・ゴールドの絶滅種って……」
ニールとシモンは耳を疑う。
「ボクより高値で買取される子か…… で? いくつだよ? キミも年齢詐称系?」
「はあ? 十四歳よ! 何よ? 年齢詐称って!」
オットマンソファーに胡座をかき、首をかしげてニアはティノに問いかけるとティノは眉間にシワを寄せ、妙な表情をする。
「よくもまあ…… 此処には変わった奴ばっか集まるもんだな!」
「笑い事ではありませんよ?」
ニールの言葉を遮るようにウィリアムは腕時計の時刻を確かめて、書類に何かを書き込んでいく。
「わーってるって! 冗談だよ!」
「ニール様…… そのような冗談は今は……」
「ニール……」
ニールの言葉に小さな溜息をつくガブリエルはカップとソーサーを用意し、シモンはコーヒー豆を挽く。
「変わったヤツって、どういう意味?」
ティノのその質問にニールは答える。
「そこの年齢詐称は希少種のローズゴールドの『ミッドナイト・イヴ』だよ! で、そこのデッカイのと、俺は天使と人間のハーフ『 ネフィリム 』だ。聞いたことくらいあんだろ? んで、そこのオッサンは不明!」
「そこの長身のイケメンは?」
「ソイツは…… 」と、ニールは口ごもり、ガブリエルを睨みつける。
「私は、ただの執事のガブリエルです」
「ただの執事ねえ……」
ガブリエルの言葉に、ニールは半笑いする。
「へえ~ ……執事なんて初めて見たわ! 都市伝説とかじゃないのね!」
「執事さんとウィリアムってオジサン以外はバケモノ集団って事?」
「まあ、そういうこった!」
「酷い言われようだね……」
ニールはにやりと笑い小さく頷き、シモンは少々嫌そうに声に出し、ティノを見て戸惑った。
「ねえ、あの部屋に居る子は紹介してくれないの?」
ひとつの扉を指差しティノは目を輝かせる。
「ユ ーリーにはまだ会わせないよ? ってなんで分かるの?」
「はっきりとは見えないのよ…… でも変わったヤツが居るって事くらいは分かるの!」
「へえ……」
ニアは怪訝な顔で胸の前で腕を組む。その表情をくみ取れずに、ティノはカップを両手で持ちテーブルの前で黙ってしまう。すると、藤のカゴを抱えてガブリエルがティノに声をかけてくる。
「ティノ様…… 女性がそのような格好では宜しくありませんよ? こちらにお着替えくださいませ」
「別に、これで…… このシャツだけでいいわよ!」
ガブリエルの差し出されたカゴの中を見て、一瞬だが驚いた顔をしたが、すぐに首を横に振り、ティノは拒否をした。
「ティノさん…… そのシャツは僕のです。あと…… 言うことを聞いた方がいいよ…… 女の子がそんな格好でよくないと思うよ」
「なによ! 別にシャツ一枚くらいいいじゃない!」
「そういう意味じゃないんだけど……」
シモンは目のやり場に困ったように目を逸らすと、ティノは大きな声を出した。
「いい加減にしなさい……」
「何よ…… そんな顔で言わないでよね。もう、分かったわよ!」
ウィリアムの冷たく鋭い声にビクッと身体を揺らし、ウィリアムを上目遣いで見てカゴを持ち、バスルームに静かに入って行った。
「やっぱり、彼女もウィリアムさんは怖いようだね」
無言でみんなでウィリアムを見ると、やはり機嫌が悪いようで黙ったままでウィリアムは部屋に入ってしまう。
「着替えたけど…… こんなのしかないの? 恥ずかしいんだけど……」
しばらくして、こそこそとバスルームから出てきたティノの姿に一同は唖然とする。美しい髪に黒のドレスは溶け込む。誂(あつら)えたかのようなドレスは長く細い脚をより一層、美しく魅せた。窓から入る冬の太陽に注がれた光はティノに優しさを与える。
「ティノ様、とてもよくお似合いですよ」
ガブリエルの笑顔と言葉に、彼女は此処に来て初めての素直な笑顔を見せた。
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