第53話 感染と浸透
月光の下。金色の大きな砂漠をまるで運河の上を揺れるように進むビンテージのピックアップキャラバン。
様々な楽器を持ち、年齢も性別も生まれ育った国も違う。それでも気持ちはひとつだ。音楽を愛し、踊ることを喜び、悲しみから、さよならするんだ。そう誓った仲間。楽しそうに揺れるキャラバンに風が流れていく。
何処に向かうかはキミ次第。迷うことはないのです。嫌なら無理には言いません。
不思議なメロディーに美しい音色。目を閉じていても楽しさが溢れてくる。靴はリズムでカタカタと鳴り、体が自然と動くのだ。
苦しみで心が何処へ行こうとも、キミを見守っていましょう。
悲しみは美しく流す涙は宝物。
流れる風は道しるべ。
その歌声にティノはゆっくりと瞳を開けた。
******
「君はどこから来たのかな? お父さんとお母さんは?」
ソファーに深く腰掛けた僕の頭をアダムが優しく暖かな手で撫でると、その場で腰をゆっくりと下ろす。目の高さを合わせると僕の緩やかにカールした髪に触れた。
「まるでシモンさんみたいな綺麗な色だ。絹のように繊細な美しさ…… 肌は雪に溶けてしまいそうに白く、瞳はアメトリンの宝石の様だ……」
「おいこらっっ! おまえは…… まだそんな小さな少年を口説き落とすつもりか?」
ニールはギョッとした目でアダムに向かって慌てたように注意し、そこに間髪入れずにニアが不敵に笑みを浮かべた。
「いひひ! アダムさんっていやらしい〜」
「ちょっと〜 なんて言い方をするんですか! 俺はそういうのじゃないですってば!」
「えー? そういうのって?」
「んああああ〜 分かっててイヤな言い回しをしないでくださいってば! ニアくんったら酷いです!」
「その言葉をそっくりそのまま返すよ…… 美少年が好みだったんだね…… アダムさん…… って! まさか…… ボクのこともそんな目で?」
「ニアくん、やめてくださいよ〜」
ニールは呆れた表情で黙って聞いていたが痺れを切らした。アダムを睨みつけ、ニアに嫌味を言う。だがすぐに意味のない会話にニアが変えてしまうのだ。
「ニアもアダムもやめろ! それ以上騒いだら承知しねぇからな? というかお前は自分で美少年とか思ってたのか!」
「ボクが美少年じゃなかったら何だっていうの? 神? 神クラスなの?」
「けっ! 誰が言うかよ!」
「貴方達がうるさいのはよく分かったわ…… で? この子はなんなのよ?」
「俺が聞きたいよ…… どうしたもんかな」
テイルノダがと呆れて、煙草に火をつけてニールに問いかけた。ニールは小さくなった僕に優しい視線を向けた。心が軋む。その声に、その瞳に。
「キミ…… アタシと同じなのね…… クマさんのビスケット食べる?」
「ミシェル? 同じって?……さっきからウィリアムさんは黙ってるし」
うんざりするくらいに彼らは変わらない。それに、また新しく人が増えているんだね。僕の入る隙間が見当たらない。なんて、僕はそんな意味のないことを考えていた。
「ぼくは何処からこの場所にやってきたの? 怖い思いをしてないといいけど……」
ニアもニールも僕に気が付いていないのか? 無理もないか、今の僕は小さな子供の姿なんだものね。
「もおおおお〜! お風呂に入りたいいい〜限界ギリギリだ〜」
「ニアくんもですか…… 俺もです。顔も頭もベタベタするし」
ニアの言葉にアダムが顔を触って苦笑いする。
「そんなことより、そろそろ何かが来る前に此処を動かなきゃね……」
「そうだな…… 二手に分かれるんだろ?」
テイルノダが煙草の煙を天井に向けて吹き上げる。その煙を見上げると声を出した。ニールはその言葉にウィリアムを見た。
「ニールくん…… すぐに分かれるのは得策ではない気がします。今ならまだ大丈夫です」
「その根拠はどこからやってくるんだよ」
ウィリアムはちらりと僕を見るとニールに言葉を返す。ニールは呆れた目でウィリアムの表情を気にする。
「ボクはウィリアムさんに賛同するよ?」
「はいはい、お前は誰が文句言ってもウィリアムに賛同するんだろ……」
ニールは些か納得した様子ではなかったが荷物をまとめだした。
******
「……あなたたちは何者?」
ティノは両手にカップを持つと緩やかに揺れる紅茶の香りにため息をついた。
「放浪キャラバンとでも言えば分かりますかな?」
「放浪? キャラバン?」
「そう…… 放浪キャラバンです」
ティノは首を縦に振ると
またカップに入った紅茶を見つめた。
******
「ニールさん! 俺のことは気にしないで先に行ってください!」
「……おお! 分かった!」
「ちょっとおおお! ニールさんっっ! そこは分かったじゃなくて! お前のことを置いてなんて行けるかよ! でしょ?」
「……そうか? そういうものか?」
「そこっ! 首傾げないで! 俺かわいそうでしょ!」
「なんの出し物なの? 余興?」
「テイルノダさんっっ!」
「コントはそれで終わりでしょ?」
「誰がコントだ!」
騒ぎ出すのはいつもだが、この状況でも変わらないのは少しホッと出来た。安心したせいか、こんな身体になっても腹は減るし、尿意もある。生きているって証拠だろう。僕は我慢が出来なくなってニアの袖をゆっくりと引っ張った。
「うん? ぼくどうしたの?」
「お兄ちゃん……おトイレ……」
「ああ……おトイレね。こっちだよ、おいで」
ニアは屈託の無い笑顔を僕に注ぐ。涙脆い僕にはとても嬉しいことだった。
「はりゃ! どうしたの? どうして泣いちゃうの!」
「……ごめんなさい」
「気が抜けちゃったんだね? 怖かったでしょ? でもね、大丈夫だよ! ああ見えてね、みんな優しくて強くて…… 何より家族だからね。君が嫌じゃなければずっと一緒にいればいいんだよ? ああ! なんて素敵な言葉を言っちゃったんだろうね〜 こんなに美しいボクもキュートなだけじゃなくて強くて頼りになるんだよね〜」
ニアの言葉に僕は面食らって、何故だか涙がまた止まらなくなっていた。
「ボクはニア。キミは? ナマエを教えて」
ニアは優しく微笑むとポケットから綺麗にアイロン掛けされたハンカチを僕に手渡してくれた。
「僕はシモ……」
そこまで喉に出かかった名前を僕は飲み込んだ。ひび割れた鏡に写った僕の姿は青白い顔に虚ろな目をして、隣には死んだ母が寄り掛かるようにして人差し指を口に添えていた。黙ってなさいと言わんばかりの表情に薄黄色のワンピース姿。そして、首筋にはあの大きな傷が開いていた。
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