その6

「地下施設に閉じ込められた」


 と、サクラは真っ青な顔で言った。

 だけど僕は首をかしげた。

 それほど致命的な状況だと思わなかったからである。

 僕は聞いた。


「閉じ込められたって、そんなにあせること?」

「夕方からパーティーだ」

「スマホに認証キーが入ってるんだよね? だったら充電すればいいじゃん」

「ここには充電機器がない」

「充電ケーブルは、カバンに入れてないの?」

「ケーブルを持ち歩くのはオタクだけだ」


 サクラのそんな指摘。

 言葉もないよ。

 ちなみに僕のカバンには、スマホの充電ケーブルだけでなく、携帯ゲーム機のケーブルも入っている。さらにスマホの拡張バッテリーパックと、その充電セットまである。……。


「じゃあ、マリンを呼んで開けてもらおう」

「貴様の呼び出しに応じると思うのか?」

「え?」

「貴様とマリンは、さっきケンカをしたばかり――そういう演技をしたばかりだぞ。マリンは、貴様の電話に出ない。メールも無視する。クラスメイトの前ならなおさらだ」

「あっ、そうか」

「もしかしたらクラスメイトの前で、着信拒否の設定をしたかもしれない」

「うーん」

「友達にそういうアドバイスをされたら、マリンは断れない」

「それはありえる」


 僕とサクラは同時にため息をついた。

 サクラは、僕のスマホを見ながらぼそりと言った。


「念のため、マリンに留守電とメールを入れておけ。まあそれがダメでも、私たちがホテルに現れなければさすがに連絡してくるだろう」

「そんなギリギリまで連絡こないの?」

「ああ」


 サクラは断言した。

 僕は首をかしげながらも、とりあえずマリンにメールと留守電を入れた。

 それから素朴な疑問を口にした。


「ねえ、この施設って捜査本部を兼ねているんだよね?」

「そうだ」

「警視庁や海上自衛隊に連絡すればいいじゃん。開けてもらえないの?」

「無理だ。この施設を知る者は、ごく一部の人間だけだ。それに外から遠隔操作で開けることもできない」

「誰かに来てもらうのは?」

「警視庁や海自の幹部にわざわざ来てもらうのか?」

「それしかないだろ」

「来てもらっても彼らは開けることができないぞ」

「じゃあ解除スイッチとかないの? そもそも閉じこめられるってなんだよ。普通は中から開けられるでしょ。牢屋じゃあるまいし、欠陥住宅かよ」


 僕はひどく当たり前の不満をもらした。

 するとサクラは苦々しげに言った。


「この施設は、貴様を保護するためのものではあるが、ある意味、牢獄とも言える。もし我々が痴女化した場合、外に出さない設計になっているのだ」

「痴女化した場合?」

「海自と公安にとって、もっとも最悪なケースは、貴様を保護する私とマリンが痴女化することだ。痴女化して何食わぬ顔で公安と海自にウソの情報を流し、エキサイター――貴様のことだ――を無力化する。それが一番あってはならないことなのだ」

「それを防ぐために、出入りを複雑にしたの?」

「痴女は複雑なことができない。出るための手続きを煩雑はんざつにすれば、閉じこめることができる」

「うーん、なるほどそういうことなのね」

「海自も公安も甘くはない」


 サクラは誇らしげに言った。

 それから大きく息を吐いて、彼女はサッパリした顔で言った。


「さて、いつまでも脱出のことを考えるのは時間の無駄だ。夕方までの約4時間、気持ちを切り替えて別のことをしよう」

「別のこと?」

「貴様の訓練、そして身体検査だ」


 サクラはサディスティックな笑みでそう言った。




 ※


「身体検査!?」

「心配するな。私もあれから学習した。この前のようにはならん」


 そう言ってサクラは、僕を立ち上がらせると、そのいきおいで僕に体落としをかけた。

 僕は床にぶっ倒れた。


「まずは訓練だ」


 サクラは、あおむけになった僕にまたがると、スカートをたくし上げた。

 それから僕のお腹のあたりに座り、僕の両腕を押さえつけた。

 顔を近づけ、彼女は息を吹きかけるように言った。


「ジョイライドは、騎乗位で男を殺す。貴様は夕方までに、この状況から抜け出せるようにならなければならない」

「騎乗位から脱出する訓練をするのか」

「最悪の事態を想定しての訓練だ」


 サクラは、ぐいっと腰に力を入れた。

 僕は、みぞおちのあたりに股間の生暖かさを感じながらも、しかし、どうすることもできなかった。両腕を開いた状態で押さえつけられるとひどく動きにくい。

 サクラは、とても嬉しそうな笑顔で僕を見下ろしている。

 くちびるがふれそうなくらい顔を近づけてくる。

 彼女はしばらくそのまま僕を眺めていたが、やがて優越感に満ちてこう言った。


「どうした、脱出してみろ」

「ううっ、無理だよ」

「もっと抵抗しろ」

「いやっ、だから無理だって。動けないよ」

「なんだだらしない。痴女が私より大柄だったらどうするんだ?」

「いやまあ……」

「ん? どうした、あきらめたのか?」

「うーん」


 僕は考えこんでしまった。

 というのも、サクラは鍛えられてはいるけれど、実は結構軽いのだ。イオリも身長のわりにはすごく軽かったけど、それでもサクラよりも身長が高いぶん圧迫感があった。そう考えると、サクラより大柄な女子はたくさんいる。


「それなのに、まったく抵抗できない」


 僕は青ざめた。

 この体勢になったらもうダメだ。

 こうなる前になんとかするしかない。

 サクラは、そんな僕の顔を見て、快美に身もだえた。


「ちょっとサクラ、なにしてんの!?」

「ああ、すまん。貴様の絶望する様を見ていたら、ゾクゾクしてしまった」

「またそんなサディストみたいなことを言う」

「サディスト……ああ、たしかに私はサドかもしれない。正直に言うと、今、私は快感にうちふるえている。このまま貴様を痛めつけたい、手足をへし折り絶叫させたい、そんな衝動をおさえるのに必死なのだ」

「マジ止めろよな!」


 僕は噛みつくように叫んだ。

 するとそのいきおいで、僕のくちびるとサクラのくちびるがふれた。

 僕とサクラは目と目を逢わせると、同時にツバをのみこんだ。

 そして僕たちは口づけを交わした。

 先日とは違ってひどく荒々しい、本能が支配するキスだった。



「サクラ?」

「ん? 違う、なにか違う」

「うん?」

「この感情は、恋愛感情ではない」


 サクラはぼそりとつぶやいた。


「私は実を言うと、今まで人を好きになったことがない。幼稚舎からずっと女子校だったから、同年代の男性と接する機会がなかったのだ。ただ、恋に似た感情なら知っている。おそらく、小早川イオリを初めて見たときに受けた衝撃、あれが一番、恋に近い感情だと思う」

「えっ?」

「いや、勘違いしないでほしい。ただ同性として、強烈にあこがれただけだ。イオリは背が高く、すらりとして、いつも自信に満ちて笑っていたからな」

「ああ、なるほど」

「しかし貴様に抱いた感情は、それとはまったく違った。もっと即物的というか、欲望に満ちているというか、恋愛というよりは、どちらかというと食欲や購買衝動に近い。ハッキリ言ってしまえば、そう、肉欲だな。私が貴様に対して抱いているのは、性的欲求のみなのだ」


 きっぱりと、サクラは言った。

 僕にまたがり、僕の自由を奪い、真面目な顔をして、17歳の清楚せいそな美少女がこんなことを言ったのだ。

 僕はどんな顔をしていいのか分からなかった。

 サクラは自嘲気味じちょうぎみに笑って、それから、すっと立ち上がった。

 手を差しのべて、僕を立ち上がらせた。

 そして彼女は、真剣な顔でこう言った。


「すまない。一瞬、貴様のことを好きになったのかと思ったが、どうやら勘違いらしい。私はただ貴様と性交渉をしたいだけなのだ」

「………………」

「楠木キョウ。『自分も同じだった』と言ってくれると、私の気持ちはずいぶんと楽になるのだが?」


 笑いながら言うのならまだしもだが、これを大真面目に言うのだ。

 僕は困り顔で笑うしかなかった。

 サクラは、ぷっくらとほっぺたをふくらませた。

 僕は、そんなサクラを笑顔で見て、ゆるい感じに聞いてみた。


「それって僕に、『キミは好きじゃないけど、エッチだけはしたい』って、そう言えってこと?」

「そっ、そこまで……。しかし、そうなるな」

「うん」

「ダメか?」

「えぇっ!?」

「私は貴様に対してそういった感情しか、たぶん持てないのだ。初めて会ったときからずっと、貴様とマリンが熱烈に愛し合っていたから、そしてそれを見てしまったから」

「うーん、そんなことないと思うけど?」

「目を見れば分かる。しかもマリンは今でも貴様のことを本気で愛してる」

「ビンタされたばかりだよ?」

「真剣に愛しているからこそのビンタだ」

「それって、なんだか便利な言葉だよ」


 僕は苦笑いでそう言った。

 するとサクラは、普段とはまるで別人のような、くだけた態度でこう言った。



「貴様だって、結局はマリンのことが好きなのだ。いつも貴様がやらかして、マリンが怒る。仲直りする。それを延々と繰り返している。今回もどうせすぐに仲直りする」

「うーん、それはどうかな」

「マリンは冷徹で優秀なエージェントだ。貴様を嫌いになったら、あんな後を引く言いかたなどするわけがない。黙って任務から外れるだけだ」

「ほんとに?」

「ああ。私は道化だ、貴様らの痴話ゲンカに巻きこまれたのだ」


 サクラは、くやしそうな顔で僕をにらみつけた。

 それからじんわり笑うと、彼女は僕の腕をつかんでこう言った。


「だから、たっぷりイジメてやる。私をダシしてイチャイチャしたお返しだ」

「痛っ、痛いよっ」

「ああ、い声だ。ゾクゾクする。これがきっと性的快感なのだな」

「ちょっと止めてよ。やるならもっとこう、気持ちのいいことをしようよ」

「私は、ひどく気持ちいいぞ。このまま、へし折ったら絶頂に達しそうだ」


 これを黒髪清楚な美少女が、ものすごい笑顔で言うのである。


「キョウ、このまま身体検査に移ろう」

「痛っ、痛い痛い痛い、痛いよ!」

「はぁああああ」

「おいっ」

「すまんっ、あやうくイクところだった」

「ふざけんなよっ」

「ああ、今はたのしんでる場合ではなかったな」


 サクラは突然、冷めた声で言った。

 それから、ぶすりと僕の腕にペンを突き刺した。


「痛っ!? 何するんだよ!?」

「貴様の強度を調べたのだ」

「強度!?」

「イオリの肉体は、エキサイターを宿すことによって、強烈な再生能力を手に入れた。弾丸が心臓を貫いても死なない程度のな。おそらく貴様の肉体もそれに近くなっている」

「痛い! だからって、いきなり刺すなよ」

「時間がもったいない。夕方までに貴様の限界を知りたいのだ」


 サクラは真剣な顔でそう言うと、僕を真っ正面に見た。

 僕はツバをごくりとのみこんだ。

 言いたいことは分かったが、しかし、納得できることではなかった。

 確かにペンを刺されたところはもう治りかけている。

 だけど普通に痛いのだ。痛みはしっかり感じているのである。


「痛いのはイヤだ」


 僕はハッキリ拒絶した。

 するとサクラは、なにやら懸命に考えはじめた。

 しばらくすると、彼女は覚悟を決めた目でこう言った。


「分かった。私も今まで『これは仕事だ、日本のためだ』と、強く言いすぎた。それは謝る。もちろん仕事を離れ、私個人としても謝罪する。すまなかった」

「うっ、うん」

「それでここからは、私個人としてのお願いなのだが――。楠木キョウ、貴様も私人として聞いてくれるか?」

「……うん、分かったよ」

「私は個人的に貴様の体を検査したい。具体的には、切ったり痛めつけたりして再生能力を確かめたい」

「………………」

「なぜしたいかと言うと、それはサディズムを満たすためだ。私は貴様を痛めつけることによって性的快感を得たいのだ」

「イヤだよそんなの」

「もちろん、ただでヤラせてくれとは言わない。貴様の性的欲求を満たしてやる」

「エッチをさせるから、体を切り刻ませろと?」

「貴様は以前、私のことを美少女だと言った。悪い話ではないだろう?」


 サクラは精一杯の笑みで、僕に交渉を持ちかけた。

 僕はいたたまれない気持ちになった。

 なぜならサクラは、潔癖感にあふれる正義正論の人だからだ。

 おそらくこんな話をするのは不本意だろう。

 そう思って僕がうつむくと、サクラはさらに言った。


「貴様は、マリンのことを好きなままでいい。もちろんマリンには黙ってる。私のことは、ただ性のはけ口だと、そう思ってくれて構わない」

「こらっ」

「真剣に言っている」

「そんなことできないよ」

「……童貞ドーテーのクセに生意気言うな。それにもっと本を読め」

「はあ?」

「貴様、マリンを愛しているのは結構だがな。初めての性交渉で上手くいくと思っているのか?」

「それは……」

「どうせ上手くいかない。そうなればマリンの自尊心を深く傷つけることになる。そして、その後のふたりの関係はギクシャクとしたものになる。そう本に書いてある」

「だからって」

「私で練習しろ。マリンに恥をかかせないためにもな」


 サクラはドヤ顔でそう言った。

 ……僕は結局、彼女の熱意に負けてしまった。

 というより、彼女の魅力に負けたというべきか。

 サクラは異常性癖の持ち主ではあるけれど、しかし、マリンと学校で1位2位を競うほどの美少女だ。

 僕はため息混じりに言った。


「分かったよ。でもあまり痛くしないでね。ほんと止めてって言ったら止めてよね」

「もちろんだ。ではさっそく切り傷の再生から見ていこう」

「じゃあ、おっぱいさわってもいい?」

「ダメだ」

「えっ? エッチなことヤラせてくれるんじゃなかったの?」

「切り傷ぐらいで胸はさわらせん」

「じゃあ、おっぱいをモミモミするには、どんなことを我慢すればいいの?」

「そうだな。最低でも腕を1本へし折る。いや、切断かな」


 サクラは恍惚こうこつの笑みでそう言った。

 僕が恐怖にうちふるえると、サクラはよろこびの声をもらした。

 それから彼女は、ひどく淫蕩いんとうな笑みでささやいた。


「そうは言っても私にも感情はある。気分が乗ってきたら身を許すかもしれないぞ」


 僕は、うーむとうなったまま、深くソファーに沈みこんだ。

 するとサクラは片ひざをついた姿勢で、嬉々として僕の検査をしはじめた。

 最初の頃は苦痛に身をよじったが、すぐにそういう反射行動は取らなくなった。

 慣れたのか、観念したのか、あきらめたのか。

 僕は、ただぼんやりとサクラのパンツを眺めながら、しばらく彼女に身をゆだねていた。――



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