その6

 マリンさんを追ってリビングに下りた。

 ホームパーティーはお開きになっていた。

 姉さんがのんびり片付けている。

 シンコは帰ってもういない。

 そして玄関には、サクラがぼんやり立っていた。

 マリンさんは突然振り向いて、僕に言った。


「あなたは家から出ないで」

「えっ?」

「言う通りにして」


 マリンさんはそう言うと家を出た。

 サクラが僕を見た。

 僕は結論だけ言った。


「犯人は別にいる」


 するとサクラは、マリンさんの後を追って家を出た。

 しばらくすると外で、けたたましい車の発進音がした。

 僕は、とりあえず姉さんに「僕が見てくるよ」と声をかけ、それから外を見にいった。


「うぅ」


 玄関を出たところでは、サクラが腕を押さえ、よろめいていた。

 僕はあわてて抱きとめた。

 サクラは僕の腕に抱かれ、うすれゆく意識のなかでこう告げた。


「麻酔銃だ……――」




 ――……しばらくの後、サクラは意識を取り戻した。

 彼女は、ふるえる声でこう言った。


「小早川イオリだ。イオリが突然現れマリンを撃ち、私を撃った。そしてマリンを車に乗せて逃走した」

「イオリが? 死んだんじゃなかったの!?」

「そう簡単に死ぬようなヤツじゃない」

「でもマリンさんが『サクラが殺したんじゃないか』って」

「言ったのか。まったく、印象操作も大概たいがいにしろ」


 サクラは頭を押さえ、ふらふらと車に向かって歩きだした。

 まるで二日酔いのような状態である。


「大丈夫?」

「犯人はマリンじゃなかった」

「うん」

「イオリが何をやりたいのかは、そもそも謎だが、今回の目的だけはハッキリしている。マリンを拷問してエキサイターのことを吐かせるつもりだ」

「まさか」

「殺すなら麻酔銃など使わない。さらう理由はそれしかない」

「だったら助けないと」

「機密を訊きだされては困る」

「でもどうやって?」


 僕が聞くと、サクラはニヤリと笑った。


「手土産のカップケーキに発信器を埋めておいた。家にいないのがマリンだ」

「えっ? 発信器を食べさせたの!?」

「いいから早く乗れ」


 サクラはそう言って、気合いを入れた。

 完全には復活してないが、運転ならなんとかできそうだ。

 僕が車に乗ると、サクラはカーナビを見ながらこう言った。


「見つけたぞ」


 そしてサクラは車を走らせるのだった。――




 発信器の場所に到着した。

 そこは、なんとコシノクニ高専だった。


「ここにいるの?」

「間違いない。貴様は車で待っていろ」

「イヤだよ。この時間は人通りがまったくないし、広くて暗くて、おっかないよ」

「……もっともだな。貴様が襲われても困る」


 サクラは拳銃を構えてそう言った。

 僕は彼女と一緒に校舎に入った。

 そして発信器に向かって、特別教室棟を奥へと進んだ。


「もしかして視聴覚室?」

「ああ、貴様はじっとしていろ。私が中を見る」


 サクラはそう言って、扉をそっと開けた。

 拳銃で暗幕を開いて、油断なく中を見た。

 その後ろから僕も見た。

 すると中では、シンコがポップコーンを抱いて、大画面でアニメを観ていた。

 しかも、どぎついエロである。


「「……あのバカ」」


 僕とサクラの口から同時に、あきれと落胆のからみあったなげきがもれた。

 僕にはその言葉が、シンコに向けられたのものなのか、追跡をしくじったサクラに向けられたものなのか、一瞬分からなかった。

 僕たちは、シンコには声をかけず、そっと学校を出た。

 車に乗ると、サクラは生真面目な顔でつぶやいた。


「マリンを完全に見失ってしまった」


 なんのひねりもないそのままの言葉だったが、それが身ぶるいするような実感をおびていたので、僕は彼女に同情をよせた。

 だけど、サクラの先ほどまでの自信満々な態度と、このあまりにもマヌケな状況との落差を思うと、僕のなぐさめる気は失せた。

 前々から思っていたことを、つい口にしてしまった。


「キミ、あまりこういうことは言いたくないけれど。わりとポンコツ気味だよね」




 ※


 サクラは反論しなかった。

 その代わり、僕に今後のことをブン投げた。


「では、ヤツらはどこにいる? 教えてくれたまえ」

「……うん」


 僕は必死に考えた。

 サクラはイジワルな笑みで僕をじっと見ている。

 僕は困り顔でにらみかえして、それからマリンさんをさらった逃亡者……イオリのことを思った。あいつの行きそうな場所、取りそうな行動を記憶をたぐりながら懸命に考えた。

 サクラに訊いた。


「イオリの実家は捜索したの?」

「もちろんだ。エキサイターが盗まれたときに屋敷内を捜索し、以後、地元の警官が数名で張りこんでいる」

「じゃあ、公安の本部って近くにあるの?」

「はあ? 貴様、なにを言っているのだ?」

「いや、昨日学校で『魔界転生』のことを話したよね。柳生十兵衛の作戦が面白いって」

「ああ、それがどうした」

「あれって、イオリの受け売りなんだよ。イオリは昔っから人を食ったような作戦が好きなんだ。人質を連れて敵のふところに潜りこむとかそういうの」

「だから、公安の本部がどこか聞いたのか?」

「うん。あいつの性格が昔のままなら、敵の本拠地に隠れるって思ったんだ」

「なるほど」


 と言って、サクラは僕の肩を叩いた。

 いきなり車を発進させた。

 そして無線で仲間に応援を頼むと、彼女は不敵な笑みでこう言った。


「小早川イオリの趣味は、今でも変わってない。公安での作戦立案にも、貴様の言うような傾向がみられた。ヤツの潜伏先は、公安の仮設本部。すなわちコシノクニ警察署だ」

「警察署!?」

「ああ、実に人を食った潜伏先だ。しかし、大胆だがもっとも安全ではある。ヤツの裏切りは全国に通達してない、指名手配などしていないのだ。そもそも我々公安部は存在自体が秘密だからな」

「それじゃキミたちは?」

「我々公安部のエージェントは、内部資料では監察官となっている。警察内部の汚職などを監査する事務職だ」

「だったらイオリは」

「ああ、監査だと言えば、署には楽に入れる」

「そんなぁ」

「ふふっ、やってくれたよ。小早川イオリは、『楠木キョウ対策チーム(仮)』と『小早川イオリ捜索チーム』(もちろん名称は伏せられている)の設置されたビルのなかで、今まで堂々とすごしていたのだ」


 サクラは、くやしそうに言った。

 しかしすぐに闘志をみなぎらせた瞳で、サディスティックに吐き捨てた。


「すべての警官と機動隊を急行させた。手をつないで警察署を囲める人数だから、覚悟しろ」




 ※


 警察署に到着した。

 サクラは車を裏の搬入口はんにゅうぐちのようなところから、地下の駐車場に入れた。そして言った。


「ここは犯罪者の護送だけに使っている。安全だから車で待っていろ」

「えっ?」

「私はこれから機動隊と合流し、突入の指揮をとる」

「僕も行くよ」

「待てっ!」

「いやっ」

「お座りっ! お手っ!!」


 サクラは手を差しだした。

 僕が口をとがらせると、頭をよしよしとなでてきた。

 それから車から降りて、彼女はドアを閉めると、ニヤリと笑ってこう言った。


「マリンは助けてやるから待っていろ」


 僕は、ひとり駐車場で待つことにした。――




 薄暗い駐車場で、ぼんやりしていると、奥からひとりの少女があらわれた。

 僕の車には気付かずに、搬入口のほうに向かって歩いている。


「あの金髪……」


 僕は思わず声をあげ、あわてて口をおさえた。

 少女は小早川イオリである。


「あいつ」


 僕が息を潜めながらもにらみつけていると、イオリは搬入口から出ていった。

 そしてしばらく経っても帰ってこなかった。

 僕は少し考えた。

 それからつぶやいた。


「イオリは、あそこから出てきた。ということはマリンさんは……」


 深い思慮や判断などなにもなかった。

 理性よりなにより感情が先に立った。

 僕は車から飛びだすと、イオリが出てきたところに駆け込んだ。

 大きなダンボールやコンテナが散らばった先に、頑丈な扉があった。

 僕はそれを開いた。

 そして中に入るとそこには、


「マリンさん!」


 半裸にひんむかれたマリンさんが、両手を縛られ天井から吊されていた。


「マリンさん!」


 僕が駆け寄ると、マリンさんは顔をあげた。

 縄を解こうとすると、彼女は弱々しく笑ってこう言った。


「キョウくん、早く逃げて。私の命よりあなたが大切です」

「でも」

「すぐに帰ってきます。ほらっ」


 ガチャリと扉が開く音がした。

 僕はあわてて身を潜めた。

 マリンさんの後ろ、ダンボールの影に隠れたのである。


「機動隊に囲まれちゃったよお」


 イオリは無邪気な笑みでそう言った。

 マリンさんが噛みつくように言った。


「もう終わりです!」

「あはは、大丈夫だよお。だって指揮官は、あのアホのサクラだもん。なにもかもが教科書通りで読みやすい」

「あなた、いったい何が目的なんですかっ」

「ああん、質問するのはイオリのほうだよお」


 イオリはそう言って、靴べらのようなもので、マリンさんのほっぺたをぺちぺちと叩いた。

 そして言った。


「おい、佐世保マリン。おまえ、キョウちゃんとイチャイチャしすぎだぞ。イオリの体調が安定しないあいだ、よくも好き勝手してくれたな。キョウちゃんに、べっちゃりくっついて、キョウちゃんを誘惑して、よくもよくもよくもっ、このナチュラルボーン処女ビッチ!」

「任務です。あなたもスパイなら分かってるでしょ」

「このウソつき! イオリは、しっかり視ていたぞ。おまえのイチャツキっぷりは本気だね。メス猫の下品なヨダレをたらして、イヤらしいにおいがプンプンしていたぞ」

「………………」

「おまえ、この乳をキョウちゃんに押しあててたな。これから削ぎ落としてやる。キョウちゃんにふれたところは全部削り取ってやる」

「拷問には屈しないですよ」

「うるさいっ。それによくも撃ってくれたな。キョウちゃんのための大切な体に、よくもよくもよくもっ、おまえ傷をつけてくれたなァ!」


 イオリは自分の言葉に酔い、どんどんヒートアップしていった。

 ほほは興奮して桜色に染まり、瞳には妖しい光が宿っている。


「まずは右乳から削るよッ!」


 イオリは、ものすごい笑みで刃物を振りかざした。

 僕は思わず飛びだした。


「待てっ!」


 僕は両手を開き、ふたりの間に割りこんだ。

 イオリは、そんな僕の顔を見ると、


「ふわあぁぁあああ――――!!???」


 っと、うわずった声を漏らし、瞳を大きく見開いた。

 それから、イオリは水をすくうようなかたちで両手をほっぺたにあて、興奮にふるえて僕を見た。

 そして、やけつくように真っ赤にぬれたくちびるからこぼれたのは――同い年の幼馴染みとはとても思えぬ――発情したけだもののような、肉欲をむき出しにしたメスの声だった。


「キョウちゃん……はぁん……キョウちゃあん」


 僕は、イオリの変貌っぷりに驚倒した。

 そしてキーンと、突然、激しい耳鳴りに襲われた。


「イオリ!? おまえ、まさか痴女に!?」

「うん、キョウちゃんのためだよ」


 きっぱりと、イオリは言った。

 縛られたマリンさんの前で、僕とイオリは向かいあった。

 しばらく僕は空調の音ばかり聞いていた。

 やがてイオリは、しゃべりだした。


「やっぱり、キョウちゃんはエキサイターに適合したんだね。イオリと症状は違うけど、でも、えへへ、おそろいだよお」


 僕がただツバをのみこむと、イオリは無邪気な笑顔でこう言った。


「キョウちゃん、ちくっとするよ」

「うっ!?」


 あっという間だった。

 気がついたときにはもう、僕はイオリに撃たれていた。


「麻酔銃だよお」


 薄れゆく意識のなか、僕のまぶたには、ただイオリの発情し狂った笑顔だけが残った……――。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る