Cパート

 それからのことは簡単に述べたい。


 陸上自衛隊コシノクニ駐屯地の副長は、『男子児童が見知らぬ女性に手淫しゅいんによって精通せいつうさせられる』事案の犯人として逮捕された。

 サクラは逮捕の際、上層部にイオリの件を伝えた。


 その結果、公安はイオリの保護を約束した。

 公安から連絡を受けた海上自衛隊も、彼女の保護を約束した。

 これは公安と海自の上層部をエキサイターで調査し、潜伏していた痴女をせん滅した見返りでもあった。


 しかもそれだけではない。

 イオリは、事件での行動を高く評価された。

 彼女は、痴女の報復がないことが確認され安全が保証されると復職した。

 上級監察官に取り上げられたのである。




 ※


 誰もいない寂れた田舎駅だった。

 イオリは照れくさそうに言った。


「スペシャル・エージェント・小早川イオリだって」

「すごいな」


 僕は穏やかな笑みでそう言った。

 彼女は、これから旅立つという。

 見送りは僕ひとりだけだった。

 イオリが、コシノクニに戻ったことや公安でスパイをやっていることは、彼女の家族にも秘密なのである。


「ねえ、キョウちゃん。露天風呂で言ったことなんだけどね……イオリは、イヤミを言ったつもりはなかったの。別にキョウちゃんのことをバカにしたつもりはなかったんだよ? イオリはね、キョウちゃんがあの学校で過ごしている姿を見て、ほんとうに心から嬉しくなったの」

「でも、イオリは優秀なエージェントだけど僕はっ」

「だから?」


 イオリは僕の言葉をさえぎった。

 そして笑顔で、だけど寂しそうな笑顔で彼女はこう言った。


「イオリにはキョウちゃんしかいない。だけど、キョウちゃんには友達が山ほどいる」

「いやでも」

「キョウちゃんは、みんなから愛されてる」

「………………」

「うらやましいよ」

「………………」

「だからキョウちゃんを独り占めしたくなったのかも」

「………………」

「ごめんね」


 イオリは甘えて僕の胸におでこをあてた。


「……なあ、イオリ。これからどうするんだ?」

「行き先はイオリにも分からない。日本のどこかで痴女をやっつけてる」

「無理はするなよ」

「えへへ」


 イオリはしばらく黙っていたが、やがてつぶやいた。


「ねえ、キョウちゃん。日本の行方不明者って年間どれくらいだと思う?」

「いや、まったく分からないけど」

「8万人」

「そんなに?」

「毎年だいたいそれくらいだよ? ただ、全体の約70%は届出から1週間以内に見つかってるけどね」

「ああ、それはかった」

「逆に言うと、毎年4000人は見つからないままだよ」

「うーん」


 僕は沈痛な面持ちとなった。

 イオリは続けてこう言った。


「イオリはね、その4000人のうちの1人になる。これからは、名前や立場を変えながら痴女と戦うの。日本にはそういったエージェントが、イオリのほかにもたくさんいるんだって」

「……気をつけるんだぞ」

「うん。それじゃあ、電車が来たからもう行くね。次に逢うときは、たっぷり可愛がってほしいよ」


 僕はイオリを乗せた電車が視界から消え去るまで、ずっと見送っていた。――








 20XX年。

 日本の行方不明者は年間8万人、そのうち4000人が行方不明のままである。

 その4000人のなかには、警視庁公安部のエージェントが含まれ、そしておそらくは、いや確実に、かなりの割合で痴女が含まれている。


 僕はそんな日本でラッキースケベを楽しんで……じゃなくて、公安と海自のエージェントとともに痴女と戦っている。



【ファーストシーズン 第3章 完】



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る