第4章 荒馬の痴女『ジョイライド』

荒馬の痴女『ジョイライド』

 ハンドジョブの逮捕から数日が経った。

 コシノクニ市は、表面上はなにひとつ変わらないけれど、しかし確かに平和になった。

 そして僕たちの関係にも変化があった。

 僕とマリンとサクラは、生死の境を切りぬけたことによって、心の距離を縮めていた。――



 放課後、マリンが僕を誘った。

 僕はシンコたちにかるく断りを入れると、マリンと教室を出た。

 マリンは、いつものように僕の腕にしがみつき、そして言った。


「今日はプレゼントがあるんですよ」

「プレゼント?」

「こっちです」


 そう言ってマリンは購買に向かった。

 購買に着くと、彼女は修理部の側壁に僕を誘った。

 お店とお店との隙間を奥まで進んだ。

 行き止まりのすこし手前で、彼女は壁の亀裂に鍵を刺した。

 するとタッチパネルが浮かびあがった。

 マリンはパスワードを入力しながらこう言った。


「そこのダンボールの裏に階段が現れます。見つからないように、すばやく下りてください」

「えっ、うん」

「はやくっ」


 マリンはそう言って階段を駆け下りた。

 僕は首をかしげながらも、とにかく後を追った。

 突如現れた階段を下りたのである。




「入口は自動で元に戻ります」


 マリンは、階段を下りきったところでそう言った。

 僕はあたりを見まわしながら、うなずいた。

 言葉がなにも出ない。

 ここはコンクリートと鉄とガラスでできた広大なエリア……ハイテクでモノトーンな地下施設だった。壁面にはディスプレイが並び、別の壁面にはハイスペックのPCや周辺機器が並んでいる。

 僕は、しばし呆然と立ちすくんだ。

 ハッとしてマリンの顔を見た。

 それからようやく言葉を口にした。


「これ、どうしたの?」


 こんな頭の悪い質問にも関わらず、マリンは笑顔で答えてくれた。


「海上自衛隊からのプレゼントです」

「この秘密基地みたいなのが?」

「ええ」

「はあ」

「ここはキョウくんのための緊急避難場所。事件が起こったときには、作戦本部になりますけどね」

「ああ、視聴覚教室をいちいち借りるのも目立つから」

「ええ。でも普段は、私たちがイチャイチャする場所です。隠れ家として使っちゃいましょう」


 マリンはそう言って僕を引っぱった。

 それから彼女は僕の胸に、ほっぺたをくっつけると、そのままソファーに飛びこんだ。

 僕とマリンは、抱き合った状態でソファーに深く沈みこんだ。

 しばらくの後、マリンは甘えた上目遣うわめづかいでこう言った。


「駐屯地の副長室で、私とサクラさん、イオリさんは判断ミスをしました。キョウくんを逃がそうとしたんです」

「えっ、うん」

「もし、あのときにキョウくんが逃げたら大損害でした。あんなところからは絶対に逃げられません。すぐに捕まりますし、殺されます。その後、私たちは痴女にされて海自や公安に戻るでしょう。そして致命的なことに、このことを海自や公安は知る術がありませんでした」

「言われてみれば……」

「キョウくんのお陰です」


 マリンは満面の笑みで僕にキスをした。

 それからもう一度、みつくようなキスをした。

 僕の首に腕をからませ、太ももで僕をしめつけた。

 僕たちは夢中で愛を確かめあった。

 と。

 そんな地下施設に、プシューっと、扉が開く音が鳴り響いた。

 あわてて顔をあげると、サクラが入ってきた。

 サクラは僕とマリンを見下ろすと、無感情に言った。


「ああ、そのまま続けてくれ」


 それからサクラはコーヒーをれた。

 僕たちが衣服を正し、座り直したころで、サクラはソファーにやってきた。

 だけどマリンは僕にもたれかかり、太ももで僕をガッチリはさみこんでいた。股間の温かさが太ももに伝わってくる。……。

 サクラが無関心な態度で言った。


「そこの機器は、公安部が搬入はんにゅうした。私はマニュアルを読んでいるから気にせず続けてくれ」

「でも、そんなこと言ったって」

「ねえキョウくん、お言葉に甘えましょう?」


 そう言ってマリンは、ほっぺたを僕のほほにこすりつけた。

 僕は困り顔でサクラを見た。

 サクラはそんな僕たちの隣で、コーヒーを飲みながらマニュアルを読んでいた。

 マリンが言った。


「サクラさんはスパイです。イチャイチャしてても平気ですよぉ?」

「その通り、貴様らが抱き合ってるくらい何ともない」

「えへへ」

「キョウとシンコのバカ話を徹夜で聞かされるより、ずいぶんマシだ」

「ああン!?」


 と、突然、僕はあごをしゃくるような声をあげた。

 するとサクラは無表情で無感情に言った。


「私の任務は、貴様の警護。24時間監視かんししている」

「監視ぃ!?」

「ああ」

「いっ、いつからだっ!?」

「ハンドジョブを倒した直後だ」

「……シンコと徹夜でバカ話をしてるって、僕の部屋くらいだぞ!?」

「ああ、貴様の部屋も当然監視している。私もマリンも行かない場所だからな」

「そんなっ」


 あまりの衝撃のため、僕は言葉をつまらせた。

 するとマリンがイタズラな笑みで言った。


「私は報告資料を読んでませんし、もちろん監視映像も視てません。キョウくんから直接聞きたいからですょ」


 するとサクラが吐き捨てるように言った。


「ふんっ、本当にくだらないことしかしてないぞ」

「ねえ、キョウくん。どんなことをしてるのですか?」

「………………」


 僕は非難の目でサクラを見た。

 するとサクラは、ひどくサディスティックな笑みで、嬉しそうに話しはじめた。


「たいていは、シンコとゲームをやっている。それかエロ画像かエロ動画の収拾だな」

「おいっ」

「週末もゲームとエロの収拾だ。ただし徹夜になることが多い」

「あのなあ……」

「ねえねえ、どんなエロ画像なんですか?」

「うーん」


 僕は無言の抗議をした。

 だけどサクラがすぐ言った。


「アニメや漫画ばかりだ。ちなみに、いかにも童貞ドーテーが好みそうな、女に責められるシチュエーションが多い」

「おい、ちょっと待ってくれよ!」

「えへへ」

「で、キョウとシンコは、そういう画像を集めながら、徹夜でバカな話をしている。どのキャラとどんなエッチをしたいか、5人選ぶなら誰がいいか、本妻は誰にするのか、エッチのローテーションの最適解は等々……」


 サクラは、嗜虐的しぎゃくてきな笑みで僕を見ながら、しゃべり続けた。

 僕はサクラにすべてを知られていることもショックを受けたが、そのことを現在進行形でマリンに聞かれていることには、もっとショックを受けていた。

 もう、頭が真っ白で喪心状態だ。

 マリンはそんな僕を笑顔で見ると、サクラとの話に熱中した。


「ねえ、サクラさん。シンコちゃんは、男キャラのエロ画像なんですか?」

「それが違う。シンコは女キャラのエロ画像が大好きだ。しかもキョウと好みが似ている」

「仲良しなんですね」

「徹夜でバカ話をするほどな」

「なんだかけちゃいます」

「ああ、それもあって私は監視してるのだ。キョウはエキサイターを宿す者……痴女ウィルスの感染者だ。性交渉の相手は、把握しておく必要がある」

「でもウィルスは無害化してますから、キョウくんとキスしても痴女にはなりませんよ?」

「ああ、しかし公安が警戒しているのは痴女化ではない。妊娠出産だ。海自もそうだろう?」

「えへへ」

「というわけで、私はキョウを監視しているわけだが」

「で、どうなんです? シンコちゃんとっ」


 マリンはそう言って、僕にぎゅっと抱きついた。

 僕がハッと我に返ると、サクラは鼻で笑った。

 それからこう言った。


「まったく問題ない。こいつらは徹夜でゲームやった後、そのまま寝ることが多い――のだが」

「ふたりで寝てるんですかっ?」

「ベッドから布団を引きずり下ろして、床に大の字で爆睡だ。たいていはキョウの腕にシンコがヨダレをたらしてる」

「ちょっと、それってドキドキしませんかぁ!?」

「ふふっ。それがまったくそうなる気配がない。キスくらいするかと思って視ていたのだが」

「したのですか!?」

「いや、まったく。キョウもシンコも、お互いのことを犬か猫のように思ってる。キョウがシンコと性交渉におよぶ可能性は、親兄弟とヤるよりも低いだろう」


 サクラは冷然と言い切った。

 マリンがじっと僕を見た。


「その通りだよ」


 わざわざ心理分析ありがとう――と、イヤミでも言ってやろうかと思った。

 それくらい見事な指摘だった。

 実際、シンコでエッチな妄想をするのは、僕にとってはドーナツの穴を見て欲情するよりも難易度が高いのだ。そんなことを思って、いやあな顔をしていると、マリンがチクリと言った。


「でも、イオリさんのときも、そんなこと言ってませんでしたっけ?」


 僕は思わずガムを踏んだような顔をした。

 マリンとサクラは、どっと噴きだした。

 で。

 そんなところに、プシューっと、扉が開く音がした。

 そして上品な婦人がやってきた。

 真っ白な制服を着た、おそらくは40代の、りんとした婦人である。

 僕たちがあわてて姿勢を正すと、婦人は、すっと手をあげてそれを制した。

 僕とサクラに微笑みむけて、それからこう言った。



「楠木さん、桜田門さん、はじめまして。私は、海上自衛隊・電子情報隊・指令の岩国です」

「岩国指令でありますかっ!?」


 サクラは、跳びあがるほど驚いた。

 岩国指令は、そんなサクラを目でたしなめると、笑顔で言った。


「公安部からお話は行ってますか?」

「はっ」

「でしたら、私の指示で動くことに異存はありませんね?」

「もちろんですっ」

「それでは、さっそく任務があるのですが……よろしいか、桜田門クン」

「はいっ」


 岩国指令の突然の口調の変化に、僕たちの背筋は自然と伸びた。

 指令は穏やかな笑みで僕たちを見まわすと、いきなり言った。



「海自の情報が痴女にもれている。今回の任務は、暗殺だ」



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