その2

「暗殺……捕まえるのではなく、殺すのですか」


 サクラがぼそりとつぶやいた。

 岩国指令が即座に応えた。


「内通者の規模が分からない。見つけ次第、始末する」


 僕たちが眉をひそめると、岩国指令はサクラに視線を送った。

 するとサクラは、かしこまって質問をした。



「海自の内部に痴女がいるのですか?」

「間違いない。情報がもれている」

「先日、エキサイターで一掃いっそうしたはずです」

「その通り。しかもその後、新規の採用者はない」

「だったらなぜ?」

「分からない」


 きっぱりと、岩国指令は言った。

 それから彼女は、慎重に言葉を選びながら言った。


「痴女は、エキサイターの存在を知った。なにか対策を講じたのかもしれない」

「エキサイターを無効化する装備のようなものを、ヤツらは発明したのですか?」

「それも分からない。しかし、すべての痴女がエキサイターを無効化できるわけではない。現に海外の痴女は、未だエキサイターに無防備だ」


 そう言って、岩国指令はディスプレイにニュースを映した。

 それを観た僕は、激しい耳鳴りに襲われた。

 そこに映る超大物投資家に、エキサイターが反応したからである。

 岩国指令は僕に気づかうような目を向け、それからこう言った。


「というわけで、キミたちには内通者――エキサイターに反応しない痴女――をなんとか探し出してほしい。指揮官は、警視庁の桜田門クン。キミにお願いする」

「えっ?」


 サクラが珍しくマヌケな声をあげた。

 岩国指令は、それを無視して冷然と言った。


「資料を読ませてもらった。うちの佐世保よりも、キミのほうが指揮官の資質がある」

「はっ、はい」

「みな異存はないな」

「「「はいっ」」」


 僕たちが悲鳴のような返事をすると、岩国指令は満ち足りた笑みをした。

 サクラがおそるおそる聞いた。


「しかし、どうやって捜すのでありますか?」

「罠をはる」


 岩国指令は不敵な笑みでそう言った。

 そして作戦を語るのだった。




 ※


「海上自衛隊は現在、痴女を見つけ出す超広域レーダーと、それを積んだ対痴たいち哨戒艇しょうかいてい『CJ-1・デバガメー』の開発を急ピッチで進めている。その試験運用をコシノクニで極秘に行う――という情報を流した」

「内通者をおびきだすわけですか」

「海自の人間が市内に入ると、コシノクニ・グランドホテルに宿泊するように誘導する。そういう手はずになっている。ホテルで内通者を捜しだしてくれ」

「はいっ」

「質問はあるか?」


「内通者を特定するヒントは、なにかありますか?」

「海自基地の近辺で起こった性犯罪事件のファイルがある。内通者の犯行とは限らないが、ハンドジョブのケースを考えて念のため渡しておく」

「騎乗位連続殺人事件……ですか」

「男性にまたがり殺人を犯す。犯人は女性で、殺す前に男性と性交渉に及んでいる。しかし、避妊具コンドームを厳重に装着しているため、DNAの採取が不可能だ。犯行後に持ち去っているせいで、犯人を特定できずにいる」

避妊具ひにんぐを厳重に装着……でありますか」

「犯人が痴女だった場合、被害者は痴女化しない」

「快楽目的の殺人……たしかにハンドジョブのケースとよく似てます」

「しかも性交渉の執拗しつようさが常軌じょうきいっしている。被害者はしぼり取られ、ミイラのようになって死ぬのだ」

「人間の仕業とは、とても思えません」

「我々は、この犯人を『荒馬の痴女・ジョイライド』と呼んでいる」


 岩国指令は、表情をピクリとも動かさずに言った。

 僕たちは、ゴクリとツバをのみこんだ。

 岩国指令は言った。


「なにか質問はあるか? なければ後は桜田門クンにまかせるが」

「はい」


 マリンが、すっと手をあげた。

 岩国指令がうなずくと、マリンは無表情で無感情に言った。


「エキサイターに反応しない痴女が内部にいるんですよね?」

「それはすでに言った」

「岩国指令が痴女だった場合は?」

「貴様らの判断で射殺していい」

「私の独断でも構いませんか?」

「絶対の自信があり、桜田門クンが躊躇ちゅうちょした場合に限り、許可する。ただしそれ以外のことは、すべて桜田門クンの指示に従うこと」

「分かりました」

「私は痴女ではないか?」


 岩国指令がそう聞くと、マリンはぞっとするような冷たい声で、「今のところ」と言った。岩国指令もマリンも笑顔だが、場の空気が凍りついた。

 僕は沈黙にたえかねた。

 岩国指令に雑談めいた質問を投げかけた。


「しかしすごいですね、その新兵器。そんな兵器が完成すれば痴女も一網打尽ですよね?」


 岩国指令は空気を読んで、にこやかにこう言った。


「完成すればね」

「え?」

「痴女を見つけ出す超広域レーダー……そんな兵器は存在しない。開発してもいない」

「は?」

「そんな兵器が作れれば、そもそもエキサイターなど開発していない」

「ということは」

「すべてフェイク」

「えぇっ!? 全部、痴女をおびきだすためのウソだと言うのですか!?」

「レーダーの当該装置には、最新型のゲーム機が放りこんである」


 岩国指令は、ぬけぬけと、しかも茶目っ気たっぷりに言った。

 僕たちは、うーむとうなったまま、深くソファーに沈みこんでしまった。

 あきれていいのか、感心していいのか分からない。

 さすがスパイ組織のトップ――という言葉しかわいてこない。

 岩国指令は、そんな僕たちに微笑むと、作戦会議を終わらせた。



「というわけで、エージェント・桜田門。後はお願いしますよ」

「はっ」

「それと楠木さん。あなたは日本にとって、大切な人なんですからね。お身体には十分に気をつけて、決して無理をなさらずご自愛ください。もし、なにか不自由することがあったら、遠慮なく佐世保に言ってくださいね。もちろん、すぐに対応させていただきます」

「はい」


 岩国指令は、サクラのときとはまるで別人のように優しく微笑んだ。

 僕は彼女の親切な言葉とその心配りに恐縮した。

 ただ、それと同時に寂しくも思った。

 そう。岩国指令にとって、僕は部下ではなくお客さんなのだった。


「それでは諸君の健闘を祈ります」


 岩国指令はそう言って、地下施設を後にした。

 その去り際に、彼女はマリンに声をかけた。


い笑顔をするようになったね」


 まるで母親のようなやさしげな声と笑顔だった。

 マリンは、ぱっと花が咲いたような笑みをした。

 だけど岩国指令は目を細めて、ただうなずいただけで、すぐに感情を押し殺した。

 そしてそのまま立ち去った。

 マリンは、そんな岩国指令の背中をしばらく見つめていた。――




 ※


 その後、サクラは独りマニュアルを読みふけっていた。

 マリンは、なんだか話しかけづらい雰囲気だった。

 だから僕はひとりで帰った。

 修理部をのぞいてみたら、シンコもみんなもいなかった。

 それほど遅い時間じゃないけれど、相変わらずやる気のない悪友なのだった。


「まあ、一生懸命やりたいことでもないだろうし」


 僕はそんなことを思いながら家に帰ったのである。

 家について、ぼんやりテレビを観ていると、地下施設で聞いたことをなんだか思い出してきた。サクラが僕を監視している――ということをである。


「あいつ……」


 僕は突然立ち上がった。

 そしてリビングを調べはじめた。

 テレビの裏や天井の隅、照明のそば……盗聴器や監視カメラがありそうなところを片っ端から調べていった。だけどひとつも見つからない。

 刑事ドラマのようには上手くいかなかったのである。


「ちくしょう……」


 とは言ったものの、サクラは公安のエージェント。プロのスパイだ。

 よく考えてみれば、僕みたいな素人に見つかるわけがないのである。


「だけどさあ」


 寝室まで監視されてはかなわない。

 僕は階段を駆け上がると、いきおいよく部屋の扉を開けた。

 じろりと部屋のなかを見まわした。

 まあ、見つかるわけがない。


「しかし、あきらめないぞ」


 僕は不敵な笑みでそう言った。

 家中からシーツをかきあつめた。

 そして僕はシーツで部屋の壁をおおい、ゲーム機やパソコンなどにもシーツをかぶせた。どこにあるか分からないから、ありそうな場所をすべてシーツでおおったのである。


「まあ、音くらいは聴かせてやるよ」


 僕は精一杯の笑みで偉そうに言った。

 そして数分にも十数分にも感じられる静けさが過ぎると。

 僕はなんだかむなしくなってしまった。

 苦笑いをした。すると汗がほほを伝った。


「風呂につかって、リフレッシュでもするか」


 僕は管理サイトにチェックを入れると、ひとり露天風呂に向かうのだった。――



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