その6

「コーアン!?」

「ヤツらは、警視庁公安部の監察官エージェント、いわゆるスパイですょ」

「なんで? というか、キミはいったい?」

「私は海上自衛隊の諜報員エージェント

「キミもスパイっ!? どっ、どうして僕を!?」

「………………」

「ははっ。なんでこんな僕を? 高校を退学処分になって、新しい高校でもやりたいことが見つからずに、ただダラダラと過ごすだけのっ、せっかくカワイイ女の子と出会えたのに初デートで気の利いたことも言えず、逆に女の子に気をつかわれている、というかキミはスパイだから僕とのデートも……ああ、なんか悲しいことになってきたよ。って、とにかくなんで、こんなダメダメな僕をキミやコーアンとかいう人たちが?」


 などと、泣き言をまくしたててたら、


 ドゴンッ!


 と、ツッコミをキメるように、車がすぐそばの壁に突き刺さった。

 その衝撃から守るように、マリンさんは僕を抱きしめ、車に背を向けた。

 おそるおそる顔をあげると、公安とかいう連中が駆けてきた。

 僕はマリンさんを見た。

 マリンさんは公安のヤツらに向かって、すっと手を伸ばしていた。

 手を向けた先では、ヤツらが音もなく倒れている。

 そしてその後ろからは、黒髪の美少女がゆっくりとこっちに向かっていた。


「逃げますよ」


 マリンさんは、突然駅に向かってダッシュした。

 僕は、あわてて追いかけた。

 だけどすぐに転んでしまった。

 今、マリンさんは遠く離れたところで立ち止まり、僕の後ろからは黒髪の美少女が迫っている。


「もらったぞ」


 黒髪の美少女は突然ダッシュした。

 僕は四つんばいにうので精一杯。

 そこに、ビュッ――っと、マリンさんが万年筆を投げた。

 だけど黒髪の美少女は走りながらのサマーソルトキックで、それを弾いた。

 そのまま、ぐいぐいと僕に近づいてくる。

 僕は地面をひっかくように見苦しくい逃げる。


「こっちに飛んで!」


 マリンさんは叫んで、腕時計を操作した。

 僕は言われるままに跳びこんだ。

 すると路肩に駐車してあった車が、マリンさんの腕時計に反応。発進してビルに突っこんだ。

 僕のすぐ後ろだった。


「対象を確保、これから撤退します。ヘリを向かわせて」


 マリンさんは、腕時計に口をあててそう言った。

 僕は、ちょっとついていけないんだけど、といった距離感のある笑みをした。

 すると彼女は、無言で僕を立ち上がらせた。

 僕の手を引いてビルに入ると、急いで屋上に向かった。




 ※


 屋上にあがると、マリンさんは言った。


「小早川イオリとは親しかったんですか? 彼女は公安の監察官エージェントですよ」

「あいつがスパイ?」

「彼女と連絡とってたんですか?」

「全然とってない……けど、この前、久しぶりに会った」

「どこで? なにかもらったんですか?」

「露天風呂だった。いきなり抱きついてきて、ちくりと首に、たぶん何かを刺された」

「刺されたんですかぁ!?」

「と、思うけどよく分からない。すぐに気絶したから」

「ねえ、キョウくん。これから銃を突きつけるけど恐がらないでくださいね」


 マリンさんは突然そんなことを言って、僕に銃を向けた。

 僕は反射的に両手をあげた。

 それと同時に、ドアを蹴破る音がした。


「公安だ!」


 黒髪の美少女だった。

 彼女はマリンさんに銃を向けた。

 それからこう言った。


「彼を渡せ」

「海自が先に見つけました」

「赤髪のマリン、いい加減にしろ」

「いやです。警視庁公安部の監察官エージェント、桜田門サクラさん」


 きっぱりとマリンさんは拒否した。

 黒髪の美少女……桜田門サクラは、噛みつくようにまた言った。


「渡せ!」

「ダメです!」


 マリンさんはそれを鋭く拒絶した。

 銃を桜田門サクラに向けた。

 桜田門サクラは構わずこう言った。


「小早川イオリは公安、我々の管轄かんかつだ」

「小早川と彼は関係ありませんっ」

「はたしてそうかな?」

「それに彼女は海自の機密を盗みました」


 ふたりは激しく言い争った。

 僕はその剣幕に圧倒されて、じりじりと後ずさりした。

 背中がフェンスにあたった。

 振り向くと、ホテルが視界に入った。

 そして例の、あの不気味な耳鳴りに僕は突如襲われた。


『同士たちよ、ココに集え。政府高官を襲って痴女にするのよ』


 ホテルの壁面には、ハッキリとそう描かれていた。

 今までとは違って、あまりにも鮮明だった。

 これはもう、気のせいとか精神の病とかそういったものではない。

 僕は、マリンさんと桜田門サクラに告げた。



「今日、あのホテルでテロがある! 政府高官が襲われる!!」



 ふたりは同時に僕を見た。

 ただし、お互いに銃を向けたままである。

 僕は言った。


「アメリカ合衆国エネルギー長官が、あのホテルにいる。20時にパーティーがある。そこで政府高官が襲われる――よく分からないけど、昨日と今日の幻覚・幻聴を総合するとそういうことになる」

「………………」

「………………」

「痴女にするのだ、とも」


 僕がぼそりとつけ加えると、ふたりの顔色がさっと変わった。

 桜田門サクラが銃を僕に向けた。

 そして言った。


「貴様、小早川の共犯だなっ!」

「えぇっ!?」


 僕はあわてて両手をあげた。

 するとマリンさんは、桜田門サクラに銃をつきつけこう言った。


「待って! 彼は何も知りません!!」

「……その根拠は?」


「昨日、彼は小早川に会いました。そのとき、特A級の国家機密『エキサイター』を注射されました。ただし、小早川はいっさい説明をせずに去っています。エキサイターが発動したときの彼を視たでしょう? あの動揺がなによりの証拠です」

「待て。小早川は、こいつにエキサイターを注射したのか!?」


 桜田門サクラは、がく然として僕を見た。

 マリンさんは言った。


「彼の視たもの聴いたものは、エキサイターの作用によるもの。ちなみにエキサイターはすべて奪われ、研究開発施設も爆破されました。もう生産できません」

「小早川は日本政府の切り札を、こいつで使いきったというのか?」

「ええ」


 マリンさんは、まつ毛を伏せた。

 桜田門サクラの整った顔を、怒りと呆れ、絶望と嘲笑、好意と悪意、なにがなんだか分からない感情が交錯した。

 ノドのつまった声で彼女は叫んだ。


「つまり! こいつは痴女ウィルスに感染しているのか!?」

「ええ」


 マリンさんは、ちょっと笑った。


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