その3

 放課後になった。

 僕とシンコ、それに悪友たちは購買部に向かった。

 購買部は、校門のすぐ近くにある。

 コシノクニ高専は、大らかな学校で地元の人々に敷地を開放している。

 だから買い物帰りの親子連れが歩いていたりするし、購買部を利用したりもする。

 僕たちは、そんな購買部にお店を構えていた。

 パソコンとゲーム機・携帯端末の修理のお店。

 それが僕たちの部活なのだった。


「しかしシンコ。修理屋とはよく考えたよな」

「でしょ? なんか忙しそうだし、人の役に立ちそうだし、理系だし、創部の申請は絶対通ると思ったんだ」

「でも実際はヒマだと」

「うん。まあ初めの頃は物珍しさもあって、よく人が来たんだけどね。ただ、ボクたちはこんなだから」


 シンコはそう言って、悪友たちに視線を移した。

 悪友たちは、ここがお店だということをスッカリ忘れてゲームに熱中していた。


「すぐに寂れちゃったんだよね」

「でもまあ、ラクをしたいから創部したわけだろ? 生徒は必ず部活に入らなきゃいけないから」

「うん、その通りだよ。それに学校から活動費も出るしね」


 シンコはそう言ってカウンターに立った。

 そこで携帯ゲーム機で遊びはじめた。

 僕はその隣に立って、とりあえずノートパソコンを修理しはじめた。

 特に急ぐわけではないけれど、いつか誰かやらなければいけない作業だし、それに仕事をまったくしないというのは、実は仕事をするよりも疲れるのである。少なくとも僕はそういう性分だ。


「ねえ、キョウ。そのパソコン直りそう?」

「うーん、不要なアプリを削除して、あとは少し書き換えればOKだよ」

「結構集中してるね」

「キリのいいところまで一気にやらないと二度手間になっちゃうからな」


 僕は画面を見ながらそう言った。

 シンコはゲームを中断して、ぼんやり店の様子を眺めていた。


「ねえねえ、キョウってさ、好きなキャラ変わった?」

「ん? 嫁キャラのこと?」

「そう、オカズキャラ」

「んー、我妻由乃がさいゆの涼宮すずみやハルヒとアスカ・ラングレーだけど」

「変わらないね」

「初恋だからな。シンコは変わった?」

「ううん。ハルヒとアスカには今でも毎晩お世話になってるよ」

「毎晩っておまえ女だろ」

「なんだよ男女差別かよ」

「いやっ、差別もなにも」

「まあまあ、それはさておきともかくとしてさ」

「うん?」

「キョウとは嫁の趣味は似ているけれど、でも、我妻由乃だけはほんと理解できないよ」

「おまえ分かってないなあ」


 などとディスプレイをにらみながらオタク談義に花を咲かせていると、シンコがハッと息を呑みこんだ。そして急に黙った。


「ん?」


 僕は眉をひそめた。

 しかし、まずは我妻由乃についての抗議をしっかり行った。

 修復作業をしながらではあるが、彼女がいかに魅力的であるか熱弁をふるったのである。


「いいか、シンコ。あんなに可愛い子があんなに愛してくれるんだぞ。しかもエッチ方面もわりとOKで、健気で献身的で、僕のことしか見ていない。僕のことで頭がいっぱいなんだぞ」

「いや、キョウじゃなくて、主人公のことで頭がいっぱいなんだよう」

「なにを野暮なことを言っているんだ。僕のことが好きなんだよ」

「でも病んでるじゃん。わりとガチで」

「そこがいんじゃないか」


 と、僕が言ったら、シンコは無言で僕のわき腹をかるく小突いた。

 僕はムッとした。

 ディスプレイを見ながら、ヤンデレの好さを熱く語りはじめたのである。

 すると――。



「お邪魔ですかぁ?」


 と、アニメのように愛らしい、とろけるような声がした。

 ハッとして顔をあげると、笑顔の美少女が目の前にいた。

 バチッとした大きな瞳に優しげな眉。

 赤い髪のセミロング。派手な顔。

 そして、ぷるんと出るところは出ているけど、キュッとしまるところはしまったエロボディ。

 まるで童貞ぼくの思い描いた理想の嫁が、そのまんま降臨したかのようだった。


「スマホは、こちらで直してもらえますかぁ?」

「えっ? ああ、はい、だだだっ、大丈夫ですっ」

「うふふ」

「あっ、ああっ、すみません」

「落ち着いてくださいよぅ」

「はいっ」

「えへへ、じっくり見てくださいね」


 美少女はそう言って、カウンターにスマホを置いた。

 僕は、思いっきり緊張してそれを受け取った。

 さっそく故障箇所を確かめた。

 バッテリーの不具合だったので、僕はそれを新しいものに交換した。

 美少女はそんな僕を嬉しそうに眺めていた。

 常に笑顔を絶やさなかった。


「これで大丈夫だと思います」

「ありがとうございますぅ。なにかあったらまた来ますね?」

「えっ、ええ」

「少し充電していってもいいですかぁ?」

「もっ、もちろん」


 僕は興奮して声を裏返してしまった。

 シンコは、うっとりとして美少女を眺めていた。

 ほかのみんなも口をぽっかり開けたまま見とれていた。

 美少女は、にっこり笑って僕を見つめていた。

 僕の心臓はバクバクして頭のなかは真っ白だ。

 と。

 そんなところに、クラスメイトがやってきた。

 クラス委員の彼女は、僕たちをじとっとした目で見て、それから嫌な感じでこう言った。


「楠木キョウ。あなた、何をサボっているのかしら?」

「えっ、いやっ」

「学年主任の宮地みやじ先生がお呼びになってるわよ」

「あっ、ほんと?」

「早く行きなさいっ」


 クラスメイトはそう言うと、僕の返事を待たずに早足で去った。

 僕は美少女にスマホの充電ケーブルを渡して、とりあえず職員室に向かった。

 美少女は、そんな僕を笑顔で見送ってくれた。――




 職員室に入ると、学年主任が大らかに手をあげた。

 僕が行くと、先生は高圧的な態度でこう言った。


「楠木。もう学校には慣れたか?」

「えっ、はい」

「少しはヤル気だせ」

「はい?」

「おまえの成績が学年トップなのは知っている。だが勉強していないのも知っている。前にいた学校で既に学んでいるのだろう?」

「えっ、まあ」

「なあ楠木。ムダに青春を浪費するんじゃない。おまえなら在学中になにかを成し遂げられる。コシノクニ高専にはそれを支援する制度がある」

「はあ」

「楠木。やりたいことが見つからないのなら、おまえ来年、生徒会長をやれ」

「えぇっ!?」

「その前に、まずはリーダーシップを証明して見せろ」

「んんん?」

「あの修理屋のアホどもを見事まとめ上げるんだ」


 先生はそう言って、僕の胸をコブシで押した。

 それからニヤリと笑って、あまり乗り気じゃない僕を迷惑なことにはげました。

 僕はあいまいな笑みで頭をかいて職員室を出た。


 購買部に戻ると、美少女はいなくなっていた。

 僕は落胆のため息をついた。

 すると、シンコがスケベな笑みでこう言った。


「彼によろしくだってさ」


 シンコの手には美少女の名刺があった。

 名刺には『佐世保マリン』と書いてあった。




 ※


 購買部で1時間ほど過ごした後、僕たちは帰路についた。

 その道すがら、シンコが言った。


「ねえねえ、さっきの子になんで電話しないんだい?」

「いやっ」

「番号書いてあったよう」

「まあ」

「チョー可愛かったよう」

「ああ、あんな可愛い子は初めて見た」

「しかも、おっぱいぶるんぶるんだし、ハルヒに似ているし」

「いや、由乃だよ」

「いやいや、やっぱりアスカかな」

「あはは、全然バラバラじゃないか」

「まあ、ようするに2次元ヒロインっぽい可愛らしさ。しかもエース級だってボクは言いたかったんだよう」


 などと、ケロロ軍曹によく似たシンコが言うのである。


「まあ、髪も赤かったしな」

「で、なんで電話しないんだよう? デートに誘えよう」

「うーん」


 それはまあ、もっともだと思うのだけど。

 あの子はまさに理想のタイプ、エース級の美少女だけれども。

 でも、だからこそ、声がかけにくいのだった。


「なあ、キョウ?」

「僕なんか相手にするわけがないよ」


 自嘲気味に笑って、僕はそう言った。


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