その4

 家に着いた。

 シンコも一緒だ。姉さんは、まだ帰っていなかった。

 僕は鍵をカバンから取り出すとドア開けた。


「ゲームやろうぜ」


 と言って鍵をしまう。

 ドアを閉めて、中に戻る。

 すると家の中には――全身黒ずくめの、覆面で顔を隠した泥棒がいた。


「あっ」


 僕とシンコは、あっけにとられ、ぼんやりとそれを見守っていたが、突然ぺたんと座りこんで、それからうように後ずさりした。

 が。

 その泥棒は、僕のパソコンを持っていた。

 あのパソコンには、門外不出の嫁キャラ画像がたんまり入っている。


「どっ、泥棒!」


 僕は今更そんな見たままのことを言った。

 立ち上がり、泥棒の前に立ちはだかった。

 すると泥棒は、僕のパソコンをシンコに向かって放り投げた。

 それから僕に殴りかかってきた。


 パンチパンチパンチハイキック

 アンド、↑+Kサマーソルトキック


 まるで3D格闘ゲームのような美しい攻撃。

 泥棒のそれが次々と僕にヒットした。


「ぐはあっ」


 僕はぶっ倒れた。

 首をねじむけると、すぐ近くでシンコが尻もちをついて口をパクパクさせていた。

 そしてシンコの横には、ブッ壊れた僕のパソコンがあった。


「あーッ!?」

「ごめんっ」

「おまえ避けるなよ、そこは受け取れよ!」

「いや、だって危ないじゃん」

「ていうか、中身見えてるし。ハードディスクが割れてその中身まで見えてるし」

「ごめんよう」

「もう! 明らかにデータ修復できないよ」


 僕はおもわず声を荒げた。

 シンコは頭をかいて謝った。

 そんなことをしていると、


「ちっ」


 泥棒は舌打ちをした。

 壊れたパソコンに一瞥いちべつをくれると走り去った。

 僕とシンコは、その背中を口をぽっかり開けてただ見送るだけだった。

 ポニーテールにした黒髪が妙に記憶に残った。――




 ※


「もう、家がメチャクチャだよ」

「殴られたとこ大丈夫?」

「うん、僕は大丈夫だけど」

「パソコンごめんね」

「僕こそ八つ当たりしてごめん」


 僕たちは困り顔で同時に笑った。

 シンコはドアを見ながら言った。


「今夜また来るかもしれないよ?」

「ああ、そうか」

「お姉さんが帰ってくるまで居ようか?」

「うん、大丈夫だよ。って、こんなことなくてもいつも居るだろ」

「えへへ」

「今日は危ないから帰りなよ。僕はホームセンターで新しい鍵を買ってくる」


 僕とシンコは家を出た。

 そして僕はひとりでホームセンターに向かうのだった。




 ホームセンターは、駅から少し離れたところにある。

 お店は、閑散としていてまるで倉庫のようだった。

 僕は、鍵を探しきれずに店員のオバサンに声をかけた。


「あのすみません」

「なんでしょう」


 オバサンは振り向いて、ニッコリ笑った。

 すると突然、キーンと、激しい耳鳴りに襲われた。

 痛みをこらえて顔をあげると、なんと、オバサンが若返っていた。

 しかもつやっぽい、くねくねとした物腰になっている。


「えっ……」


 僕はツバを大きくのみこんだ。

 目をこすった。何度もこすった。

 だけどオバサンは若いまま、スケベなままだった。

 男なら何人なんぴとも股間を押さえ前屈みにならざるを得ない、そんなエロ・フェロモンを発散させていた。

 僕ががく然としていると、オバサンは、べちゃっとしたオンナの笑みでこう言った。


『まあ、こんなカワイイ子がいるなんて。明日の20時が楽しみね』

「………………」

『日本を征服したら、よりどりみどりだわ』

「はあっ!?」


 僕は変な声をあげた。

 すると、バチンと耳もとで音が鳴った。

 それから火花が散ったようなコゲた臭いがした。

 ハッと、僕は我に返った。

 するとオバサンは、もとの姿に戻っていた。


「えぇっ!?」


 僕がまた変な声をあげると、オバサンは首をかしげた。

 そして親切に鍵の場所を教えてくれた。

 それからのオバサンには、なんら不審な点はみられなかった。

 それどころか僕のほうこそ挙動不審きょどうふしん気味である。


「………………」


 僕がさっき見たものは、なんだったのだろう。

 僕は首をひねりながらも鍵を選んだ。

 オバサンにお礼を言ってレジに並んだ。

 オバサンは僕の背中に、


「ありがとうございます」


 と、愛嬌よく言った。

 僕は振りかえり、そして、かるく頭をさげようとした。

 するとオバサンは、さっと表情を変えた。

 僕が振り返るまでの間、彼女は、にたあっと笑っていたように――見えた。




 ※


 翌日。

 僕は、ずっと陰鬱いんうつな気分だった。


 僕は頭がおかしくなったのだろうか。

 病院に行って検査をしたほうがいいのだろうか。

 しかし、あんな幻聴が聞こえたり幻覚が見えるなんて、信じてもらえるのだろうか。

 というより、精神の病気と診断されて施設に閉じ込められるのではないか。


 僕はそんなことを考えながら授業を受けていた。

 すっかり落ち込んでしまった。

 そして、なかば喪心状態で1日を過ごすと、僕は購買部に行った。

 シンコは、そんな僕を気づかってそっとしておいてくれた。

 悪友たちも、なんとなく察して気付かないフリをしてくれた。

 彼らは、僕が落ち込んだときの対処法をよく分かっていた。

 僕から話しかけるのを、辛抱強く待ってくれたのである。

 で。

 そんなさりげなくも優しい雰囲気のなか。

 若干、空気の読めない感じに佐世保マリンはやってきた。


「また来ちゃいましたぁ」


 佐世保マリンは、キラキラの笑顔でそう言った。

 それからセミロングの赤い髪を、ふぁさっとかきあげた。


 やっぱりカワイイ――と、僕は心中に舌をまいた。

 陰鬱いんうつな気分など、どこかに吹き飛んでしまった。

 僕は自然と背筋が伸びるのを感じた。

 佐世保マリンは、笑顔で言った。


「名刺って、ちゃんと渡してもらえましたぁ?」

「えっ、うんっ、受け取りましたっ」

「電話待ってたんですけどぉ?」


 佐世保マリンは、可愛らしくすねてそう言った。

 あごが外れるくらいの萌えだった。

 僕の頭のなかは真っ白になってしまった。

 言葉を発することはもちろん、息をすることすらできなかった。

 佐世保マリンは、そんな僕にクスリと笑うと、今度はイタズラな笑みでささやいた。


「ねえねえ、電話をずっと待っていたから、私、寝不足ですょ?」

「はあ、すんません」

「埋め合わせをして欲しいです」

「えっ?」

「引っ越してきたばかりなんですよぉ。この辺を案内してくれませんかぁ?」

「それって?」

「デートしようって言ってるんですぅ」

「えっ、あっ、あの?」

「私はっ、楠木キョウくんとっ、デートをしたいんですっ」


 佐世保マリンはキッパリそう言った。

 言ったあとで、ハッとして大きく目を見開いた。

 僕はゴクリとツバをのみこんだ。

 佐世保マリンは急に、ほっぺたを赤く染めた。

 彼女は、あわてて顔をそむけた。

 いかにも恥じらっているような、おびえているような仕草である。


「あっ、あのっ」

「……今晩、デートしてくれませんかぁ?」


 佐世保マリンは、上目づかいでおそるおそる言った。

 僕は何度も何度もうなずいた。

 うわずった声で返事した。

 佐世保マリンは、パッと花が咲いたような笑みをした。


「じゃあ、18時に駅で待ってますょ」


 そして彼女は、バチッとウインクをキメると出ていった。

 僕はくちびるをふるわせただけで、しばらく声もなかった。

 もちろん、シンコも修理部のみんなも口をぽかんと開けたままである。


「あのっ、というわけで、今日は早めに帰るけど」

「あっ、うん」

「シンコも帰る?」

「うっ、うん」

「それじゃ、みんなまた明日」

「「「おっ、おう」」」


 僕は、心ここにあらずといった感じで学校を出た。

 それからの時間は夢幻の中にただよっているようなものだった。

 途中、黒髪の美少女が部下を引き連れ学校に入っていくのが見えたけど、遠くだったしデートのことで頭がいっぱいだったから、特に気にもしなかった。


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