第2章 あの子はヤンデレ!?

第2章 あの子はヤンデレ!?

 午前中の授業は、みんなそわそわしていた。

 というのも、転校生がふたりも来て、ふたりとも美少女だったからである。

 しかも、そのうちのひとりが、いきなり僕の彼女だと宣言した。

 その宣言に、クラスは騒然となった。

 というか、僕も驚いた。

 僕はマリンさんと付き合っていない。

 それどころか告白もしていないし、されてすらいない。

 昨晩、デートを1回しただけである。

 そのデートも彼女にとってはおそらく任務……仕事の一環だ。


 マリンさんは、海上自衛隊の諜報員エージェント

 デートに誘ったのは、僕から情報を聞き出すためである。

 で。

 今は、僕を護衛するのに都合が良いから『彼女だ』と言ったのだと思う。

 僕に何の相談もなく。

 というより、たぶん、僕の隣に座っている警視庁公安部の監察官エージェント……桜田門サクラを見て、アドリブで決めたのだと思う。


 ちなみに。

 桜田門サクラも、やはり僕に何の相談もなく、突然転校してきた。

 彼女は、質問をすれば必要最小限の言葉ではあるけれど答えてくれた。

 だけど、あの痴女のことやエキサイターとかいう注射については一切しゃべらかなった。


「機密事項だ」


 と、低い声で鋭く言って、それで終わりである。

 あまりにもそっけなく、しかもムスッとした顔で言うので、僕は段々と腹がたってきた。そのうちイタズラをしたくなった。

 僕は3時間目の休み時間に、いくつか質問をした。

 そのどさくさに紛れてこう問うた。


「じゃあパンツの色は?」

「グレーだ」


 桜田門サクラは即座に答えた。

 いや、まさか引っかかるとは思いもしなかった。

 ボクは大きく目を見開いた。

 すると、桜田門サクラのほっぺたが、みるみる赤くなった。

 しかし彼女はすぐに無表情になり、するどく言った。


「いやっ、白と水色の横縞よこじまだ」


 僕は、口をぽっかり開けたままだった。

 桜田門サクラは不敵な笑みで、こうつけ加えた。


「さて、どっちだったかな」


 それから彼女は、勝ち誇って髪をかきあげた。

 僕には、彼女が何に勝ったのかよく分からなかった。――




 ※


 昼休みになった。

 シンコや悪友たちが僕の席にやってきた。

 シンコは、いきなり言った。


「すごいよ、キョウ! あの子と付き合うことになったんだね!!」

「いや、まあ、うん」

「昨日デートしたばかりだろう。ビックリしたよ」

「ああ、僕もビックリだよ」


 僕は困り顔でそう言った。

 すると隣の席の桜田門サクラが、ふふっと笑った。

 シンコや悪友たちがいっせいに見た。

 桜田門サクラは、すぐに無表情となった。

 それから、なにか言いたいことでもあるのですか、といった態度でこっちを見た。

 シンコがおそるおそる話しかけた。


「桜田門サクラさん、だよね? 学校の雰囲気には慣れた?」

「お陰さまで」

「キミは、ずいぶんキョウと話していたね。ボクたちとも打ち解けてくれると嬉しいな」


 シンコは、もじもじしながらそう言った。

 すると桜田門サクラは、マリンさんを牽制するようにイヤミったらしくこう言った。


「大谷シンコさん、貴女はたしか楠木キョウくんの幼馴染みだったね。ああ、大丈夫。自分は、突然現れて幼馴染みを奪ったりはしない。泥棒ネコのようなことはしないです」


 シンコは真っ青な顔で言葉をつまらせた。

 僕はマリンさんをちらりと見た。

 マリンさんはクラスの女子に囲まれていた。

 一緒にお弁当を広げて、愛嬌よく笑っていた。

 僕がほっと胸をなでおろすと、桜田門サクラはさらに言った。


「とにかく自分は、誰かさんとは違って、節度と礼節はもっていますので」

「いやっ、ボクはそんな意味で言ったわけじゃあ」

「それと先ほどの話ですが」

「えっ? うん」

「もちろん、自分も貴女と仲良くなりたいです」


 桜田門サクラは、シンコをまっすぐに見てそう言った。

 シンコの顔に喜びがあふれた。

 悪友たちもガッツポーズをした。

 みんなは大げさに、はしゃいだ。

 肩を抱き合い、なかには感動の涙を流す者さえいた。

 だけど桜田門サクラが微笑むのは、シンコに対してだけで、悪友たちには視線を合わそうともしなかった。彼らが話しかけようとしても、桜田門サクラはさりげなくそれをかわして、シンコとだけ話をした。さりげないからみんな気付かなかったけど、僕はそのことが妙に気になった。

 で。

 すっかり打ち解けたシンコが言った。


「ねえねえ、桜田門さん。もしかして佐世保さんとはお知り合い?」

「いえ、そういうわけではないが」

「そっか。しかし同じ日に転校生が、ふたり。しかも、ふたりとも美少女なんてすごい偶然だねえ」

「たしかに佐世保さんは、さすが楠木キョウくんの彼女だけあって、美人ではあるけれど」

「えへへ。ずいぶんトゲのある言いかただねえ」

「気のせいだ」

「ふうん? でも、桜田門さんだって負けないくらいの美人だよお」

「あっ、ありがとう」

「佐世保さんは可愛い系で、桜田門さんは美人系。ネコとキツネって感じ」

「自分は……キツネ顔ですか」

「よく言われるでしょ?」


 シンコは、するりとふところにもぐりこむように言葉を置いた。

 桜田門サクラは、くすぐったそうな笑みをした。それからうなずいた。

 彼女は、シンコの人懐っこさに心を開いたようだった。

 シンコは、さらに馴れ馴れしいことを言った。


「桜田門さんってさ、綺麗な黒髪と切れ長の瞳で、天草四郎みたいだよね」

「天草四郎って魔界転生の? あの映画の沢田健二に、自分が似てる?」


 桜田門サクラは真面目な顔で、マニアックなことをさらりと言った。

 僕は思わずツッコミをキメた。


「いやいや、魔界転生の天草四郎は、窪塚洋介でしょ」


 すると桜田門サクラは、鼻で笑ってこう言った。


「沢田健二の天草四郎は、1981年の角川春樹事務所・東映版。窪塚洋介は2003年の東映版だ。どちらが優れた映画か――などと下品な話をするつもりはまったくないが、しかし、知らないというのはどうかと思う」

「……原作小説は読んでるよ」

「当然だろう」

「柳生十兵衛の人を食ったような作戦がいちいち面白い」

「同感だ。どのシーンが好きだ?」

「……いきなりラスボスに会いに行くところかな」

「紀州大納言に宣戦布告するシーンか。あれは興奮したな」


 桜田門サクラは、満ち足りたため息をついた。

 それから僕を笑顔で見て、何度も何度もうなずいた。

 どうやら僕に一目置いたようだった。

 僕はひたすら調子を合わせて愛嬌よく笑っていた。


 実は、魔界転生の原作小説なんか一度も読んだことがない。

 小早川イオリが中学の時に言っていたことの受け売りである。

 イオリは、伝奇小説にハマっていた時期があり、あの当時、しきりにその魅力について語っていた。僕とシンコは、それをゲームをしながら聞き流していたのだが、しかし、魔界転生のことだけは妙におぼえていた。作中人物がゲームによく登場するからだ。


「しかし意外な趣味を持ってるな。ゲームとアニメばかりではなかったのか」

「桜田門さんだって意外だよ」


 僕はしみじみとそう言った。

 桜田門サクラは、プライベートな面をまったく出さないから、趣味があること自体が意外だった。桜田門サクラの印象は、政府の命令に忠実なロボット……それ以外の何者でもなかったのだ。

 と。

 そんな感じで妙な具合に、僕と桜田門サクラが意気投合していると、シンコが可愛らしくスネてこう言った。


「ボクは、ソシャゲの天草四郎(女体化)のことを言いたかったんだけどなあ」




 ※


 放課後になった。

 桜田門サクラは、すっといなくなった。

 僕とシンコ、悪友たちは購買部の修理屋に向かった。

 いつものようにそこでバカ話をしながら、ダラダラと過ごしたのである。

 しばらくすると、マリンさんがやってきた。

 彼女は、とびっきりの笑顔でこう言った。


「ねえ、キョウくん。今晩デートしませんかあ?」

「えっ、うん、喜んで」

「やったあ。20時に迎えに行きますね」


 マリンさんはそう言って、僕の手をぎゅっと握った。

 とろけるような声とやわらかくも温かい彼女の感触だった。

 僕はゴクリとツバをのみこんだ。

 するとマリンさんは、念を押すようにぎゅっと手を握り、そして言った。


「それじゃあ、また後でね」


 僕たちは、あんぐりと口を開けたまま彼女の背中を見送った。

 マリンさんは、お尻もぷるんぷるんしていて、相変わらず童貞ボクタチからすべてしぼり取るために生まれてきたような、そんな夢のエロボディだった。――



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