その7

 公務員宿舎の痴女の部屋に入った。

 僕とイオリは、部屋のなかを見まわした。

『痴女にしか見えない文字』は、見当たらない。

 サクラたちは、部屋を入念に調べはじめた。

 だけど僕には専門的な知識もスキルもない。なんとなくヒマを持て余してしまったので、僕はパソコンを起動した。


「メールなんかは、当然調べてるよな」


 僕はそんなことをつぶやきながら、メールやSNS、ブラウザのお気に入りから頻繁ひんぱんに利用している掲示板サービスをつきとめ、それらをチェックした。

 だけど不審ふしんなものは、なにもなかった。

 というより、僕ら高校生とやってることは同じだった。

 友達とドラマの話で盛り上がり、メールで写真や30秒くらいの動画、音楽ファイルなどを送りあっていた。


「音楽ファイル?」


 僕は、そのことに違和感をおぼえた。

 音楽ファイルを送りあう意味が分からない。

 ドラマの主題歌なら、ネットから数百円で買うことができる。それを立派な社会人――しかも警視庁の上級管理職だ――が、わざわざメールで送りあうとは思えない。

 それに「このシーンだよ」と、話題になったシーンの写真や動画を送るならまだ分かるが、音楽ではそういった話にはならないだろう。現に添付されたメールには、音楽とはまったく関係のないことが書いてある。


「なんだこれ」


 僕は、パソコンのヘッドフォンを手にとった。

 音楽ファイルを再生して、ヘッドフォンに耳を近づけた。

 すると、というか。

 やはり、というか。

 僕はキーンと、激しい耳鳴りに襲われた。


「痴女の声が録音されている」


 そうつぶやくと、みんながいっせいに僕を見た。

 僕はとりあえずの報告をした後、音楽ファイルをすべて聴いた。

 その後、説明をした。


「音楽ファイルに、痴女にしか聞こえない声が重ねて録音されている。内容は、主にエキサイターについて。メールの送り主が、このパソコンの持ち主――イオリの上司――に命令をしている」

「つまり、イオリにエキサイターを盗ませたのは、このメールの送り主ってことか」


 サクラはそう言って、パソコンを操作した。

 鑑識からの書類と照らし合わせて、メールの送り主を特定した。

 サクラは言った。



「イオリの上司に命令を下していた者……ここでは仮に『黒幕』と呼ぶが、そいつの正体が判明した。黒幕は、陸上自衛隊の幹部、今はコシノクニ駐屯地で副長をやっている」

「陸上自衛隊!?」

「イオリの上司とは、幹部学校時代の友人だ。まあ、痴女としては格上のようだが」

「そんな人がなぜ痴女に?」

「コシノクニ駐屯地には、米軍キャンプがある」

「そうか、アメリカはすでに痴女が支配してるから」

「ああ、駐屯地ではいくらでも痴女になる機会があるな」

「うーん。それじゃ、その人が連続コキ魔なの? そもそもイオリの上司が、連続コキ魔なんだっけ?」

コキ魔ではないっ。『音速の痴女・ハンドジョブ』と呼べ」

「あはは。で、そいつがハンドジョブなの?」

「分からん。が、イオリを影で操っていたのは確かだ。とにかく公安の上層部に報告をするっ」


 サクラはそう言って、スマホを取り出した。

 するとその後頭部を、スパンっと、まるでコントのようにイオリが引っぱたいた。

 イオリは、サクラに激しいツッコミを入れた。


「おまえは、アホか!」

「なんだとっ!?」

「痴女は、陸自のそいつ以外にもいるかもしれないし、公安のなかで増えてるかもしれないんだよ」

「しかしっ」

「イオリの上司は、この宿舎に泊まっていたんだよ? なんで警視庁の上級管理職がわざわざコシノクニに来てると思う?」

「それはっ」

「イオリ捜索チームに協力するためだよ」

「たしかにその通りだな」

「痴女たちは、イオリの上司に自殺をさせる前に、きっと公安の内部に代わりを用意してる。報告したら筒抜けだよお」


 イオリはそう言って、偉そうに鼻をこすった。

 もとはと言えば、イオリが痴女にダマされたからこんなことになっているのだが、しかもイオリは保護をお願いしている立場にあるのだけれど、これじゃ威張いばっているのか恐縮してるのか分からない。


「じゃあ、どうすればいい」


 サクラは口をとがらせた。

 みんなの視線がイオリに集まった。

 イオリは首をかしげ、それから不敵な笑みで僕を見た。

 彼女は言った。


「敵は、警視庁や陸自の上級職にまで食いこんでいる。ということは、公安のやりかたや海自のやりかたを熟知してる。イオリたちの行動は、読まれると思うんだよね」

「うん」

「だからキョウちゃんの意見が聞きたいかな?」


 そう言ってイオリはニッコリ笑った。

 サクラは目を見開いて、ぽんと手を叩いた。

 マリンはやさしく微笑み、それからうなずいた。

 僕はうなずくと、慎重に状況を整理した。

 そして考えを述べた。



「まずは、僕たちだけで陸自の痴女を捕まえる。そいつに『公安に潜伏している仲間が誰なのか』を、しゃべらせる。そして連行するときに上層部に事情を説明、イオリの保護を求める……どうかな?」

「「「それがいい」」」


 3人の美少女は、本当に嬉しそうに両手を胸の前で合わせた。




 ※


 公務員宿舎の駐車場で、イオリは言った。


「車を一台盗もうよ。できれば基地の入場証が入ってる車がいい」

「だったらこれですね」


 マリンが黒塗りのいかついセダンを指さした。

 すると、イオリがドアをいきなりこじ開けた。

 マリンがすかさず助手席に滑りこむ。

 それからダッシュボードを開いて、彼女は入場証を取り出した。

 そして入場証を運転席のハンドルの前……ダッシュボードの上に乗せると、マリンはこう言った。


「これは陸自OBの入場パスです。ダッシュボードに乗せてるだけで、ゲートを通過できますよ」

「陸自OBの入場パスって……誰が運転するの? 僕たちみんな若すぎてOBに見えない、というより、サクラ以外に運転できる人はいるの?」

「みんな運転できますよ」


 マリンが笑顔でそう言うと、イオリがひどく無責任な感じでこう言った。


「この車は、サクラが運転すればいいんじゃない? サクラは真面目っぽいから車を盗んだようには見えないし、きっとOBの孫かなんかだと思われるよ」

「ええ、それがいいですね。サクラさん、偽造した身分証明書はなにか持ってます?」

「ああ、今は運転免許証とパスポートを持っている」

「米軍に免許証は通用しませんから、もし身分証の提示を求められたらパスポートを見せてください」

「分かった」


 サクラはそう言って、運転席に座った。

 それからマリンにキーホルダーを渡すと、彼女は言った。


「さっき乗ってきた車の運転を頼む。2台で行こう」

「駐屯地の前で、いったん集まります?」

「ゲートの少し手前に、たしかコンビニがあった」

「ええ、たしかコンビニとレンタルDVDと本屋さんが一緒になった、あの駐車場の大きなところですね?」

「ああ。そこにとりあえずの作戦拠点を設置しよう。楠木キョウ、貴様はそこに残り、車で待機するのだ」

「またァ!?」


 僕はアホみたいな顔で、アホみたいな声をあげた。

 するとサクラは無感情に言った。


「車にはレーダーや無線があるから、私たちをサポートしてくれ」

「またお留守番かよ」

「当然だ。そもそも貴様はスパイとしての訓練を受けていないし、エキサイターは国の最重要機密だ。危険にさらすわけにはいかん」

「またそんな正論を」


 僕は苦笑いでそう言った。

 するとマリンがサクラに聞いた。


「キョウくんだけを残すわけにはいかないと思うんですけど。あとひとりは誰が残ります? 私でいいですか?」

「ああ、それしかないだろう」

「なんでえ?」


 と、イオリが不満げな声をあげた。

 するとサクラは、めんどくさそうに答えた。


「まずキョウは待機、イオリは侵入。この配置は固定だ。貴様のエキサイターは、痴女の索敵さくてきに役立つからな」

「ふうん?」

「貴様は、マリンと侵入したいのか?」

「キョウちゃんと一緒にいたい」

「ダメだ」

「まあまあ、ここは公安のふたりで侵入してきてくださいよぉ」


 マリンはそう言って、イオリを無理やり助手席に座らせた。

 イオリがなにか言おうとすると、マリンは、ぷいっと背を向け、サクラの車に向かった。イオリがぷっくらとほっぺたをふくらませると、マリンは振り向いて、ちょこんと舌を出した。

 僕は、あわててマリンを追いかけた。

 そして僕たちは、車2台でコンビニに向かうのだった。――




 ※


 コンビニに到着した。

 車を止めると、サクラとイオリが僕たちの車にやってきた。

 サクラは、マリンに車の装備を説明した。

 すべてを言い終えると、サクラとイオリは戻っていった。

 そのまま駐屯地のゲートを通過し、副長室に侵入するためである。

 もちろん、夜だから副長はいない。

 しかし、サクラは「今夜のうちに痴女である決定的な証拠をつかみたい」と言った。

 イオリも「副長室に潜伏して、朝来たところを捕らえたい」と言った。

 そのことに僕もマリンも賛成した。

 というわけで、僕とマリンは駐車場で彼女たちを支援することになった。

 マリンは、サクラとイオリの後ろ姿を見ながらこう言った。


「ねえねえ、キョウくん。見てくださいよお」

「うん?」

「サクラさんとイオリさん、手をつないでますよ」

「あっ、ほんとだ」

「あのふたり、かなり仲良しさんですよ」

「そうなの?」

「サクラさん、イオリさんに対してメチャクチャそっけなかったじゃないですかあ」

「うん、ほぼ無視してたよね」

「仕事中だからです。プライベートのときには、かなりイチャイチャしてると思いますよ?」

「イチャイチャっていっても、女同士でしょ?」

「えへへ」


 マリンは思わせぶりな笑みをすると、後部座席に移った。

 僕も誘われるまま後ろに移動した。

 マリンが助手席裏の隠しスイッチを押した。

 するとディスプレイや様々なコントロールパネルが現れた。



「ふたりとも優秀ですから、きっと朝までヒマですよ」


 マリンはそう言って、ぴとっと僕にもたれかかった。

 僕は、ふいにマリンがイオリと話していたことを思い出した。

 それで、つい、心にもないことを言ってしまった。


「誰も見てないところでは、恋人のフリをする必要はないんじゃない?」


 するとマリンは、おっぱいで僕の腕をきつくはさみこんだ。

 それから甘えた上目遣うわめづかいで僕を見上げると、彼女はこう言った。


「キョウくんって、思ってた以上にイオリさんと仲が良かったです」

「そう?」

「それにサクラさんとも、なんだかウマがあうみたい」

「そうかな」

「クラスでもそういう評判です。休み時間、よくサクラさんとしゃべっていますよね?」

「だって隣の席だから」

「でもね、キョウくん」

「はい?」

「私、ヤキモチを妬いています。だからあんなイジワルなことを言ってしまったんだと思うんです」

「………………」

「許してくれますか?」

「うっ、うん。もちろん」


 許すもなにも、そもそも僕はマリンみたいなチョー可愛い子と、こうして話をしているだけで、しあわせなのだ。

 たとえ付き合ってるフリでも、夢みたいな話なのである。


「じゃあ、キョウくん。仲直りのエッチします?」

「えぇっ!?」

「といっても、車のなかで最後までするのは、さすがに止めたほうがいいとは思いますけれど」

「うっ、うん」

「あのっ。スパイの私がこんなことを言うのも、なんだか笑っちゃいますけど……『初体験は、公安の車のなかで』っていうのは、ちょっと悲しいです」

「そんなことないよ」


 僕は言った後で、「はたしてこの言葉はフォローになっているのだろうか」と、すこし考えた。

 マリンは、クスリと笑ってこう言った。


「キョウくんって小学生の頃、『音速の痴女・ハンドジョブ』に遭遇したことありますか?」

「僕が連続コキ魔に?」

「ええ」

「あはは、ないない」

「じゃあ、手でコキコキされたことありますかぁ?」

「ないよ」


 というか、なんて話をしてるんだ。

 そう思って眉をあげると、マリンはスケベな笑みでさらに言った。


「私もやったことないんですけど、ふたりで挑戦してみます?」


 僕は思わずツバをのみこんだ。

 体の一部分に血が充満していくのを感じた。

 そんな僕をマリンは笑顔で見て、くちびるで僕の耳にかるくふれた。

 そして息を吹きかけるように彼女はささやいた。


「ねえ、それともあのお店でエッチなDVDを借りますか? ふたりでDVDを選んで、一緒に観ますぅ?」

「………………」

「キョウくんは、どっちをしたいですか?」



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