第1章 僕は国家機密!?

 甲信越地方の北西に位置する、コシノクニ市。

 戸建住宅の2階、楠木くすのきキョウ(僕)の部屋にて。

 僕は窓から脱出しようとしていた――。



「スカルワンよりヴァーミリオン・リーダー。準備はできてるか?」


 窓の外からそんな声がした。

 僕は窓に足をかけてこう言った。


「こちらヴァーミリオン・リーダー。ただちに向かいます」

「了解。外の安全は確保した」


 声の主はそう言って、ぴょこんと顔を出した。

 このちっちゃい青髪のボブは大谷シンコ。

 小学1年からの親友だから、かれこれ11年の付き合いになる。


「行こう」


 シンコがそう言って手を差しだした。

 僕は窓枠をまたいだ。

 と、そのときだった。


「待ちなさい」


 部屋の入口で、姉さんが叫んだ。

 首をねじむけふりむくと、姉さんはため息をついた。

 僕とシンコは、ぎこちない笑みをした。

 部屋に戻ると、姉さんは怒りをおさえてこう言った。


「自分のバースデー・パーティーから逃げるの?」

「居場所がないんだよ」

「はあん?」

「パーティーといっても姉さんの後輩ばかりだし、全員医大付属高校だし、なんだか場違いな気がするんだよ」


 僕はため息混じりでそう言った。

 すると姉さんは、たしなめるような目で僕を見て、それからやさしくこう言った。


「あなたのために女の子を呼んだのよ。みんなゲームやアニメよりも魅力的よ」

「あっ、うぅ」


 僕は言葉をつまらせた。

 シンコと目と目をあわせ、それから苦笑いでうなずいた。

 僕たちは観念した。

 そしてパーティー会場に向かおうとしたのだが、しかし姉さんはそれをさえぎった。


「シンコは来ないで」

「ぐぬっ」

「私が今日のセッティングにどれほど必死だったか、あなたも知ってるでしょ。突然現れて邪魔をしないで」

「ぐぬぬっ」


 シンコは可愛らしく、ほっぺたをふくらませた。

 そののち、ちょこんと舌を出して、


「オーケー、じゃあ待ってるよ」


 と言った。それから僕のベッドに飛びこんだ。

 いつものようにゲームに熱中しはじめたのである。――




 ※


 リビングは、パーティー会場になっていた。

 姉さんは満面の笑みでこう言った。


「どの子もあなたにピッタリよ」


 それから姉さんは僕の肩をがっちり抱いて、女の子たちのところに連れて行った。

 そして胸を張ってこう言った。


「ねえ、みんなぁ。紹介するわね、私の弟、キョウよ」

「あっ、どうも。こんばんは」

「「「あら、すてき」」」


 僕は、たちまち女の子に囲まれた。

 姉さんの後輩は、たしかにゲームやアニメとはまるで違った。

 シンコとも違った。もちろん僕とも違う。

 彼女たちは華やかだった。

 人生を心から楽しんでいた。



「ねえ、キョウ君。17歳の誕生日ってことは、高校2年生?」

「え、うん。コシノクニ高専の2年だよ」

「コシノクニ高専……。でも、たしかその前は違う高校に通っていたんでしょう?」

極限灘きょくげんなだ高校だよ」

「ああ、あの、偏差値72のナンバーワン進学校」

「退学処分だけどね」

「あっ、ごめん」

「うん……」

「……ねえねえ。極限灘といえば、優秀で飛び級した子がいたでしょ。名前はええっと」

「小早川イオリ。幼馴染みだよ」

「彼女は今なにを?」

「さあ、官僚でも目指しているんじゃないかな?」


 女の子は、気まずい雰囲気をなんとかしようとして話題を変えたのだけれども。

 小早川イオリに関しては、とても話をする気にはなれなかった。

 僕はそのうち黙ってしまった。


「……じゃあ、わたし飲み物を取ってくるね?」

「えっ、うん」

「キミも今日ぐらいはお酒を飲んでもいいんじゃない?」


 女の子はそんなことを言ってキッチンに向かった。

 そしてそのまま戻ってこなかった。

 その後も、別の女の子たちが来たけれど、やはり会話は弾まなかった。

 僕は自分のパーティーだというのに、結局最後まで馴染めずにいた。

 姉さんがお開きの乾杯をしたとき、僕は心の底から安堵した。――




 ※


 女の子たちは帰った。

 姉さんと僕は後片付けをした。

 姉さんはグラスを運びながら、僕をはげますように言った。


「女の子には、ほかの女の子の話をしてはダメよ」

「えっ? でもっ」

「あなた、イオリやシンコのことを話してたでしょう?」

「僕だって話したくなかったよ。でもしつこく聞かれたから」

「女の子は過去のことを知りたがるけど、でも聞きたいわけではないの。女の子のことを聞いてあげなさい」

「うっ、うん」

「あの子たち、写真を見せたときは喜んでたのよ」

「僕の?」

「あなた見た目はOKなんだから、あとはもうすこし頑張って」


 姉さんはそんな無責任なことを言った。

 僕はあいまいな笑みをするしかなかった。

 頭をかきながら逃げるように階段を上った。

 部屋ではシンコが待っていた。



「おかえりー」

「ああ、ただいま。って僕の部屋だから」

「そんな他人行儀なこと言うなよお。窓から部屋に出入りして何年になると思っているんだよ」

「まあね」

「なあ、キョウ。中身はもちろん読んでないけどさあ」

「うん?」

「小早川イオリからメールが来ているよ」

「え? ああ、ほんとだ」


 僕はパソコンのディスプレイを覗きこんだ。

 するとシンコは、ため息混じりにこう言った。


「あいつ、誕生日をおぼえていたんだな。おまえを退学に追いこみ、将来を奪った女」

「……うん」

「どんなことが書いてあるんだい? というか読まずに捨てるのかい?」

「うーん。今は読む気になれないや」


 僕はメールソフトを閉じて、思いっきりため息をついた。

 それからシンコの背中を押しながら言った。


「悪いけど、今日は帰ってくんないかな。風呂に入りたい」

「あっ、うん。じゃあ、また明日ね」


 シンコは、おとなしく帰った。

 長い付き合いだから顔を見ただけで、いや、顔を見ずとも雰囲気だけで僕の気持ちを察してくれたのだと思う。……。




 ※


 うちの近所には、共同の露天風呂がある。

 だけど、うちに隣接していて、しかも僕の部屋の窓が見えるから――実際には湯気で僕の部屋からは見えないのだが――ほとんど誰も使っていなかった。

 使うときにいちいち管理サイトにチェックを入れるのがわずらわしい、というのもある。

 で。

 いつの間にかこの露天風呂は、僕専用といっていいものになっていた。

 ちなみに。

 ここには姉さんもシンコも来ないから、僕が唯一ひとりになれる場所である。


「ふう」


 僕は風呂につかると、思いっきり手足を伸ばした。

 タオルを頭に乗せ、遠くの日本海を眺めた。

 くつろいだ。

 すると唐突に――。



「キョウちゃん」


 ぼろぼろの小早川イオリが木々をかきわけ現れた。

 彼女はボロ切れのようになった衣服をひきちぎりながら、風呂に足を踏み入れた。

 すらりとして女の子にしては背が高い、だけど胸もある、そんな小早川イオリが半裸で僕のところにやってきた。

 腕に包帯を巻いている。

 手には白い箱を持っている。

 そして、ほっぺたを赤く染めている。


「キョウちゃあん……はっ、あぁん……」


 小早川イオリは、僕をじっと見たまま、ぽおっとした顔で寄ってきた。

 ぼう然としてそれを見ていると、彼女はふらりとよろめいた。

 僕はあわてて立ち上がった。

 すると小早川イオリは、全身全霊を浴びせるようにして、僕の胸に飛びこんできた。

 それから彼女は自身のくちびるを、なんと、僕のくちびるに押しつけた。


「ぷはっ!?」


 あまりの衝撃に言葉もない。

 小早川イオリは、そんな僕を笑顔で見て、再びくちびるを僕のくちびるに重ねあわせた。それから僕を風呂の縁石まで押して、そこに押し倒した。そのとき、チクリと首筋になにか注射針のような刺激があった――気がした。


 そして僕は、そのまま意識を失ってしまうのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る