第17話 藤原、オークに染まる(物理)
二年になると選択授業が出現します。
ハードウェアかソフトウェアか。
CADかC言語とデータベースかという感じです。
私はCADには興味ない……というより家で復習できない科目が嫌だったのでプログラム系を選びました。
はい。
ここまでは健全な選択肢です。
ですがここからが異常ゾーンです。
普通科に通ってらっしゃる皆様はわからないと思います……
なんと英語と社会の選択制です。
何を言ってるかわからないと思います。
お前そりゃマズイだろ!
まさにその通り。
マズイのです。
私はようやく理解しました。
入学前の学習予定など見る予定はありませんでした。
なんと、この学校は普通の高校の1年時の科目を3年間かけて終わらせるのです。
……人生オワタ。まじでオワタ。
とりあえず英語を選択しましたが、当然のようにそのレベルは著しく低く、どこまでも惨めなものです。
なので自分で勉強しなければなりません。
たぶん無理です。
後に大学時代にエロ動画を漁るために飛躍的に英語力が上がるとは、私はまだ知りませんでした。
次に楽しい授業です。
美術や音楽、(……あとはなにか忘れました)が選択できるようになりました。
美術は普通科の教師による「クズ死ねよ」連呼の素晴らしい授業です。
芸術で心を豊かにして、同時に徹底的になじる。
まるでアメリカ西部開拓時代の奴隷のような扱いです。(大げさ)
ファッキン。
藤原は美術を選択しました。
音楽の才能が壊滅的にないからです。
音楽は鍵盤ハーモニカで脱落しましたとも。
ほとんどの生徒は音楽を選びました。
なぜなら授業内容に『ギター』と書かれていたからです。
ほぼ全員がロックスターになった自分を思い浮かべたことでしょう。
そんな楽しい授業がこの学校にあるかボケ。
まず音楽の教諭は美術の教諭の2倍性格が悪いです。
電気科を人間扱いしません。
その次にギターですが、楽しい初心者のギターではありません。
ただクラシックギターの単調な練習を延々と繰り返す精神修行です。
ひたすら苦痛なだけです。
ザマァッ!
私は担任から事前に情報を得ていたのです。
もちろんわざと誰にも教えませんでした。
私は久しぶりに心の底から喜びました。
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!
と、思いっきり性格の悪い私ですがそんなことをやってる暇はなかったのです。
◇
私は常に安全に気を配ってます。
例えば中庭に続く通路の横に突き刺さってる大きな園芸ショベル。
もしものために私が設置したものです。
殴るために置きましたとも。
ホームセンターで買ってきました。
え? 剣? 槍? ナイフ?
ダメでしょそんなの使っちゃ。
冷静に考えたらオークを攻撃して少年院に行くのは嫌なので、学校側がうっかり置き忘れているという形作りが重要なのです。
それなら事故ですまされます。
たとえ事件だろうが事故になるのです。
学校という閉じた社会ならそれが可能なのです。
くわっぺっ!!!
Sさんとのプロレス談義やらゴブリン狩りに飽きた私は勉強してました。
良い大学に進学しようなどという神をも恐れぬ野望は抱いておりません。
便所臭い教室でオークさんたちと同じ空気を吸うよりは、まだなんぼかマシだったのです。
ただ多少の危険性がありました。
図書館へ行く途中、体育館を通るのですがそこはDQNのホットスポット。
DQNがリンチを行う危険地帯でもあり、Y岸のハッテン場でもあったのです。
普段なら恐れる必要はありません。
私は「なんだかよくわからないけど面倒なやつ」だと思われていました。
オタクである事も進学組であることも公言してましたので。
さらには私に喧嘩を売ったオークさんは自爆により悲惨な末路を送ったのです。
ですが先日の言論テロのおかげで「目立つバカ」認定をされました。
私は再びアホどものターゲットにされていたのです。
ファッキン。
私はノルマが終わり教室に帰ります。
今日の授業は自主勉強のはるか後ろのところです。
それでも半分以上はついて行ってません。
大丈夫か?
ハッキリ言って私は彼らを見下していました。
今は私も所詮は彼らの仲間でしかないと自分を客観的に見ることができます。 ですが当時の私は、父親は宗教にドハマリ中、学校では暴力の嵐、彼らに唯一勝っている学問も普通科に引き離されるばかりです。
この制服を着ているだけで悪いことをしているような気がし、中学時代の友人にすら恥ずかしくて会いたくないほど自己評価が低下してました。
精神の均衡を保つためにも彼らをバカにし続けるしかなかったのです。
実に醜く浅ましい生き方です。
底辺を知ったものが心が豊かになるというのは完全な嘘です。
ただ荒むのみです。ヒャッハー!
そんな私は体育館前に来ました。
おし、今日もアホはいない……と思ったその時でした。
遠くにオークが立ってました。
私の心臓がばくんと撥ねました。
殺される。
いえいえ、もっと最悪の事態です。
そのオークさんはY岸だったのです。
そう男子トイレでM藤くんにしゃぶらせたり突っ込んだりしてたあのY岸です。
男でも女でもかまわない。
性欲の権化が薄汚い笑い顔で立っていたのです。
私の肛門がきゅっと力強く閉じました。
いえいえいえいえいえいえいえ、向こうにも好みというものが存在するはずです。
私の外見がその手の人に受けるはずががががががが……
いいいいいいいいいや、もしかすると急に文字が読めるようになって図書室に来ただけかもしれません。
私は山で熊に遭遇した人のように目をそらさず静かに後ずさりしました。
ヤバイよヤバイよヤバイよヤバイよヤバイよヤバイよヤバイよ!
「悪いな藤原。お前をシメろって命令されてるんだわ」
お、犯される!!!
私は思いました。
だってY岸のズボンが膨らんでるんですもん。
なんで起立してるの?
ら、らめ! らめえええええええええッ!!!
「ひぎゃああああああああああああああああッ!!!」
私は悲鳴をあげました。
嫌だ。それだけは嫌だ。
それだけは嫌だああああああああああああああッ!!!
私はショベルの所に走りました。
そしてショベルを抜きました。
「おまッ! なにを!」
「うぎゃああああああああああああああああああッ!!!」
突撃です。
Y岸が背中を見せました。
逃げようとしたのです。
でもさせません。
私はY岸の背をショベルでホーム★ラン!
どっがーん!
「ぎゃんッ!」
完全にキレた私はさらにY岸のケツを蹴飛ばします。
さすがのY岸も簡単に倒れました。
「ちょッやめ! やめ!」
「うぎゃああああああああああああああああああッ!!!」
Y岸は知らなかったのです。
私が学校も家でも追い詰められてたことを。
爆発寸前だったことを。
私は精一杯かき集めた理性で足を狙います。
足に振り下ろしたのです。
何度も。
何度も。
冷静になった私は自分のやったことの重大さに震えていました。
賢者タイムは吐きそうなほどの胸の痛みとともにやって来たのです。
Y岸は泣いていました。
子どものようにわんわん泣いていました。
ハッキリ言って大学時代のように自意識過剰な時代ならこの話を武勇伝として書いたでしょう。
『ザマァッ!』と。
ですがここでは真実を語ります。
私はこの惨状にビビりました。
エラいことしてしまったと思いました。
手は震えガチガチと上下の歯がぶつかって音を出してました。
刑事に問い詰められたら正当防衛と言い張る自信がないレベルの暴挙に出てしまった!
どうしよう!!!
私は悩みました。
そして私は……
逃げました。
泣きながら。
荷物を放って学校から逃亡。
そのまま電車に乗り家に帰りました。
そして……
ふて寝しました。
かっこ悪い。
もうね。
どうしようもなかったのです。
私は悪いことをした自覚があり、逃げ場も何もなく。
かと言ってY岸をバラバラにして海に捨てるだけの知恵も無く……って死んでないわ!
とにかく隠蔽できないところまで来てしまったのです。
私にできることなどないのです。
こうして私は少年院に……
行かなかったんです……これが。不思議なことに。
私は死にそうな顔をして学校に行きました。
職員室に呼び出されると警察が待ち受けていてそこで逮捕されるはずなのです。
……マンガで見ました。
私は青い顔でガチガチと歯を鳴らしてました。
腹の鈍痛はいつもより痛く、貧血もまた酷いものでした。
そして死刑判決が下る瞬間がやって来ました。
担任がやって来たのです。
担任はホームルームをはじめました。
「あー……Y岸だが、昨日階段から落ちて怪我をした。しばらく来れない」
はい?
今、言葉を処理できなかった!
もう一度。
「階段から落ちて骨折した。まあそういうことだ」
それだけ?
「あと藤原、お前昨日サボったな。職員室に来い」
「は、はあ……」
私は担任の後ろについていきます。
警察が待ち構えているのでしょうか?
「勉強できるからって授業サボっちゃダメだぞー」
本当にそれだけ?
私の目が泳ぎました。
本当にそれだけでした。
私は形ばかりの警告を受けて解放されました。
なぜY岸が口をつぐんだのか?
それはプライドやクラスのヒエラルキーなど複雑な問題が絡み合っています。
つまり、私に殴られたと言えなかったのです。
私に負けたという事実は命とりです。
明日から赤羽くんのような扱いを受けてしまいます。
それがY岸は嫌だったのです。
こうして私の犯罪は永遠に隠蔽されました。
私は当時は幸運だったと思ってました。
でも最近思うのです。
私はこの事件で何か大事なものを永遠に失ったのではないかと。
良心とか善なる心とか常識とかの失って初めて価値に気づくものを失ったのではないだろうかと思うのです。
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