第28話 大暴動 1

 一泊二日の社会科見学が終わりました。

 また私たちは日常に戻りました。

 暴力と暴力と暴力溢れる日常です。

 二年の冬ともなると情報技術科も誰一人勉強しなくなりました。

 当たり前です。

 だって就職活動にこれからの頑張りは必要ないからです。

 というか……電気科、情報技術科ともにクラスの7割は取り返しのつかない成績でした。

 私も電気科目に関して愛を持ってなかったので、電気に関しては10段階表で6程度をフラフラしてました。

 基礎科目はオール10をキープしてましたがなんの自慢にもなりません。

 周りが全部低レベルな状況で無双する。いわゆる『俺TUEEE!』はリアルでやっても全く面白くありません。

 褒めてくれる女性もいないのでモチベーションが維持できません。

 ひたすら虚しいだけです。

 死にたくなりますよね?

 それが普通の反応だと思います。


 そんな状況なので私は安全に生活できるはずでした。

 さすがのオークさんたちも就職が迫れば大人しくなるはずです。

 だって警察を召喚して大騒ぎすれば内定を取り消させることも可能です。

 お互いが喉に刃物を突きつけてる状態なのです。


 ですが……


「オラァッ! テメエ殺すぞ!!!」


 ラーメンが電気科の鈴木くん(仮名)の顔面を蹴りました。

 鈴木くん(仮名)は俳優みたいな顔をした男の子です。

 でもそれだけしか取り柄のないオークさんです。


「オラァッ!」


 鈴木くん(仮名)がボディブローをしました。

 ラーメンがよろけます。

 鈴木くん(仮名)はボクシングをやっていると自称してます。

 そのくせ素人のラーメンの蹴りを食らってます。

 やたら動きが遅いような気がします。

 コンビネーションも甘いです。

 ガードも下げてます。

 いつも吸っているタバコのせいか息も切れてます。

 おそらく口だけなのでしょう。

 口で言うほどボクシングが強ければこんな学校に来ません。

 強豪校にでも行ってるはずです。

 この学校は運動も勉強もできず人間性も最低の人間が来るところなのです。

 そこには例外はありません。

 もちろん藤原もゴミの仲間なのです。


「オラアアアアアアアッ!」


 ラーメンが鈴木くん(仮名)を殴りました。

 手を頭より後ろまで引いたテレホンパンチですが、なぜか鈴木くん(仮名)は避けられません。

 パンチが顔面に直撃しました。

 字面は激しい戦いのように見えますが、恐ろしく低レベルな戦いが繰り広げられます。

 鈴木くん(笑)が倒れました。


「おしゃあああああああああッ!」


 ラーメンが雄叫びを上げました。

 なぜこんなみっともない天下一武闘会が繰り広げられているのか?

 それはサイコパスK田の計略だったのです。

 K田は暇してました。

 就職活動の話が出た途端、みんな真面目になってしまったのです。

 クレヨンみたいな髪の色は真っ黒に。

 鼻に装着してたピアスまで外しました。

 要するにこの連中、「俺の魂だから」なんて言ってたDQN装備をあっさり外してしまったのです。

 DQNの『覚悟』とか『魂』のなんとも軽い事よ。

 そこで退屈してたのがK田です。

 K田は退屈に耐えられません。

 常に暴力と破壊がなければ生きていけないのです。

 案外男女ともに多いんですよ。こういう人。

 こういう人を優先的に叩きつぶせばいいのですが、DQNも似たようなメンタリティの持ち主です。

 頭も悪いので簡単に操られます。

 K田は思いました。


「全員争わせてみてえ」と。


 まずは鈴木くん(笑)VSラーメンです。

 結果はラーメンの勝利です。

 次の犠牲者は誰でしょうか?

 K平が私の方に来ました。


「オイコラクズ」


 K平は呪文の詠唱中のようです。


「話しかけないでください。バカがうつります」


「テメエコラ! 殺すぞ!」


「だからやってみろよ。お前が就職しようと進学しようと、ありとあらゆる手で人生を潰してやるからさ」


 これはただの脅し文句です。

 このくらいは言ってもいいわけです。

 だってこのアホども「家に火をつけてやる」とか言うのです。

 世の中には言ったら一発アウトの台詞があるんですよ。


「ああ? やれんのか?」


 ああ面倒くさい。

 できるかできないかなんて意味はありません。

 VRMMO『人生』ではたとえ低レベルのプレイヤーでもオークさんと差し違えることはできるのです。

 そもそもがそういうバランスなのです。

 100%の勝利もリスクのない暴力もありません。

 そういう意味ではいじめっ子って相当リスキーな人生を歩んでますよね。

 私はこういう学校にいると思うのです。

 よく、「相手と同じレベルに落ちるから仕返ししない」とかありますよね。

 それこそがやりたい放題を許しているのではないかと。

 まあ本気で怒ることではありません。


「バカにしやがって! テメエのその目が気にくわねえんだよ!」


「何度も言いますが貴方は私にバカにされるようなことしかしてません。私の中で貴方の評価が回復不能なほど低くくなるのは当たり前です。もしかして貴方は私に尊敬されたいとでも思ってるんですか?」


「ああ? 殺すぞ」


「だからこの場でやってみろと言っているんです」


 K平が私の胸倉をつかみました。

 そしてグーで殴りました。

 ぽか。

 ハッキリ言います。

 たいして痛くありません。

 そりゃそうです。

 スーパーセーフ(空手の防具)を一撃で割ったり、日本拳法面の金属部分をぐにゃりと曲げるパンチではありません。

 肘をへし折られながら投げられたわけでも、バット折りできる人のローキックでもありません。

 肋骨を折る威力も、関節の筋肉を痛める威力もないのです。

 そう人体を破壊できる威力はないのです。

 怖いと思うから怖い。

 そのレベルなのです。

 どうも冷静に思い返すと、本当に相手が死ぬような攻撃を仕掛けてくるのはSさんくらいだったような気がするのです。

 でも私も殴られて大人しくする道理はありません。

 ムカついたので私はK平の髪をつかみました。


「いでででででで」


 そのまま、思いっきり放り投げます。

 びたーん。

 ですが「とうとうやりやがった!」という歓声は聞こえませんでした。

 それもそのはず。

 私がキレてるうちにこのクラスでは恐ろしいことが起こっていたのです。

 それは殴り合いでした。

 全員が殴り合いをしていたのです。

 もちろんSさんやO倉くんなどはいち早く逃げ出してました。

 つまりここにいるのはオークさんです。

 私も含めて。


 冷静になって考えられる今ならわかります。

 K田は数ヶ月にわたりこのクラスに悪意をばらまいていました。

 悪意ある噂をばらまいたのです。

 それは単純です。

 誰かが誰かに悪意を持っていて殴りに来る。

 それを全員に言ったのです。

 それも何度もです。


 スティーブンキングのニードフル・シングスと同じです。

 ニードフル・シングスでは欲しいものを提供する代わりに住民にイタズラをすることを要求します。

 最後は住民同士の殺し合いです。

 それと同じようにK田は悪意をばらまいて全員が全員を憎むように仕向けたのです。

 普通なら理性があるので引っかからない手です。

 ですが私も含めてオークさんは全員バカだったのです。

 全員がK田の手の平で戦わされていたのです。

 ……ガッデム。


 気づいたときにはもう遅かったのです。

 教室は大暴動に発展してました。

 W辺が楽しそうに次から次へとクラスメイトを血祭りにあげていきます。

 Y岸がボコボコにされてます。

 それは地獄でした。

 あざと鼻血と涙の地獄でした。


「だ、だめだこりゃ……」


 冷静になった私は逃げようとしました。

 ……でも私は常に運が悪いのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る