第5話 A地くんは止まらない 1

 みんなのサンドバッグとして大人気のA地くんですが、このところ様子がおかしくなりました。

 チートレベルの打たれ強さを持つ彼もとうとう壊れたようです。

 私がターゲットだったら30分持ちません。

 逮捕の危険性も考えずに卑怯な手で全員ぶっ殺す方法を死ぬ気で考えたと思います。

 今はまだリスクが高いからしませんが、いざとなったら少年法が守ってくれるはずです。

 確か少年法は「いざとなったら殺人までやっていいよ」という法律だったはずなのです。

 そういう意味では荒ぶる私と比べて無抵抗のA地くんは慈愛の人と言えるでしょう。

 まるで聖職者のような性格をしているのです。

 確かに彼は身だしなみに問題があり、その姿でなぜかティーン雑誌を学校に持ち込んでは必死にモテアピールをしている変人ですが、それは殴る理由にはなりません。

 私たちは友達を選ぶ権利はあっても暴力を振るう権利はないからです。

 みんな仲良しを追求した結果がこれですよ。

 仲良しにならないと逃げ場がないのよ。

 そんなところから今回のお話は始まります。


「ぼ、ボクがなにか悪いことをしたのか!」


 サンドバッグになったあとにA地くんは頭を抱えながらつぶやきました。

 悪いとか悪くないじゃなくて猛獣に襲われたんだと思います。


「で、でもナイフで刺したらニュースに出ちゃうし……ブツブツ……」


 どうぞどうぞ。

 ぜひやってください。

 ごーごー!

 やってくれたら記者にあることないこと適当なことを言って擁護してあげます。

 あ、チョコレート食べますか?

 私はA地くんと喋るのも恥ずかしかったので黙ってチョコを渡しました。


「ありがとう……」


 まあよくあることです。

 善意でもなんでもありません。

 同じ境遇に置かれたクズどうし助け合って生きていかなければならないというだけです。


 ところがこれが藤原最大のピンチを生み出すのです。


 暴力方面じゃないヤツ。



 私は飯を食べるために歩いていました。一人で。

 なぜかトイレのニオイがする教室でオークたちと食事を共にしたくなかったのです。

 ぼっち?

 うん。ぼっちですがなにか?

 皆さんならこのクラスにお友達欲しい?

 ねえ欲しい?

 こんなクズどもと友達になりたい? (藤原含む)

 つまりそういうことです。

 学校を選べなかった私だって友達くらいは選びたいのです。


 ところで……先ほどから誰かが後をついてきているようです。

 まあいいや。気にせず行きましょう。


 私が目指すのは図書室のある南館です。

 本当は飲食は不可なのですが、私は入学する数年前に電気科のアホが図書室の先生の頭を鉄パイプでかち割ったらしく電気科には誰も文句を言いません。

 え? 図書室? お前文字読めたのって……やだなあ。読めますよ。

 そうじゃなくて他の連中?

 ……そいつは図書室に入ればわかります。


 図書室に入ると雑誌が置いてあります。

 普通の時事を扱った週刊紙、高校の情報誌などは他の学校でもあるかもしれません。

 ですがここは無法地帯です。

 それだけではありません。

 ラジオ○イフなんかはかわいい方です。

 電気科の人たちなら読みこなすことでしょう。

 ゲーム雑誌、ロック専門誌なんかもまあいいです。

 ここでツッコむとあっと言う間に体力が足りなくなりますよ。

 さてDQNゾーンです。

 チャン○ロードです。

 読み込まれているのかヨレヨレです。

 なぜ高校に置いた?

 それと入れ墨専門誌なんかも置いてあります。

 誰だ許可出したアホは……

 私は雑誌コーナーを見るたびに頭痛がするのです。

 あ、でもここで日本の将来が不安になる一言。

 こういった雑誌を読めるオークはごく一部の知能が高いオークメイジです。


 というわけでご飯です。


 普通科の人たちが「なにコイツ」という顔をしてますが、私たちは本館に侵入するだけで怒られる身の上ですので気にしません。

 私は席に着き、さも当然のように弁当を広げます。

 教師や普通科の生徒たちも遠巻きにひそひそ話してますが知ったことではありません。

 私は無法地帯にいるのです。

 私の安全を担保しない学校の規則など守ってやる気はありません。


 さてさて食べようっと。

 いただきま……

 その時でした。

 私の目の前にドアップで顔面が近づいてきていたのです。

 つうか近い近い近い。


「A地くん……なぜいるのですか……?」


 正直言って漏らしそうになりました。

 ふと気づいたらいきなり目の前にいたのです。

 私はお化け屋敷とかダメな人です。


「い、い、い、一緒にお、お、お、お昼を食べようと思って……教室だとY岸に全部食べられるから」


 そうですか。

 お互い辛いですね。

 私は特に話すこともないので黙々と弁当を食べました。

 食べたらとっとと受験勉強でもしようと思ったのです。

 このころの私はたいへん愛想が悪かったのです。

 そんな私の態度にもめげずA地くんは果敢にコミュニケーションを取ろうとしてくれました。


「あ、あ、あ、あのね。女の子にモテたくない?」


「こんな学校の生徒を相手にしてくれる聖女なんていませんよ」


 私は仄暗い笑みを浮かべました。

 当たり前です。

 人語を解さず、喧嘩とセックスの話しかできず、すぐに暴力を振るうオークと付き合おうという人がどこにいるでしょうか? ※


 ※残念ながらそういう人生を罰ゲームにするのが好きな女子はたまにいます。


 何度も言いますが藤原も含めて我々は全員オークかゴブリンです。

 身の程を知るべきなのです。

 ちなみに某女子校で「強姦されるので近寄らないように」と本当に指導されていたことを知るのは大学入学後でした。


「ぼ、ぼくは、も、モテるよ!」


 A地くんは虚ろな目でそう言いました。


 みなさんならどうしますか?

 ちゃんとツッコんであげますか?

 それとも生やさしくスルーしてあげますか?


 私はなにも言いませんでした。

 ツッコんだらダメな感じがビンビンしたからです。


「あ、あ、あ、そう……と、ところで昨日のテレビだけど」


 私は露骨に話を変えました。

 なぜ、ただの世間話にこんなに緊張せねばならないのでしょうか?


「アニメ!」


 あ、ヤベ。

 私は失敗に気づきました。

 実はこの時、藤原は両親に超絶バカ学校に行ったのはアニメの見すぎではないかと咎められ、ニュース番組以外の一切を禁止されていたのです。

(正確に言うとアニメは中学一年時から一切を禁止されてました)

 アニメの話をされても何一つわかりません。

 私は冷や汗を浮かべました。

 ところがA地くんの食いつきは凄かったのです。


「XXXがXXXでXXXだからXXXでボクはXXXだと思うんだけど」


 まずい!

 半分もわかりません。

 外国語を聞いているみたいです。

 ガンダムという単語くらいしかわかりません。

 もともと声優とか名前覚えられないから少ししかわかりません。


 結局、私もたいがいバカなのです。


「あ、そうそう。雑誌コーナーにアニメ雑誌あるよ。取ってこようか?」


 入荷したバカは誰だ!

 余計な事をしやがって!


「まあいいか。ところでいつもなに読んでるの」


 急に饒舌になったA地が私に聞きました。

 私は一人で本を読んでいることが多かったのです。


「スティーブン・キング」


 キングでも短編の登場人物全員が破滅する系が大好きです。


「それアニメの原作?」


「似たようなものかと」


 映画の原作が多いので似たようなものです。


「声優は誰?」


 またもや哲学的な問いが来ました。

 私は少し考えます。

 確か『バトルランナー』はシュワちゃん映画なので玄田哲章のはずです。

 それだけは知ってます。


「玄田哲章?」


「ふーん」


 どうにもかみ合ってない会話です。

 まあいいです。

 そろそろ切り上げる時間ですし。

 私は勉強をはじめようと筆記用具を出しました。


「どこの学校受けるの?」


 ……ん? んん?

 そう言えばなにも考えてませんでした。

 あえて言えば、殺人犯にならないためにも将来この学校の連中と違う職場に行ける学校がいいです。


「ボクは東京アニ○ーション学園に行って声優になるんだ」


「プロになれるといいですね」


 このときの私はそれがどんなに困難な道か全く知りませんでした。

 完全に無知だったのです。

 ですがA地くんは私の無責任な発言に気をよくしてくれました。

 エロゲだったら、ぽよんというBGMとともに好感度のハートが一つ増えたことでしょう。


 ……でも現実ではいきなりハートがMAXになることがままあるのです。


 ※尺の関係で暴力シーンを入れ損なったことを関係者各位、それと読者の皆様へ謝罪いたします。

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