第35話 復讐編 1 キレたデブ

 死にかけたせいでオークからアンデッドにクラスチェンジした私はひたすら筋トレをしてました。

 とは言っても回復が必要なため筋トレは三日に一度しかしていません。

 それに私は別に太マッチョを目指してもいません。

 あくまであらゆる攻撃や防御のパラメーターを増やしたかっただけなのです。

 リアルに攻撃力を増やすにはいくつかの方法があります。

 まずは技術を会得することです。

 そこにはいくつかの問題があります。

 重さ四キロの腕にどうやって体重を乗せるかという問題です。

 コンセプト派のジークンドーのパンチのように……などと今なら理論が先行しますが当時は理論を知りません。

 なのでこれは却下というか知らないので議題にも上がりません。

 次にスピードを上げることです。

 同じ重さならスピードが速いほうが運動エネルギーが大きいというわけです。

 それに単純に当りやすいです。

 本当だったら軽いウェイトのダンベルでワンツーのシャドーでもやり込めば早くなるでしょう。

 でもこれも当時は知りませんでした。

 ミット打ちもフィリピンの武術であるカリに出会うまでは、ほとんどやったことがありませんでした。

 (今でもたいしてパンチミットはあまり上手じゃありません)

 当然知りません。

 これは保留です。

 最後は単純にウェイトを重くすることです。

 これは単純で遅くはなりますが非常に効果のある手段です。

 なにせ体重さえ重ければ相手に寄っかかるようにパンチを撃つだけで強打になります。

 腰の回転さえあればある程度の速さも出せるのです。

 その代わり機動性は犠牲になるので攻撃を避けるという選択肢はなくなります。

 W辺以外のオークさんたちにあごを打ち抜く技術はないと思われますし、パンチ一発で肋骨や鎖骨を折られる可能性も少ないでしょう。

 要するに痛いのを我慢すればいいという意味です。

 つまりなにも筋肉にこだわる必要はないわけです。

 そういうわけで脂肪も筋肉も増やしちゃおうと決めました。

 それと重要なのは脳のリミッターを外すことです。

 これはライトノベル的な超能力ではありません。

 それにそもそも人間は多少筋肉が増えたくらいでは発揮できる力は変わりません。

 格闘家と普通の人間の違いは脳にあります。

 例えば普通の人間でも人体のスペック上筋力の100%を使えば片手で300㎏を持ち上げることも可能です。

 もちろん腕が壊れますけど。

 それ以前に痛いし重いのでそこまでの力は出せません。

 これは脳がそう判断しているのです。

 それを筋トレなどで重いウェイトを使うことで少しづつ脳に「まだいける!」と学習させるのです。

 なのでウェイトの軽い階級の格闘家でも驚くほどの力を発揮するのです。

 他のスポーツでも同じです。

 競技に必要な動きには驚くほどの力を使えるようになってます。

 格闘家は戦うために動きにブーストがかかっていると言えるでしょう。

 別に格闘家だけが特別なわけではないのです。

 というわけで私は筋力を増やしながらさらに太ることにしたのです。


 目標を持ったせいか元気になった私はさらにひたすら筋トレに励みました。

 詳細はいろいろマズイので省きますが、肩と腹の手術のリハビリ名目で武道の道場にも通いました。

 (この間に中国武術を教えているあやしいイタリア人に出会ったりとかしました。テレビにも出たことある人です)

 やはり理論だけではダメなのです。

 空手雑誌の通販でビッグミットも買いました。

 これの使い方は簡単です。

 公園の適当な場所に固定してローキックの練習をしました。

 クラスの体育会系が部活を引退して体力を落とす中、私だけが肉体改造に勤しんでいたのです。

 極めて不純な動機で。

 しかもカラッとした明るい話ではありません。

 怨念渦巻くドブのような情念でした。

 でもやはり不純な動機というのは無理を生み出すものです。

 もう体は壊れながら低空飛行を続けるのです。

 よく墜落しませんでしたね。

 今考えると完全に未来を捨てていたような気がします。

 当時は自覚してませんでしたがバキのジャックハンマーみたいなものですね。

 今考えると狂人そのものですが、当時はそれにすがって生きてました。

 就職も進学も卒業すらもなくなった私はそれしか持っていなかったのです。


 ※DQNの皆様にお願い。

 このように人間一人をどん底にまで追い込むと苛烈な反撃が待ってます。

 やり過ぎんなよ。かなり本気で。


 さてこのように人生が完全に終了した私ですがこのあと事態は変な方に転がるのです。

 人生ってのはわからないものです。



 ある日、担任に呼び出されました。

 確かもう冬だったと思います。

 このこの頃になりますと入院期間に留年決定ゾーンに突入したため、やる気をなくして学校に行くのをやめました。


「まずいことになった……」


 担任がうつむいていました。


「誰か殺人事件でも起こしましたか?」


 私がそう言うのには理由がありました。

 事情をよく知らないために今までネタにできなかったのですが、3年時は野球部でのリンチ事件がありました。

 リンチ事件で被害者は内臓破裂しました。

 一年生だそうです。

 こちらも金で解決したのか権力で黙らせたのかは知りません。

 事実として一年生は内臓破裂をして退学しました。

 未だに大会に出ているため高野連にも話してないと思われます。

 身内や協会にもそんな状態ですから我々生徒、特に半年も学校を休んでいた私には情報開示などありませんでした。

 犯人はY岸とW辺だとはわかっているのですが……

 そんな状態ですから、私も態度が悪かったのです。


「そう虐めるな。俺だってどうにもできんのだ」


 何もしなかっただけだと思います。

 まったく隠蔽力だけは高い教師です。


「そうじゃなくてお前の話だ」


「なにがですか? そもそも学校来てないでしょうが」


 担任がため息をつきました。


「ぶっちぎり一位だ」


「なにが?」


「3年時の試験だ」


 そう言われれば筆記テストは全く出席してないのに100点を取ってました。

 これは決して私が優秀なのではなく、オークさんたちがひたすらアホなのです。

 でも出席率には換えられません。

 世の中は非情なものなのです。


「お前は電気以外満点なんだよ!」


「そうでしょうね」


 学校にさえ行かなければのびのびと勉強できますからね。


「留年させられなくなった……」


「はい?」


 変な方向に話が転がりました。


「とりあえず後でお前の親と面談しなきゃならなくなった。この手紙を渡してくれ。これは正規な書類だからな。捨てるなよ!」


「よくわからないのですが……どういうこと?」


「お前……E組電気科T組情報技術科の中でぶっちぎりの一番なんだよ! 全部出席してるあのアホどもよりも上なの!」


「だから知ってますって。なにがまずんですか?」


「お前……こないだ模試受けたよな」


「はあ……受けましたけど」


 かなり前の話です。

 話がわかりません。


「国語が全国で100番以内だった……」


「そうですね」


 もう意味がわかりません。

 今から大学受けたって遅いのです。


「総合でも特進科の授業料免除クラスの点数だったんだよ!」


「ほー」


 だからなによ?

 今さらお金返してくれるの?


「あー、このバカわかってない! お前の点数は大問題になってるんだよ! 『なぜ学校に来ない?』って」


「誰が問題にしてるんですか?」


「理事がだ! お前が虐めの被害者ではないかと疑われている。それにお前、二年の時に普通科への転科届け出したよな?」


「蹴られましたけどね」


「それも問題になってるんだよ! 転科しても勉強について行けなくなって辞めると思ったから蹴っただけなのに!」


「あながち間違っていませんが。まあ適当に放っておいてください」


 虐めかと言われるとわかりませんが、少なくとも暴力の被害者です。

 それに転科を蹴ったのも純然たる事実です。


「出来のいい生徒が学校に来ないからまずいんだって! お前のせいで調査が入りそうなんだよ! 俺たち工業科の教師全員が調査の対象なんだよ!」


「へ?」


 ここに来て初めて学校が正常に動いています。


「リンチ事件のあとでお前の入院に不登校だ! 十二指腸潰瘍の診断書まで出されている!」


「つまり……今さら虐めを疑われていると」


「隠蔽してたのが全部出そうなんだよ! 3年間も隠蔽し続けたのに」


 知るかボケ。


「おまけにA地が学校を訴えるつもりだ」


 ずいぶん懐かしい名前が出ました。

 そういやどうしたのでしょうか?


「やつが訴えるって言い出しやがったんだ!」


 自業自得です。

 裁判でもなんでもやりなさい。


「いいか! 絶対にお前を留年させるわけにいかなくなった! わかるな」


「いえ全然」


「いいから俺たちに任せろ。いいな?」


 よくありません。

 でも卒業はできるという意味でしょう。

 とりあえずは得な話です。


「まずは単位取得だ」


「え? なに?」


「授業だよ。なあにペーパーテストはできたんだ。ダイジェストで詰め込んでやる」


「ちょッ! 犯罪……」


「うるせえええええええ! とにかくお前を卒業させる!」


 話がめちゃくちゃな方向に転がりました。

 そう。人生ってのは先が予想できないものだったのです。




 SNS的なところでご質問を頂きました。


 Q. 盛ってる?

 A. 盛ってる箇所はあると思います。盛っているのは全て伝聞で聞いたところです。火炎放射もバットでの殴打も事実です。


 Q. こんな学校、本当にあるの?

 A. あります。警視庁の平成26年度の少年非行情勢(https://www.npa.go.jp/safetylife/syonen/hikoujousei/H26.pdf)によると未成年の犯罪検挙数は48361人です。その中にほとんどの場合警察が介入しないはずの校内暴力で検挙された人数も88人います。学校が全ての暴力を通報しているととても考えられないので、実際はその何倍もの暴力事件が揉み消されていると思います。

 ですが少年が暴力的というわけではありません。

 少年犯罪は戦後からずっと減少傾向です。確実に世の中は良くなってるんじゃないかなあと思います。


 Q. 書けなかったことってある?

 A. あります。例えば修学旅行で同級生が捕まったのですが伝聞、それも事実があったことしか知らなかったので書きませんでした。あと私自身による犯罪スレスレの行動のいくつかはわざと書きませんでした。実際は喧嘩もしてますし意味もなくリンチも受けました。ただ圧倒的に面白くありませんので省略しました。仕返しもしましたが自分で書くと青春ものっぽくなるので表現は抑えました。あとなるべく陰惨な話は省いてます。A地くんが虫を食べさせられたとかですね。あとSさんが赤羽を金槌で殴ってあやうく殺しかけた話とか。


 Q. 卒業してからオークさんに会ったことある?

 A. ありません。同窓会すらやってません。


 Q. 今会ったらどうなると思う?

 A. とりあえず殴ると思います。それほどの遺恨が我々にはあります。

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