第11話 初級オーク語講座 ~プリントを回収してみよう~

 十二指腸潰瘍のバッドステータスをもらった私ですが、なにも暴力が蔓延してるからストレスを溜めたわけではありません。

 もっと深刻なストレス源があったのです。

 情報技術化含めたほぼ全員と会話が成立しないのです。

 一見すると彼らは日本人に見えます。

 言語も日本らしき泣き声で喋ります。

 挨拶など簡単な意思疎通もできるように思えます。

 ですが実は全く会話が成立してません。

 ではY岸くんを例に取ってみましょう。

 今回のミッションは電気の宿題プリントの回収です。

 まずは挨拶から。


「こんにちは」


「オドレコラァッ! なめてんのか!」


「今日は晴れてますね」


「てめえ、何イグアナぶってんだよ!」


 イグアナ……実物を間近で観察したことがないのでイグアナぶるのは相当ハードルが高いと思いますがそれでも彼は私がイグアナぶっていると思っています。


「ところで担任に電気のレポートを集めるのを頼まれてるんですができてますか?」


「オドレボケコラ! 殺すぞ!!!」


 顔が真っ赤になりました。

 どうやら意思疎通は失敗したようです。


「わかりました。じゃあ未提出で」


 あーめんどくせえ。


「テメエなに難しいこと言ってるんだ殺すぞ!!!」


 一連の会話のどこに難しいところがあったのでしょうか?

 私は本気で悩みました。

 でも冷静に考えたら彼らの言葉に意味はありません。

 ただの泣き声なのです。


「うおおおおおおおおおおッ!!!」


 突然、Y岸が雄叫びを上げました。

 底の抜けたアホなので強力なスタンドを出すかもしれません。

 注意が必要です。

 私は警戒しました。


「うほおおおおおおおっ!」


 さらにY岸がくっころ女騎士のような雄叫びをあげました。

 キモいから死んでください。

 私が呆然と眺めていると、Y岸は周囲の机を叩きはじめました。

 アマゾンの猿がこういった威嚇行動をするとテレビで言ってました。


「うほうほうほうほ!」


 どうやら女騎士ではなくジャングルの猿でした。

 顔を真っ赤にしながら今度は机に蹴りを入れます。


「お、おまえ! なめてると殺すぞ!」


 会話そのものが成立してないのに、どうやったら『なめる』ことができるのでしょう?


「はあ、んじゃ面倒なので未提出で」


 私はコミュニケーションを取ること自体をあきらめました。

 なぜかY岸は顔を真っ赤にして威嚇してます。

 テリトリーに入るなということでしょうか?

 このように底辺工業高校では多くの場合、会話そのものが成立しません。

 一見成立してそうに見える場合でも多くの場合、注意が必要です。

 私は次のプリントの回収に行きました。

 赤羽くんです。


「てめえ。やんのかコラァッ!」


 いきなり威嚇行動です。

 私は上履きを脱ぐと、上履きを振り上げて赤羽くんの頭を思いっきり叩きました。

 こんにちはの挨拶です。


「おう……なにすんだコラァッ……」


 トーンダウンしました。

 どうやら挨拶失敗のようです。


「つかテメエ! いつも俺をバカにしてるよな? な? なんで」


 軽蔑されるようなことしかしてないからです。


「それはどうでもいいんでプリントください」


「ぎしゃああああああああッ!」


 べちんっ。

 赤羽くんがパニックを起こして殴りかかってきたので今度は上履きで横っ面を叩きました。


「ぎゃぶッ! な、なんでいちいち叩くんだよ!」


 いちいち襲いかかってくるからです。


「それでプリントは」


「やってねえよ!」


 ないのかそもそもやる気がないのかはわかりません。

 面倒なので担任には「やる気ねえ。死ねよ!」って言ってたと報告しましょう。


「はいはい」


「お前! 話は終わってねえぞ! オイコラ! 待てよ! 逃げんのか!?」


 いい加減コミュニケーションが取れずにイライラしてきたので、私は赤羽くんをスルーして近くにいたSさんに声をかけました。


「おう。今持ってく」


 Sさんは私の方へプリントを持って来てくれます。

 途中、赤羽くんの後ろを通る瞬間、赤羽くんの後頭部にエルボーをするのは忘れません。


「へぶ! な、なにをするんだよおおおおおおッ! もおおおおおおおッ!」


 自業自得です。


「じゃあ渡したから」


 帰り道では赤羽くんの太ももにヒザ蹴りを入れます。

 蹴られた赤羽が悶絶しました。

 普段怒らない人を本気で怒らせるからこうなるんです。

 次はK平です。


「プリント寄こせゲロ野郎」


 私はオーク語で語りかけました。

 なんと半年以上にわたる血のにじむような努力のおかげか私も片言のオーク語を習得することができたのです。


「ああ? てめえやんのか?」


「いいからプリント寄こせゴミ」


「チッ! 持ってけ」


 K平は私にプリントを渡しました。

 それにしてもオーク語で話しかけてもプリントを渡してもらうだけでこの苦労です。

 ストレスが一気にMAXですよ。

 ストレスのせいかまぶたが痙攣しました。


「はあああああああああ……」


 私はため息をつきました。

 ほんと死なないかなこいつら。


 さて……プリント回収も最後です。

 最後に残ったオークが問題でした……

 クラスの暴力担当大臣W辺です。


「すいません。プリントの回収を……」


「るんる(省略)」


 なぜか草野心平の「河童と蛙」を朗読しはじめました。

 ……まったく意味がわかりません。

 私はさんざん考えた挙げ句、もう一度プリントの回収ミッションに挑みました。


「……あのプリント」


「うごうご(略)」


 今度はボ○ジョビの「リ○ィン・○ン・ア・プ○イヤー」を歌い始めました。

 英語ができるはずもない連中なのでオーク語で適当に歌ってます。

 で、電波だ……

 私は焦りました。

 いきなり懐メロを歌い始めやがったのです。

 私が呆然として眺めていると、今度はW辺は服を脱ぎはじめました。

 全裸です。フランクフルトが完全起立してます。

 その状態で歌いまくってます。


「あわわわわわ!」


 さすがに私も焦ります。

 い、意味がわかりません。

 全裸で臨戦態勢のフランクフルトを振りながらでハードロックの名曲です。

 誰か助けてください。

 かなり真面目に。

 なぜプリントを取りに来ただけでこんな目に遭うのでしょうか?

 だれか説明してください。

 W辺の奇行。それを目撃してたのは私だけではありません。

 電気科全員の視線が起立したフランクフルトじゃなくて……踊るW辺に集まりました。

 全員が手拍子をし始めました。

 ななななな!? なにが起こったんですか!?

 完全に置いてきぼりにされる私。

 ですがそんな私がいないかのように全員が歌い始めます。

 英語ができないので全員がオーク語で歌います。

 はにゃらーほにゃらー♪


「な……なぜこうなった……」


 私の頭の中で偏頭痛がドコドコという音とともに頭を締め付けました。

 もうやだこの学校!

 こうして数人のプリントが未回収という状態で私のミッションは終了したのです。

 マジで死(略)


 コミュニケーションが取れないというのは本当に辛いものですね。

 よく脳溢血起こさなかったな……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る