第19話 オークさん補導される

 私は警察に捕まりました。

 刑事訴訟法にある現行犯逮捕ではありません。

 普通の※補導扱いです。

 でも顔写真と両手両足の指紋は採られました。DNAは覚えてません。

 なんでよ?


 ※補導

 未成年を現行犯や令状なしで警察にご招待できるドリーム制度。

 平成23年には約100万人が補導されており、ほとんどは深夜徘徊や喫煙。

 これで呼ばれると親が泣く。

 ちなみにカツ丼は驕ってくれない。


 これはお得意様への配慮かもしれません。

 なんせしょっちゅう我が高校の生徒のせいで出動してますので。

 たいていはショボい窃盗と喧嘩ですが。

 と、窃盗と喧嘩が普通のことになってる自分に軽く嫌悪感を抱きました。

 最低ですね。


「名前は?」


 私は窓のない部屋でヤクザにしか見えないパンチパーマのオッサンに聞かれました。

 もしかするとスキンヘッドだったかもしれませんがその辺の記憶が曖昧です。

 とにかく目の前のオッサンはカタギではありません。


「Oです♪」


 私はとっさに嘘をつきました。


 ばちこーん!!!


 次の瞬間、ビンタが飛びました。

 星が飛びました。

 顔面がじんじん言ってます。

 目の前のヤクザは顔色一つ変えません。


 いきなり暴力です。

 これは完全に違法ですがしかたがありません。

 私が刑事だったら同じ事をします。

 だってオークさんやオーガさんには日本語は通じますが意思疎通はできません。

 頭が悪いので話し合いという高度な心理的活動ができないのです。

 ゆえに言うことを聞かせるには挨拶代わりに殴って力関係を示すしかないのです。

 私は少しむっとしましたが軽口を叩くのをやめました。


「名前は?」


「藤原です」


「なにがあった?」


「うちの中等部の生徒がXX大の連中にカツアゲされてたんでやめるように注意したんです。そしたら建築科の連中が仲間を呼んで収拾がつかなくなったんですよ」


 ばちこーん!!!

 またビンタです。

 ちなみにこの暴力には意味はありません。

 嘘をついてないかの確認です。

 でもさすがにムカつきました。

 意地悪してやろう。


「今の暴力は刑事訴訟法何条による暴力の執行ですかね?」


 私は嫌味を言いました。


「舐めてるともっと痛い目に遭わすぞ。テメエコラ! なんだテメエその顔。シャブやってんのか?」


 ※十二指腸潰瘍で死にかけてるだけです。


「そういう態度ならXX法律事務所のXX先生が来るまで話しません」


 嫌なガキですね。

 実は高校入学前に私の町内会で町内会の施設と企業との境界問題がありまして、そのときに町内会側の弁護士だった人です。

 その関係で前にチョコチョコ冤罪事件の署名活動を手伝ったりとかで知り合いだったのです。

 ちなみに冤罪事件は少年が犯人に仕立て上げられたもので、昔から会うたびに「警察に捕まったら僕に電話するんだよ!」と言われていました。

 財布に名刺も入れっぱなしにしてたはずです。


 ※ここにもの凄いフェイク入ってます。ちなみに私には政治的な思想はありません。


 途端にヤクザっぽい刑事の顔が青ざめました。

 そうやらそもそも殴ってもどこかに通報する知能はないと判断されていたに違いありません。

 相手は二、三発殴って説教してリリースしようとか考えていたのです。

 日常茶飯事ですから。

 この部屋に押し込めたのも怖がらせて反省を促そうとか余計な事を考えていたに違いありません。

 なんせ我々はお得意様です。

 お涙頂戴にまで持っていくマニュアルすら存在してたかもしれません。

 でも私にはそんなものは通じませんでしたとさ。

 熱血教師ごっこがしたいなら他でやれ。

 冷たい目をする私にヤクザ顔は言いました。


「叩いてごめんね♪」


 一番イラっとしたのはこの台詞です。

 途端に下出に出ました。

 これが弁護士を盾にした社会的信用ってやつなんですね。

 ファッキン。


「それでどうしたのかな?」


 猫なで声です。


「いえだから後輩がカツアゲされてたから注意したら、話し合いの最中にY村が飛び蹴りをして、Oが仲間を呼んであとはカオスです。私は巻き込まれただけです」


「そうかあ。いやごめんねー。今先生呼んでるから待っててね♪」


 そう言ってヤクザ顔は出て行きました。

 まだビンタをされてたときの方がマシだったのは気のせいでしょうか?

 私がかつてないほどイライラしていると、廊下から声が聞こえました。


「うわああああああああああん!!! 僕は巻き込まれただけだー! 僕は無実だー!!!」


「いやだから今お母さんが来るから椅子に座って待ってて欲しいだけなんだけど」


 女性の声でした。


「うわああああああああああん!!! 僕はなにもやってない! なにもやってないんだよおおおおッ!」


 K室くんです。

 彼も捕まったようです。

 つうかいたのか……

 なんか急に全てがバカらしくなりました。

 私は机に突っ伏したのです。

 このあと、すぐに担任を含めた教師たちが来て、私たちは回収されました。

 あり難いことに親は呼ばれませんでした。

 人前で宗教が云々とか言われたら、衝動的に死を選んでいたかもしれません。



「それでどうしてこうなった?」


 学校に戻ると担任に聞かれました。

 それは私の台詞です。


「いあやだから何度も言ってますが中等部のXXくんとXXくんがカツアゲされてたので……」


「なんで中等部の子なんて知ってる?」


「漫研の後輩です。それで私がカツアゲ犯と交渉してたらY村が飛び蹴りかましたんです」


「それでお前はどうした」


「Oが仲間を呼んだので傍観ですよ!」


「ちょっと待て! 俺はお前らが付属の子をカツアゲしたって聞いたぞ! もう電話で謝罪したんだぞ!」


「知りませんよ! なんで反射的に謝るんですか!」


「だってシャブ中っぽいやつに脅されたって言われたぞ!」


 あっそう!

 私が一番悪いんですね!

 はいはい。そうですか!


 ※何度も言いますが十二指腸潰瘍による貧血です。


「だから私のは※貧血ですって! なんでみんなシャブ中とか言うですかね!」


 ※倒れて動けなくなるまで受診してません。


「顔が青白いからじゃね? 目の下黒いし」


 ぎゃふん!

 こうしてよくわからないうちに全てはウヤムヤになりました。

 今考えるとこうやってだんだんと人生のレールを踏み外していたのです。



 後日。


「いやさあ、俺も捕まっちゃってさ! 俺もとうとうXX区のヤンキーとして一人前になったって事かな?」


 K室くんが自慢をしてます。

 私がいたことも知らずに。


「すげえの。顔写真に指紋まで採られちゃってさ! これで俺もGANG? ってやつかな?」


 痛々しい自慢話は延々と続きます。

 私なんて全てをなかったことにしたいのに。

 悪夢でしかありません。


「もう美女軍団に報告しなきゃ☆」


 ※エアー美女軍団です。


 今になって私は思います。

 私は神経が細すぎたのです。

 このくらい神経が図太くないと底辺では生きていけないのかもしれません。

 こういう人類が滅んでも生き残りそうな人間こそ優秀な生物なのかもしれません。

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