第7話 模試を受けるのに必要なのは土下座
公園の便所の香りがする教室の窓を開けて私は黄昏れていました。
ああ、なんでテロリストはこいつら皆殺しにしにやって来ないんだろう
脳みそぶちまけて死ねばいいのに。
5月後半。
大学予備校の模試の季節です。
そのとき情報技術科の皆さんは目を血走らせてました。
噂が流れたのです。
模試で良い成績を取れば普通科に転科できると。
家畜扱いのオークから人間扱いされる普通科に行けるのです!
「ヒャッハー!!! 普通科を皆殺しにしても普通科に入ってやるぜー!!!」
「殺せ! 殺せ!殺せ! 殺せ!殺せ! 殺せ!殺せ! 殺せ!」
※勉強の話です。学業それすなわち暴力です。
彼らは自分たちもまたオークでしかないという現実を見ないで騒ぎました。
そもそも噂はデマです。
よく考えればわかることです。
オークとの入れ替え制なんて私が親だったら訴訟ものです。(私たちの扱いが人間以下なのは多分に自業自得なので訴訟しません)
なのに連中は大騒ぎをしているのです。
ホントバカですね。
私はあえてツッコミを入れませんでした。
私自身は辛い学校生活からの現実逃避で勉強をしてましたし、連中は少しくらい勉強すべきだからです。
このままでは社会に不要なオークを大量に解き放ってしまいます。
ですが彼らの努力にはある障害が横たわっていました。
模試を担当するのは普通科。
我々を家畜程度にしか思っていない上級教師どもです。
彼らが模試を受けるなどという人間扱いを許すはずがありません。
だって本館に侵入しただけで殴るんですよ。あの連中。
私は学校をズル休みして個人受験するつもりです。
イチャモンをつけられたら被害者ぶって不当な扱いを受けていると各方面に訴えますし、私ならマジでやるのを教師たちは知っています。
おそらく出席扱いにしてくれることでしょう。
出席日数なんて書類上の記録でしかありません。
なので私はお祭り騒ぎに便乗するつもりはありませんでした。
そもそ、こもんな便所臭いところで勉強なんかしたくありません。
教室は勉強をするところではありません。
人を殴る場所です。
なので私は図書室へ行くことにしました。
なるべく気づかれないように。
そそくさそそくさ。
がしり。
肩をつかまれました。
ふりむくと情報技術科の面々が私を見ています。
嫌な予感がします。
「藤原、模試を申し込めるように頼んでくれ」
「個人でやればいいのでは?」
私には関係のない話です。
「教師の信用があるのはお前だけだ」
「ただ単に交渉の余地がある比較的知性がある個体だと思われているだけです」
所詮はオーク。能力の差なんてありません。
私の喋っているつもりの日本語も普通科が聞いたら「ぶひーぶひー」という泣き声にしか聞こえないはずです。
「頼む!」
なぜか彼らは頭を下げました。
自分たちでやればいいのに。
ああ、面倒です。
でもやってやる私が一番バカなのです。
私はまずは北館の職員室に行きました。
「失礼します」
「おお、藤原か。どうした」
「クソどもが全員苦しんで死ぬ方法はないですか?」
「うーん、俺も毎日あのクソどもが死ぬ方法がないかって思ってるよ」
なんとなくお互い好感度が上がりました。
「それで用件は?」
「情報技術科の連中が模試を受けたいそうです」
「へー……無理」
「なんで?」
「平均点が下がる。それにお前らを世間に出すわけには行かないだろ?」
凄まじい扱いです。
「では私は個人で申し込みます。その日は休みますので」
「ちょっと待て」
「はい? なんですか?」
「どういう理由で休むつもりだ?」
「学校が模試を受けさせてくれないので個人で受験するという理由ですが?」
「少しまずいなあ。俺はこれでも教頭を狙ってるんだよ」
知らんがな。
「うーん……俺の責任になると困るし、お前はなに考えているかわからないし……よし!」
「はあ」
「普通科の職員室に行って受けてもいいか聞いてこい」
「えー……めんどくさい……」
「露骨に嫌な顔をするな。な?」
私は基本的に無気力なのです。
「えー……」
でも頼まれると断れませんよね?
これが失敗だったのです。
◇
いま私は土下座をしてます。
わかりません。
何一つわかりません。
なぜ私は土下座を強要されているのでしょう?
ただ『模試を受けたい』と言っただけなのに。
「お前ら虫けらが模試を受けるだとぉ? 恥ずかしくないのか!!!」
パーンッ!
ビンタです。
「死ねクズ!」
げし!
教師キック!
底辺工業高校では模試を受けるのは恥ずかしいことのようです。
知りませんでした。
「俺の目の黒いうちはお前らになんか模試は受けさせんからな!!!」
さらに断られました。
つまり「目に火をつけたタバコを押し当ててみろ」という意味でしょうか?
普通科も案外アグレッシブなんですね。
この学校の連中はみんな死ねばいいのに。
もう話してもしかたないので帰りましょう。
「そうかあーそうかーうふふふふ」
工業科の職員室に戻ると担任がうれしそうな声を出しました。
なんだこの野郎。
土下座させられたぞ!
「まあまあ、今回は模試はなしで」
あ、そう。
ふーん。
そういう態度。
すべてにムカついた私は問答無用で個人枠で申し込むことにしました。
「先生」
「なんだ?」
「普通科の職員室に爆竹投げ込んでいいですか」
「ちゃんとわからないように時限装置つけろよ」
「装置の仕組みは」
「この回路図で作れ」
手書きのメモをくれました。
なるほど! 9V電池をそうやって使うなんて!
参考になります。
「でもさ、もっと面白い方法があるぞ」
「はい?」
結局、私は渋谷で模試を受けました。
校長には「普通科のXX先生に模試を受たいと言ったら殴られたので、個人受験することにしました」ってお手紙出しました。
往復手紙で。
無視したら文部科学省大臣と学校法人の親会社にコピーを同封して送ると添えて。
この涙ぐましい努力のおかげで次の回から申請するだけで自動的に模試を受けられるようになりました。
最近になって『いい大学に合格した子がいるよ』というお知らせをもらったので、たぶん私も何割かは貢献したのではないかと思います。
……もう工業科自体が存在しませんけど。
ちなみに成績は普通科よりも良かったのですが、もちろん私は普通科に転科なんてできませんでした。
さらに蛇足ですが、爆竹は情報技術科全員で文化祭のときに職員室に投げ込みました。
責任問題になりましたが責任を追及すべき部分が間違っているような気がしますまる
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます