第16話 言葉の暴力が通じるといつから思ってた?

 Sさんと私は友達です。

 セックスと暴力しか話題のない工業高校では二人集まれば恋バナが始まります。

 セックスにも暴力にも向いていない哀れな生き物が二人集まると始まるのは当然のようにエアー恋バナです。

 全てのリア充が不幸になりますように。

 Sさんが話を切り出しました。


「XXテレビの朝のニュースのお姉さんかわいいよなあ」


 40代です。

 Sさんは上級者です。


「俺さ、スタン・ハ○センみたいな女の子が好きなんだ」


 何度考えてもス○ン・ハンセンは女の子を形容する言葉ではありません。

 口にしたら殴られると思います。


「ラリアット食らって失神して起きたら何していいかわからなくて、とりあえず暴れてリングの上に椅子を投げ込む女性ってかわいいよね……」


 どんな女子だその生き物は。

 あまりのカオスに私は貧血を起こしました。

 だめだ! Sさんワールドに脳が侵食される!


「XXは……好き?」


 私は話題を変えました。

 私がかろうじて知っているアイドルです。

 名前とグループ名くらいしかわかりません。

 顔が覚えられないんですよ!


「……ケツの青いガキなんて」


 Sさんは渋い顔をして言いました。

 あなたもガキですよね?

 顔はおっさんですけど。


「それで今日の作文ですが……」


 しかたなく私はアイドルから作文へ話題を変えました。

 ツッコミに疲れたのです。

 その日、我々は作文を命じられました。

 高校にもなって授業参観をすることが決まったせいです。


「どう考えても嫌がらせだろ? あーめんどくせえ」


 二年にもなると溜まりに溜まった怒りが親からの正式抗議という形で噴き出しました。

 それで学校側も「学校は安全ですよ?」というアピールがしたくなったのです。


「アホどもをクビにしないのがいけないんだと思いますよ。学校側の自業自得ですね」


「ヤクザの息子がいるんだから無理だろ?」


「それで私たちの安全が脅かされたら本末転倒でしょうが! つうかヤクザの息子に野球推薦って制度全体が狂ってるんじゃあああああ!」


 私はキレました。

 どうも最近キレやすいです。


「それで作文のテーマは何だっけ?」


「『自分の将来』ですよ。この学校に来た時点で未来が詰んでるって理解できる人がいないんですかね?」


「お前……たまに言うことキツいよな……」


 我々の人生なんてそんなものです。

 努力もしないやつが社会の歯車になれると思ってるんですか?


「世界ってのは頭のいい人が考えてるんだ。そのうち良くなるさ」


「頭のいい人が我々を同じ人類だと考えているとでも思ってるんですか? 普通科の教師にすら人間扱いされてないのに。なんで東○入れなかったの? バカなの死ぬの? とか考えてやがるに違いありません。きっと喋る家畜か自殺率のデータくらいにしか思ってませんよ」


「屈折しまくってるな……おい……」


 世界なんてそんなものです。

 えっへん!


「全く相変わらずネガティブ全開だな……って、ん? ……なあ藤原」


「なんですか?」


「それ書いちゃえばいいんじゃないの?」


「なにを?」


「俺たちの人生が失敗だって」


「……え?」


 私は目をぱちくりしました。



 オークさんが集まった親の前で作文を読みます。


「僕は、アメリカに渡ってハリウッドで俳優になります。そして映画に出て金を稼ぎます。それでハリウッドの女優とやりまくります」


 これが17歳の作文ですよー。

 私の偏頭痛が収まる気配を見せません。


「僕は競馬が大好きです。将来競馬で一発当てて食べていきたいです」


 17歳の作文です。


「僕は釣りが大好きです。将来プロの釣り師になりたいです」


 難易度がわかりませんのでコメントはパス。


「僕は将来野球選手になりたいです」


 まずはあやしいお薬を止めような。

 実力は知らないからパス。

 私のツッコミが止まりません。


「私は家のお好み焼き屋を継ぎます」


 Sさんです。

 ちなみに卒業後に店は潰れます。

 斜め上の原因で。


「では藤原。作文を読め」


 私の番です。

 私は胸の高まりを抑えると静かに作文を読みました。


「私たちには明るい未来はありません。手遅れと言うものはあります。私たちの人生はもう手遅れです。社会の歯車や誰かの踏み台にすらなれません。ただ孤独に日々を無為に送り惨めに死ぬだけです。よく考えてみてください。教師の前でタバコを吸い、言葉の代わりに暴力を振るい、腕に注射の跡まであるクズをだれが雇うというのでしょう? あなたが社長だったらあなたを雇いますか? 私が社長だったら私を雇うはずがありません。この学校以外の子は少なくても努力してますよ! 大学? ハリウッド? 競馬? 笑わせないでください。もうこの学校に来た時点で私たちの人生は終わっています。あとはただ受け入れる作業が残っているだけです」


 私は虚ろな目で読み上げました。

 ちなみに元の原稿は処分したので私の記憶から適当に作りました。

 もっと攻撃的な言葉が並んでいたと思います。

 親と比較的知能の高いオークが下を向いてため息をつきました。


「もう終わりです。私たちの人生は17年で終わったのです。楽しいことも嬉しいこともこれからはありません。全く存在しません。死ぬまで苦痛が続くだけです。私たちを尊敬する人も愛する人も現れません。もしそんな人が現れたとしても、私たちは暴力で台無しにすることでしょう。どんなにそれが愚かなことがわかっていながらも私たちはそれを止めることができません。自制心がないからです。それが私たちの望んだ未来です。よかったですね」


 うちの親が頭を抱えました。

 ザマァッ!

 親父の宗教が全て悪いんですよ。


「まだ社会に見放されてないと思ってる人たちはよく考えてください。お情けで模試を受けさせて頂いてる時点で私たちは見放されているのです。あなたたちは事あるごとに障害者をバカにしてますが、一般の人たちは私たちの方にこそ価値を見いだしません。私たちは努力をしないゴミでしかありません。道で倒れていても携帯で写真を撮るだけです。人間とすらみなされません!」


「あ、あのな藤原。やめようね」


 担任が止めに入ります。

 うるさいキシャー!


「うるさい。卒業証書もそうです。知ってますか? 我々の卒業証書は高校名では出ません。高校名+実業高校です。私は同じ学校の生徒とすらみなされてませんよ!」


「藤原!」


「うるせー!!! クソどもにはこのくらい恥をかかせなきゃわからんのじゃー!!!」


 クソどもは何を言われているのかわからないため目をパチクリとさせてました。

 一方、保護者の表情は絶望そのものといった状態でした。


「いいから来いって!!!」


 哀れテロリスト藤原は担任につまみ出されます。


「たとえお前らが幸せをつかもうとも俺が邪魔してくれる! 全力で邪魔してやるからな! お前らに幸せなんか来るはずがねえからな!!! 死ね! 首吊って死ね!!!」


「黙って来い!!!」


 そのまま私は廊下につまみ出されます。


「はあはあはあはあはあはあはあ……」


 暴れて息が切れました。


「あのなあ。クラス全員の言葉を代弁するのはいいけどTPOを選べ。俺が困るだろが!」


 怒るポイントがずれまくってます。

 言葉の暴力を叱る局面ではないでしょうか?


「まあ……終わってるのは事実だ」


 認めるのかい。


「誰の人生もそんなもんさ」


 嫌な人生だな。


「お前の話は正しい。でも俺のためになかったことにしような」


 殴りたい!!!


「まあ、チョコでも食べろ。お前は疲れてるんだ。今日は帰れ」


 完全に小さな子ども扱いです。

 チョコはもらいますが。

 こうしてまんまとテロを成功させた私。

 でも私はまだ自分たちの評価を正しく理解してなかったのです。

 現実ってのはもっと厳しいものなのです。


 ちなみにこの一ヶ月後に電気科のオークがバイト先でレジを丸ごと盗んで、学校ごとバイトをクビになりますが、たぶん私のせいではありません。

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