ROUND3 諸悪の根源・鬼神愛

 バタン! ――っと、強くほほを打った。


 ハッとして顔を上げると、俺は教室にいた。

 席に座り、まるで居眠りから目覚めたようだった。

 しかも授業中で、黒板の前には先生が立っている。

 俺と先生の目と目があった。


「おーい、どうした浅井ィ?」

「げぇ、ユキトシぃ!?」

「こらっ、先生のことを呼び捨てにするんじゃない」

「すんません」

「おまえ、居眠りしてもいいけど、派手な音を立てて目を覚ますんじゃない。今年は受験なんだから静かにしてくれよな」

「受験って、ああ、そういえばここは中学だ」

「は?」

「……先生すんません、今って二〇XX年ですか?」

「当たり前だろ」

「もしかして七月……ですよね?」

「黒板に書いてあるだろ」

「じゃあ、姉さんはまだ生きているんですね」


 と言ったら、クラスのみんなに笑われた。

 俺はこのとき、タイムトリップの成功を確信した。

 が。

 どういうわけか中学3年の教室にトリップしている。

 しかも衣服や持ち物はトリップ前の物である。

 周囲を見まわしたが、鬼神愛はどこにもいなかった。

 おそらくヤツも、この時代のヤツがいたところ・・・・・・・・・・・・・にタイムトリップしたのだろう。

 俺はそう断定すると、時計を見た。


「朝の10時か」


 父さんが処刑されて、姉さんが無理やり結婚させられた、あの日の10時である。


「父さんの処刑は、お昼休みだった」


 俺は立ち上がった。

 手にはカバン、蛮痴羅パンチラのワイヤー、それに魅夏のカタナも持っている。

 教室を出ようとすると、先生が叫んだ。


「おい、浅井! おまえ何やってんだ!?」

「先生すんません、ちょっと保健室に」

「はあん!? というか、なんだそのワイルドな格好は。おまえ、いつ着替えた? 朝からその格好だったのか?」

「いやあ、よく分からないんでとにかく着替えてきます」

「待て! おいこら浅井!!」

「すんません」

「浅井! おまえっ、カタナまで持って!! 待て、待ちなさい!!!!」


 俺はそんな先生を無視して、教室を出た。

 廊下の窓を開けて、ワイヤーを使って飛びおりた。

 そしてそのまま、とりあえずは学校を出た。――




   ▽     ▽     ▽


 俺は学校を出ると、裏山に身を潜めた。

 持ち物をあらためて確認した。

 蛮痴羅の装備、衣服、カタナ、カバンにはケータイと桔梗からもらった写真等々……やはり異世界にいたときの物である。

 そして俺の肉体は、中学3年のときに戻っている。

 これは髪の長さですぐに分かった。


「さて、どうするか」


 俺はケータイのアドレス帳を見ながら考えた。

 とりあえず、まずはみんなと合流したい。

 父さんの射殺を阻止したい。

 しかし父さんの電話番号なんかケータイに入ってないし、今は市長たちに捕まっているはずだ。だから俺は魅夏に電話をかけようとしたのだが、コールボタンを押したところで、ふと、気がついた。


「余計こじれそうな気がする」


 俺はあわてて電話を切った。

 魅夏は、おそらくこの状況を理解しない。

 そもそも人の話を聞くタイプではない。

 今、魅夏と話をするのは、申し訳ないけれど時間の無駄である。


「音芽だろうな」


 タイムトリップしたら、まずは科学者に会いに行け。

 俺はこのタイムトリップ必勝法を、ハリウッド映画から学んで知っていた。

 さっそく音芽に電話した。


「………………」


 が。

 出ない。

 まったく出ない。

 ……おそらく授業中なのだろう。

 そう思って、今度はメールした。


「浅井遥の弟の誠也です。電話で話せますか? ……っと」


 音芽がタイムトリップしていない場合を想定して、姉さんの名前を利用した。

 しばらくすると、「どうぞ」というメールが返ってきた。

 俺は電話をかけた。


「もしもし音芽?」

『……キミは、ずいぶんと馴れ馴れしいんだねえ』

「ん? ということはトリップしていないのか?」

『……おかしなクスリでトリップしているのは、キミのほうだろう』

「ちょ、待てよ」

『じゃあね』

「待て! 待ってくれ!! これから事情を説明するっ」


 俺はあわてて今までのことを伝えた。

 音芽はそれを素早く理解した。

 ただ、信じてはもらえなかった。


『まあ、興味深い話だったよ。キミのお父さんはたしか記者だったよね? お父さんは仕事のほかにファンタジー小説でも書いてるの? それを読ませてもらったの?』

「ちょっ、待てよ!」


 俺は急いでメモ帳にイラストを描き、それをメールで送った。

 そして言った。


「なあ音芽。このイラストは、おまえが1年後に異世界で描くイラストだ。よく分からんが、異世界ではこの仕組みで時間が巻き戻るらしい」

『………………』

「音芽?」

『……分かった』

「えっ?」

『5分待って。部室に行くから』


 音芽はそう言って電話を切った。

 しばらくすると電話がかかってきた。


『やあ、誠也クン。だいたいの状況は理解したよ』

「早いな、というか、あっさりだな」

『だって信じるしかないだろう。それに、もし本当のことなら時間がないしね』

「助かるよ」

『まあウソだとしても、これをネタにはるかと仲良くなれる』

「あはは、ほんとに姉さんのこと好きなんだ」

『……未来のボクは、そんなことまでキミに話しているのか』


 音芽は思いっきりため息をついた。

 そして言った。


『さて、キミは何をしたい?』

「俺は……父さんの射殺を阻止したい。それと魅夏たちも救いたい。ちなみに、未来の音芽……と言っていいのかよく分からんが、とにかく、もうひとりの音芽も魅夏と一緒に異世界にいる」

『りょーかい。では、まずお父さんの救出だけれども、これは中継現場に行けばいい』

「ああ」

『魅夏たちを救うためには、異世界のデータが保存されているサーバーを守ればいい。もし異世界が仮想空間なら巨大なサーバーが鬼神市のどこかにあるはずだ。もし仮想空間じゃなかったら異世界は破壊できない、守る必要はない』

「なるほど。で、場所は分かるか?」

『分からない。タイムリミットを考えればね』

「じゃあ、どうする?」

『……鬼神愛とかいう女性ひとの場所を探そうか?』

「できるのか!?」

『ケータイの番号さえ分かれば』

「さすがに、あいつの番号は知らねえよ」


 俺は困り顔で笑った。

 すると音芽が笑い混じりにこう言った。


『番号はボクのほうで調べるよお』

「なんだぁ。で、場所の特定までどれくらいかかる?」

『うん。……今、特定した』

「おっ」

『鬼神愛とかいう女性ひとは、鬼神スカイタワーだね。そこの第2展望デッキの……これは控え室かな? とにかく特設スタジオのあたりにいるよ』

「特設スタジオ?」

『ローカルテレビ局の撮影スタジオだよお』

「ということは?」

『ビンゴ。キミのお父さんは、そこに捕らえられている。少なくとも、お昼にはそこにいる』

「じゃあ行くわ」


 と言って俺は電話を切ろうとしたのだが。

 そのとき、ふとした疑問が頭をよぎった。

 音芽に聞いた。


「父さんの居場所は分かったよ。でも、異世界のサーバーとかいうのは?」

『鬼神愛という女性ひとが、スタジオにいるうちは大丈夫じゃない? その女性ひとはきっと、異世界を破壊するときは、直接サーバーに出向いて自分で破壊すると思うよ? そんな印象を受けたけど?』

「まあ、言われてみればそういうヤツだな」


 ヤツは、なんでも自分でやりたがるタイプだ。

 なにしろ自らの手で俺たちを倒そうとしたくらいである。


『ねえ、誠也クン?』

「あん?」

『ボクに出来ることは?』


 音芽の声色は、いつになく真剣だった。

 だから俺は真剣に聞いた。


「俺は、これから父さんを救出する。姉さんの自殺を防ぐ。なあ、音芽。姉さんを一緒に守りたいか?」

『うん!』

「よし。じゃあ鬼神スカイタワーの前で待ち合わせよう」

『りょーかい!』


 俺と音芽は大きくうなずいた。

 というわけで、俺と音芽は鬼神スカイタワーに向かうのだった。――



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