蛮痴羅2 - 怒りのロリガン -

コールドオープン


 物語の視点は、浅井誠也からひとりの幼女に切り替わる。




   ▽     ▽     ▽

   蛮痴羅2 - 怒りのロリガン -

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 20XX年。甲信越地方の東部に位置するS県。

 その山岳地帯にそびえ立つ鬼神おにかみ刑務所。

 私はそこを訪れた。

 ひとりの蛮痴羅パンチラに会うためである。――



地下冷凍監獄ちかれいとうかんごくに行きたいのです」


 私はゲートでそう告げた。

 すると看守たちは、きょとんとした顔でお互いの顔を見合わせた。

 私が金髪ツインテールの幼女だからである。

 看守が笑い混じりに言う。


「お嬢ちゃんどうしたの? こんなところに、ひとりで来たら危ないよ?」

「地下の冷凍監獄に行きたいのです」

「それは聞いたけど、地下に行くには色々と手続きが必要なんだよ。それにご家族はどうしたの?」

「これではダメですか?」


 私はそう言って、カバンから銃を取り出した。

 これはエフェクターガン。

 ドライヤーを大きくしただけに見えるけど、実はハイテク銃である。


「なっ!?」


 それを見た看守は、いっせいに腰の銃に手をかけた。

 だけど、すぐにリラックスして微笑んだ。

 まさか私のような幼女が本物の銃を持ち歩いているとは思わない。

 看守は笑いながら言った。


「お嬢ちゃん、そんな物を持ち歩いてはダメだよ」

「この銃の紋章が見えませんか?」

「ん? そっ、それは県知事の!?」

「私は県知事の娘です」


 そう言ってゲートを通過しようとした。

 すると、ひとりの看守が立ちはだかった。


「お待ちください、お嬢さま。今から県知事に確認を取ります」

「その必要はありません」

「ワガママを言わないでください」

「そうですね。聞く耳を持たない者には、罰を与えないと」


 私はそう言って、エフェクターガンの銃口を看守の胸に当てた。

 そして撃った。


「ぐはっ!?」


 看守はヒザから崩れ落ちた。

 ほかの看守は、いっせいに腰の銃に手をかけた。

 私はそれを制するようにこう言った。


「今のはフランジャー弾。あたるとマヒします」


 あまりの衝撃に看守たちは言葉もない。

 私は、彼らをそのままにして、地下の冷凍監獄に向かった。

 口をあんぐり開けて私を見送っていた看守たちは、やがて、


「襲撃だ」


 とつぶやいて、それからいっせいに飛びかかってきた。

 私はそれをエフェクターガンで迎え撃った。

 まるで稲光いなびかりのようだった。

 蒼白あおじろい衝撃が看守を襲う。

 反射して、次々と看守に襲いかかる。


「今のは、エコー弾。連鎖するマヒの衝撃です」


 私はそう言い残して、地下に向かった。

 もちろん私が歩いた後には、看守たちが音もなく倒れている。――




   ▽     ▽     ▽


 冷凍監獄は、刑務所の地下深くにあった。

 私はその厳重な扉の前にいた。

 まるで銀行の金庫のような扉だった。

 ボタンを押すと、重厚な扉が大げさな音を立てて開いた。

 そして、なかにははりつけの男。

 男は冷凍睡眠からめたばかりで、両手両足をくさりで縛られている。

 私は一歩、前に出た。

 すると男は顔をあげた。


「キミは?」


 庶民的な高校生のお兄ちゃん。

 しかしその顔には暗い、憎悪がひろがっている。

 ちなみに全裸である。

 私は思わず後ずさりした。

 だけど大きくツバをのみこむと、再び前に出た。

 そして言った。


「あなたは、浅井誠也あさいせいやさんですね?」

「………………」


 男は、うなずくだけで何も言わなかった。

 猜疑さいぎに満ちた目で、私を見ているだけである。

 私は話しかけた。


「あなたは、浅井誠也さん。鬼神高専の1年生で15歳、かつて世界を救った英雄、いえ、蛮痴羅パンチラです」

蛮痴羅パンチラ?」

「『蛮痴羅パンチラとは――。熱い撮影魂さつえいだましい強靱きょうじんな精神力を先天的にあわせ持った、最強カメラマンの呼称である』。私のような幼女だって知ってます」

「ふふっ、その蛮痴羅パンチラが、今は刑務所で冷凍されている」


 浅井さんは、自嘲気味じちょうぎみに笑った。

 私はその下卑げびた笑顔に、ひどく心を痛ませた。

 声をふるわせ、いっしんに言った。


「浅井さん! あなたが刑務所に入ってから、世界はさらに悪くなりました。あなたたちが廃止させた『パンツを見られたら結婚条例』が再び施行されたのです」

「なんだとっ!? 俺は、条例の恒久的こうきゅうてきな廃止を条件に刑務所に入った」

「鬼神市は、あなたとの約束を破ってません」

「どういうことだ!?」

県が・・『パンツを見られたら結婚条例』を施行したのです」


 私の声は地下に響いた。


「あはは」


 浅井さんは笑った。それは生まれて以来、十数年のあいだに築かれた、あらゆる希望、正義、道徳、倫理観を根こそぎに打ち崩されて、あとには何もとどめない、真空な若者の笑いであった。



「浅井さん、県知事をやっつけてください! 条例を廃止して欲しいんです!!」

「……いいよ」


 浅井さんは、父性に満ちた笑みでそう言った。

 それから、おだやかな声でやさしく言った。


「ふたつ条件がある」

「なんですか?」

「ひとつは、俺のことを『お兄ちゃん』と呼べ」

「……浅井お兄ちゃん?」

「誠也で」

「誠也お兄ちゃん?」

「もっと」

「誠也お兄ちゃん」

「甘えるように」

「おにィちゃあん」

「あぁん」


 誠也お兄ちゃんは、恍惚こうこつの笑みを浮かべた。

 ちょっと不安感をおぼえた私は、すばやく聞いた。


「じゃあ、もうひとつは?」

「キミは、いったい何者だい?」


 誠也お兄ちゃんはそう言って、私の顔をのぞきこんだ。

 先ほどとは一転して、不敵な笑みだ。

 だから私は、正々堂々と、真っ正面から言った。



「私は、ロリ・ロリガン。あなたの倒すべき相手、ドナルド・ロリガン県知事の娘です」



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