〃
ジェット機にいよいよ近づいた。
だけどミサイルは少しずつ上にそれ、そしてジェット機はそれと並行するようにわずかに上昇しはじめた。
『熱源誘導だ! 小型ジェットが妨害してるよお!!』
「ああ、分かってる」
お兄ちゃんは、ジェット機をにらみつけた。
今、鬼神家の小型ジェットは、真っ白な満月に向かって飛んでいる。
「あれ?」
「ん? どうしたロリちゃん」
「なんか、かたちが変わってる」
「あっ、ほんとだ」
ジェット機の上部、背中のあたりがパカッと割れていた。
それはメカニカルに変形をして、平らになりステージとなった。
そしてそのステージから、人影がせり上がってきた。
「なんだあれは!?」
「腕を組んで仁王立ちした……女? 女の人です」
「ああ、女が月明かりをバックに、ガイナ立ちしてる」
お兄ちゃんは、ゴクリとツバをのみこんだ。
ミサイルはその間もジワジワと距離を詰め、今ではハッキリとジェット機の女が見えている。女は私たちを見ると、すっと目を細め、かすかに笑った。
おそろしく美しい
私はお兄ちゃんの胸を、ぎゅっとつかんだ。
お兄ちゃんは口をあんぐり開けて、無意識に私の頭をなでていた。
女の声がイヤホンからした。
『私は、
まるで耳に息を吹きかけられたようだった。
私たちは、ハッと我に返った。
お兄ちゃんが、あの野郎ォ――と、つぶやいた。
すると鬼神愛という
おそらく私たちと同じ骨伝導無線をしているのだと思う。
『浅井誠也、ロリ・ロリガン。そしてそこのセスナ、早乙女音芽。よくも、わたくしに歯向かいましたわね』
鬼神愛が整った顔で無表情で言う。
その左目尻と口もとには、生意気なホクロ。
『簡単には死ねませんわよ……』
鬼神愛の、ぞっとするほど冷たく低い声。
純白に紫が彩られたワンピースが、ぴたりと風で体に張りついている。
胸が生意気そうに上を向いている。
にぎりつぶせそうなくらい、か細いウエスト。
やわらかそうな太ももと、その奥の丘。
この世のものとは思えない、まるで芸術作品のような
鬼神愛は、私たちを
『ふうん』
舌なめずりをした。
うすく上品なくちびるが濡れている。
「野郎ゥ!」
お兄ちゃんが飛び降りた。
ジェット機の尾翼あたりに着地した。
鬼神愛のステージは、前方主翼の中心、操縦席のすこし後ろにある。
お兄ちゃんは、四つんばいで
噛みつくような目で鬼神愛をにらみつけた。
すると鬼神愛は、にたあっとひどく下品な笑みをした。
低い声で短く言った。
『動くな』
鬼神愛は、拳銃をお兄ちゃんに向けた。
そしてその後ろからは、十字架のような鉄柱と、
女の子は魅夏さんだった。
「先輩!」
お兄ちゃんが飛び出した。
すると鬼神愛は、拳銃を魅夏さんに向けた。
お兄ちゃんは、ぐっと急停止した。
鬼神愛は、ひどく全能感に満ちた笑みをした。
そして言った。
『鬼神高専の襲撃は無駄足だった、そう思ったのだけれども。橘魅夏のパンチラ写真という予想外でとても大きな、素晴らしい収穫がありましたわ』
「……それで先輩を脅したのか」
『ようやく手なずけることができましたのよ』
鬼神愛は、ひどく残忍な笑みをした。
魅夏さんが、ううっとあえぎ声をもらした。
おそらく麻酔のようなものを打たれて、意識がもうろうとしている。
少なくとも全身はマヒしている。
お兄ちゃんが叩き付けるように言った。
「なぜだ! なぜこんなことをする!!」
『条例の邪魔だから』
「なぜ条例にそこまでこだわる?」
『おまえたちが嫌がるから』
「ああン?」
『おまえたちの嫌がる顔が見たいから、あんなアホな条例を無理やり施行させたのよ』
「なに言ってんだ、てめえ?」
『ほほほ、あんなアホな条例をありがたく掲げて、それに
「それが見たくて条例を施行したのか」
『ええ』
きっぱりと、鬼神愛は言った。
お兄ちゃんは、いやあな顔をした。
鬼神愛は上機嫌で言った。
『ただしそれも今日でお終い。わたくしは、これから月に参りますのよ』
「月ィ!?」
『おまえたちがパンツに
「それで地球を狙うのか!?」
「わたくしは月からおまえたちを支配するのです』
「はァ!?」
『長年の夢がついに叶いましたわ』
「夢?」
『ええ。そして人類は新たな統治体系を手に入れるのです。名付けるならそれは――月面完全独裁制』
はァっと、お兄ちゃんは息をもらし失笑した。
鬼神愛の真剣味に、ちょっとついていけないというような、距離感のある顔である。
お兄ちゃんは、めんどくさそうに頭をかいた。
それから前に出た。
そして腹の底から声を出し、鬼神愛を
「そんなことはどうでもいい! てめえは俺の大切な人を傷つけた!!」
すると鬼神愛は、自身の手首を見た。
そうやって腕時計を確認すると、彼女は、にたあっと下品な笑みをした。
それから喜びをおさえきれずにこう言った。
『午前零時になりましたわ。浅井誠也クン、16歳の誕生日おめでとう』
「なにィ!?」
お兄ちゃんが私の顔を見た。
私は、あわてて日付を伝えた。
お兄ちゃんの顔から血の気がみるみる引いていった。
『ほほほ。その顔です、その顔ですわァ――!!』
鬼神愛が高らかに笑った。
そして、なんとワンピースのスソをつまんだ。
まるでハンカチをつまむように。
ゆっくりとハンカチをつまんで持ちあげるようにして。
鬼神愛はワンピースを、じわじわとめくり出したのだ。
『ほほほ、浅井誠也ァ! わたくしの夫奴隷になりたくなければァ、目を閉じッ! ふるえてェ!! そこにひざまずけェ――!!!』
鬼神愛は狂ったように笑うと、スカートをめくり上げた。
鬼神愛のそこだけはむっちりとした太ももと、そのあいだと奥があらわになった。それを切れ上がった黒光りする下着が締めつけている。
「くっ……」
お兄ちゃんは、くやしそうに顔をそむけ、歯を食いしばった。
だけど私は、さっきからずっとやられっぱなしで腹が立っていた。
だから私は鬼神愛にカメラを向けて、
カシャァ! カシャァ! カシャァ! カシャァ! カシャァッ……――。
とりあえずフィルムに焼きつけるのだった。
■ROUND3 オペレーション・リザルト■
マン・ターゲット :鬼神愛 鬼神家当主 20代半ばと思われる
マテリアル・ターゲット :絹と綿の混紡、ハーフレース
備考 :サテン織り、それはまるで南米のチョウのよう
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