〃

 屋上に出た。

 誠也お兄ちゃんは私に気付いた。

 困り顔で頭をかいた。そして言った。


「やっぱり来たんだね」

「うん」

「じゃあ……。一緒に鬼神家を倒そうか」

「うん!」


 私と誠也お兄ちゃんは、かたく握手をかわした。

 私はお兄ちゃんに一人前に扱われて、なんだか誇らしげな気持ちになった。

 音芽さんが言った。


「あそこに新型セスナが隠してある。あれで行こう」

「新型?」


 お兄ちゃんが眉をひそめた。

 すると音芽さんは、おどけてこう言った。


「実は前からあったんだけどね、遠隔操縦できないから使わなかったんだ」

「遠隔操縦できないって、なんか性能ダウンしてね?」

「ううん、それ以外がすごいんだよお」


 音芽さんは、お兄ちゃんの腕を引っぱった。

 向かった先には、少し大きめのセスナがあった。

 濃紺で流線型のボディ、主翼の下にはマグロのようなミサイルが何個もぶら下がっている。


「ミサイルまであるのかよ」

「えへへ」

「これもうセスナじゃないだろ。日本を飛んで良いのかよ」

「じゃあ止める?」


 音芽さんはスケベな笑みでそう言った。

 するとお兄ちゃんは、ニヤリと笑ってセスナに乗った。

 私も後に続いた。

 音芽さんはセスナに乗ると扉を閉めて、操縦席に座った。

 パチパチとスイッチを入れると、セスナはウォームアップを始めた。

 音芽さんが言った。


「鬼神家の大屋敷は群馬との県境……四阿山あずまやさん系にある。そこに向かうよ?」

「うん。あーそれと、魅夏先輩は?」

「ええっと。うん、魅夏も四阿山あずまやさん系だ」

「同じ方角か」

「もしかしたら鬼神屋敷にいるかもね?」

「もしかしたらって、場所分からないの?」

「鬼神屋敷は地図に載っていないんだ。だから近くまで飛んで、あとは目視で探すしかないんだよお」


 そう言って、音芽さんはセスナを発進させた。

 私とお兄ちゃんは、後部座席に並んでシートベルトを装着した。

 セスナは、あっという間に飛びあがり、進路を東へと向けた。

 日はすっかり暮れて、夜空になっている。


「しばらくかかるよ」

「じゃあ、ちょっと休ませてもらうよ」


 お兄ちゃんはそう言って、座席に深く沈みこんだ。

 私はお兄ちゃんの胸にちょこんと頭を乗せて、外の景色を観た。――




   ▽     ▽     ▽


 四阿山あずまやさんは標高2354メートル。

 その百名山に数えられる名峰のどこかに、鬼神家はある。

 鬼神市、いやS県の有力者を陰に陽に操り、支配している鬼神家。

 その巨大な悪の根城に今、蛮痴羅パンチラは向かっている。


「そろそろだよ」


 音芽さんが言った。

 するとお兄ちゃんは、むくりと上体を起こした。

 私はお兄ちゃんと一緒に外を見た。


 そこは雄大なる大山塊。

 その先には、大牧場が広がっている。

 大牧場には、ぽつぽつと豪奢ごうしゃな家屋が建っている。

 間違いない。


「鬼神家だ」


 私とお兄ちゃんは同時に腰を浮かせた。

 が。

 そのときだった。


 ぎゅううぅぅううううんんんんん!!!!!!


 大屋敷からジェット機が飛び立った。

 十数人乗りのビジネスジェットで、小型だけどものすごく速い。

 小型ジェットは旋回すると、北へと飛び去った。


「あっ!?」

「鬼神の野郎か!?」

「間違いない、逃げる気だ」

「追え!」

「分かってる!」


 音芽さんはセスナを大きく旋回させた。

 小型ジェットを追いかけた。

 しかしまったく追いつけない。

 むしろじわじわと離れているように見える。


「音芽ェ!」

「でも追いつけない!!」

「ちくしょう!」


 お兄ちゃんが立ち上がった。

 パラシュートを乱暴に引っつかんだ。

 扉に手をかけた。そして叫んだ。


「音芽ェ! ミサイルを撃てェ!!」

「へっ!?」

「あのジェット機に向けてミサイルを撃て」

「いっ、いいけど、きっとあたらないよ? 妨害装置がついてるよお」

「俺がミサイルに乗る。それなら問題ない」


 お兄ちゃんはドヤ顔でそう言った。

 音芽さんはゴクリとツバをのみこんだ。

 急いでミサイルの発射準備にとりかかった。

 私はあわててパラシュートを準備した。


 いや、なにが「問題ない」なのか分からない。

 だけどお兄ちゃんの熱い眼差しには、どんな言葉も通用させない迫力と、そして絶大な自信があった。

 私たちは、お兄ちゃんの気迫に負けた。

 いきおいに誤魔化ごまかされたと、言い換えてもいい。


「行くぞ!」

「うん!」


 私が隣に並ぶと、お兄ちゃんは苦笑いした。

 私は、ぷっくらとほっぺたをふくらませた。

 するとお兄ちゃんは、セスナの進行方向をチラリと見て、おどけて眉をあげた。私はセスナの向かう先を見た。

 ものすごい突風だ。

 夜風が肌を切り裂くようである。

 私は困り顔でお兄ちゃんを見た。

 お兄ちゃんは、やさしく微笑んだ。

 だから私は、お兄ちゃんの胸に飛びこんだ。まるでコアラのように両手両脚で抱きついて、付いていくことにしたのである。


「しっかりつかまっているんだぞ」

「うん!」


 お兄ちゃんは、私の頭をなでると扉からダイヴした。

 それから発射したばかりのミサイルをワイヤーで捕らえた。

 ワイヤーを戻し、私をかかえてミサイルにつかまった。

 そして私たちのぶらさがったミサイルは――マッハ4というバカみたいな速度で――鬼神家の小型ジェットを追いかけるのだった。




   ▽     ▽     ▽


 ミサイルは小型ジェットにどんどん迫った。

 だけど小型ジェットも負けてはいなかった。

 いきなり加速したのである。


「だけど距離は縮まっている」


 お兄ちゃんは、不敵な笑みでそう言った。

 もうマッハ4には慣れたらしい。

 お兄ちゃんは私をしっかり抱きしめながら、あたりの景色を楽しんでいた。

 しかし――。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


      WARNING!!


   A HUGE MISSILE&

  MIKOFUKU PANCHIRA

 IS APPROACHING FAST


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 突然、イヤホンから警報が鳴り響いた。

 そして背後からものすごい熱源が迫ってきた。


「音芽ェ!?」

『ハッキングされた! しかもミサイルがっ!!』

「なにィ!?」


 このお兄ちゃんの叫びと同時だった。

 私たちのミサイルの横に、もう一本のミサイルが並んだ。

 そしてそのミサイルの上には、なんと美女が立っていた。


桔梗ききょう!?」

「あはは」


 あははははは――と、桔梗とかいう人は高笑いした。

 まるでサーフィンでもするようにミサイルに乗って、お兄ちゃんを思いっきり見下している。


「桔梗! 何やってんだァ!?」

「あらお久しぶりね、誠也クン。その後、元気?」

「いやっ、今ちょっと忙しいからっ。しゃべってるヒマないから」

「あらそう、それは残念。でも、忙しいのは誠也クンだけじゃないのよ?」

「だから何をやっているんだよっ」

「見て分からない? ワタシは今、あのジェット機にマッハ5でぶつかろうとしているの。ジェット機にはね飛ばされて、異世界にトリップするところなの」

「はあん?」


 お兄ちゃんと私は、思いっきり首をかしげた。

 すると桔梗さんは、得意げな笑みでこう言った。


「それじゃ、また後ほど会いましょう。ああそれと最後に誠也クン。そろそろ誕生日だと思うけど、気をつけてね」


 桔梗さんを乗せたミサイルは、唐突に加速して、鬼神家のジェットに突っこんだ。

 そしてまさに衝突するその瞬間。

 バシュン! ――と、ミサイルは稲光を発して忽然こつぜんと消えた。

 ジェット機には傷ひとつない。

 ミサイルは跡形もない。

 まるで大掛かりな手品を見ているようだった。


「えぇっ!?」


 私が呆然としていると、お兄ちゃんは私をぎゅっと抱きしめて言った。



「あの女性ひと、俺たち以上にキチガイだから。あまり深く考えちゃダメだよ」


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