ROUND3 パトロン蛮痴羅

「鬼神家?」


 誠也お兄ちゃんが聞いた。

 お父さんが応えた。


「鬼神家。市の名前になるくらい大きな家です。聞いたことはあるでしょーう」

「伝説とか神話のたぐいだと思ってた」

「鬼神家は、鎌倉時代からの旧家でありこの土地の名士。所有する土地は鬼神市のほぼ全域、それに隣接する2市のおよそ50%。現代に生きる大領主、中世ヨーロッパの大貴族に似ていまーす」

「すげえな」

「しかーもっ、それだけではありませーん。S県の地場産業のほとんどは、鬼神家の資本でなりたっているのでーす」

「なんだか、リアリティのないデカさだな」


 誠也お兄ちゃんとお父さんは、困り顔でため息をついた。

 お兄ちゃんが聞いた。


「ようするに、そいつが黒幕なんだな?」

「イエース」


 お父さんは大きくうなずいた。

 そのとき、音芽さんが意識を取り戻した。

 音芽さんは精一杯の笑みでこう言った。


「とにかくまあ、バカバカしい大きさの敵だね」


 それから立ち上がると、音芽さんはパソコンのところに座った。

 画面に複数のウィンドウを開いた。

 それを指差しながら彼女は話しはじめた。



「それじゃあ、現在の状況を確認しようか」

「うん」

「ボクたちの最終目的は『パンツ条例の撤廃』。一方、鬼神家はボクたちの邪魔をしたから『パンツ条例を存続』させたい立場にある。……と考えて間違いない」


 誠也お兄ちゃんと私は、ゆっくりうなずいた。

 お父さんが大きくうなずいた。

 音芽さんは続けて言った。


「鬼神市の場合は、『パンツ条例の撤廃』のために、市長・警察署長・住職に『条例の否決』をさせなければならなかった。この3人に市政が牛耳られていたからだ」

「ああ。だからヤツらをブッ潰した」

「ところが――。ふたを開けてみればその3人は、さらに巨大な権力者・鬼神家の下僕だった」

「だからヤツらを倒しても、また条例が施行されたわけか」

「今度は県知事を操って」


 音芽さんは寂しげにそう言って、気づかうような目でお父さんを見た。

 するとお父さんは、サッパリとした笑顔でこう言った。


「心配いりません。私は知事を辞職しまーす」

「えぇっ!?」

「『パンツを見られたら結婚条例』の適応は16歳以上の未婚の男女。この子が16歳になる前に、アメリカに帰るのでーす」

「でもせっかく知事になったのに」

「この子のためでーす」


 お父さんは私を抱きしめた。

 それから真剣な目をして、誠也お兄ちゃんに言った。


「思う存分やりなさーい」


 お兄ちゃんは、噛みしめるようにうなずいた。

 それから不敵な笑みでこう言った。


「じゃあ、鬼神とかいうヤツは遠慮なくブッ潰す」

「ブッ潰すって……」


 音芽さんが眉をひそめた。

 あまりにも敵が大きすぎるからだ。

 だけど誠也お兄ちゃんは、まったく物怖じしていない。


「話し合いで解決する問題でもないだろ。俺たちは、なにがなんでも条例を撤廃したい。鬼神の野郎は、なにがなんでも条例を存続させたい。平行線だよ」

「それは、そうだけどさあ」

「音芽をッ!」


 ここを襲撃されているんだ――と、誠也お兄ちゃんは言った。


「絶対に音芽のかたきはとる。鬼神家は潰す。これはそういうシンプルな話だ」


 誠也お兄ちゃんは言い切った。

 音芽さんは涙で顔をくしゃくしゃにした。


「音芽、一発ぶちかますぞッ!」

「うん、派手な花火を打ち上げよお!」


 誠也お兄ちゃんと音芽さんは、がっちり握手した。

 やがてお兄ちゃんは言った。


「じゃあ、さっそく行ってくる」

「行くって、もう夜だよ!?」

「むしろ好都合だ。音芽、そいつは今どこにいる?」

「ちょっと待ってね」

「ナビしてくれ。俺はセスナに向かう」

「待ってよ誠也! ボクも行くよ」

「大丈夫か?」


 誠也お兄ちゃんが聞くと、音芽さんはバチッとウインクをした。

 だけど、ふらりとよろめいた。


「音芽!?」

「大丈夫だよお」


 誠也お兄ちゃんは、音芽さんを抱きとめた。

 それから少し考えた後、お兄ちゃんは音芽さんに肩をかしてセスナに向かった。




   ▽     ▽     ▽


 ふたりが作戦本部を出るとお父さんは言った。


「ロレイヌ、帰りまーすよ」

「でも」


 私は躊躇ちゅうちょした。

 するとお父さんは、穏やかな笑みでこう言った。


「私たちができるのは、ここまで。あとは彼らの戦いでーす」

「それは私だって」

「おう、違いますロレイヌ。彼らは鬼神市の住民、だから自らの手で自由を勝ち取らねばならない。しかし、ロレイヌ。おまえは鬼神市で育ってませーん。それどころか生まれはダラス、テキサスでーす」

「うん。そうだけど」

「守るべきところを間違ってはいけませんよ」


 と、お父さんは言った。

 その理屈はなんとなく分かった。

 それはもっともなことだと頭では理解した。

 だけど、私の心は納得しなかった。


 それとなく、それっぽい理屈に納得するのがオトナだというのなら。

 私は子供のままでいい。


 そう結論すると、私は引き金を引いた。



「お父さん、ごめんなさい」


 私はお父さんとそのSPをエコー弾でマヒさせた。

 そして、誠也お兄ちゃんと音芽さんを追いかけるのだった。――



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