〃

 橘魅夏たちばなみかさんは濃赤のストレートヘアで、やや長めのショートボブ。

 まるでアイドルのような派手な顔だった。

 そんな魅夏さんは、半そでのワイシャツ、茶色のベスト、短めのスカートにジャージという姿で、ヘリの回転翼の上を走ってた。

 ちなみにお兄ちゃんも、私をおんぶして回転翼を駆けている。

 魅夏さんが叫んだ。


「どうした誠也ァ!?」

「脱獄したんだよ」

「どうやってェ!?」

「この子が出してくれた」

「その幼女がァ!?」


 魅夏さんは、私を見て驚いた。

 が、すぐにやれやれと肩をすくめた。

 それから母性に満ちたため息をつくと、魅夏さんは言った。


「ウソをつくなら、もっとマシなウソをつきなよ」

「ウソじゃねえよ!」

「じゃあ、てめえは偽者にせものだな。誠也そっくりのサイボーグだろ」

「そんな音芽みたいなこと言うなよっ」


 誠也お兄ちゃんは、飛びはねるようなツッコミをキメた。

 私も、天丼ギャグかよ――と、密かにツッコミを入れた。

 だけど魅夏さんには通じなかった。

 たちまち不機嫌になったのだ。


「てめえ音芽に会ったのか?」

「あ? ああ」

「なんで、真っ先にあたしに会いに来ないんだ」

「いや、そんなこと言うけどさあ」

「ああン?」

「別に音芽に会いに行ったわけじゃないんだよ。学校に行っただけだよ」

「言い訳すんのかコラァ」

「っていうか、先輩の居場所分かんなかったし」

「うっせえ」


 魅夏さんはカタナで飛びかかってきた。

 誠也お兄ちゃんはそれを飛び避けた。

 ちなみに何度も言うようで申し訳ないけれど、ヘリの回転翼の上である。


「危ねえだろ!」


 誠也お兄ちゃんは、飛び交う刃を器用に避けた。

 魅夏さんはイライラしながら、しつこくカタナを振りまわした。


 びゅっ!


 一瞬、斬られた! ――そう思った。

 ひやっとするようなところを刃が通った。

 私は、お兄ちゃんにしがみついた。

 お兄ちゃんは、ぎゅっと私を引っぱり寄せて、前に持ってきた。

 そうやって私を胸に抱くと、頭をなでた。

 そのとき、私と魅夏さんの目と目があった。


「えっ?」


 魅夏さんの瞳が、くわっと見開いた。

 おそろしい悪相に変わった。

 陽気でアイドルみたいな魅夏さんに、このような凄まじい、炎のようなオンナの嫉妬しっとがあるとは思いがけなかった。

 私はおびえ、きつくしがみついた。

 するとお兄ちゃんは、ぎゅっと、さらにきつく私を抱いた。

 そしてそれを見た魅夏さんは、ますます怒り狂うのだった。


「誠也ァ!」


 魅夏さんは完全に逆上していた。

 誠也お兄ちゃんは、そんな魅夏さんに慣れているのか、あきらめているのか、とにかくため息をついて様子をうかがった。

 と。

 そんな一触即発で危機一髪なヘリの回転翼の上で。

 唐突にイヤホンから音芽さんの声がした。


『こちら作戦本部ッ!』


 ひどく切迫した声である。

 私とお兄ちゃんは目と目を合わせると、同時にツバをのみこんだ。


『学校が襲撃を受けている! 救援に来てくれ!!』


 その言葉を最後に通信は途絶えた。

 数分にも数十分にも感じられる沈黙が流れた。

 誠也お兄ちゃんが魅夏さんに言った。


「音芽からSOSが入った! 学校が襲撃されている!!」

「また音芽かよ!」

「そんなこと言ってる場合じゃない! 助けに行かないと!!」

「なっ、なら勝手に行けばいいじゃん」

「そんなガキみたいなこと言うなよ」

「うっせえ。だいたい、あんたはすぐそうやって女にれる。ちょろすぎるんだよ」

「あ? なに言ってんだァ!?」

「あたしと音芽! 誠也はどっちを選ぶんだよ!?」

「はあん?」


 誠也お兄ちゃんは、思いっきり眉をひそめた。

 私も一緒に眉をひそめた。

 さすがに魅夏さんの甘えん坊っぷりは、幼女の私から見てもどうかと思う。

 お兄ちゃんがあきれて言った。


「先に戻ってるぞ」

「あっ、ああ」


 魅夏さんは口をとがらせた。

 たぶん強引に連れ帰って欲しいのだと思う。

 というか、そんな気持ちが思いっきり顔に表れていた。

 なんというか分かりやすい、ウソのつけない女性ひとだった。


「飛び降りよう!」


 誠也お兄ちゃんはそう言って、アパッチの回転翼から飛び降りた。

 するとセスナが、私たちを下からすくいあげるように飛んできた。

 私たちはセスナに飛びこんだ。

 お兄ちゃんは操縦席に座ると、遠隔操縦モードを解除した。

 そしてセスナを鬼神高専へと向けた。

 日が沈みかけている。――




   ▽     ▽     ▽


 鬼神高専に戻った。

 私たちは、あわてて作戦本部に戻った。

 床にはOA機器が散乱している。

 プリントが散らばっている。

 そんななかに音芽さんは倒れていた。


「音芽ェ!!」


 誠也お兄ちゃんが抱き起こした。

 すると音芽さんは、うっすらと目を開いて、ふるえる声でこう言った。


「ボクのことよりも、ヤツらを追って」

「ヤツら!?」

「ヤツらがボクの秘蔵データを……魅夏のパンチラ写真を……」

「おまえっ!? いつの間にそんなものをっ!?」

「ごめん、つい出来心だったんだ」


 音芽さんは気を失った。

 左眉のところから出血をしている。

 その綺麗な顔に傷がある。


「ゆるさねえ……」「うん!」


 ふつふつとこみ上げてくる怒り。


「絶対に、ゆるさねえ……」


 誠也お兄ちゃんの瞳は、蒼き復讐の炎で静かに燃えている。

 私だって激しく怒っている。

 が。

 そんな作戦本部に、武装した集団が突然やってきた。

 彼らは部屋に入ると散開し、アサルトライフルを私たちに向けた。

 そしてその後から、ゆっくりと金髪のオッサンが現れた。



「っていうか、お父さん!?」

「おう、ロレイヌ!」


 お父さんは私に向かって猛ダッシュ、まるでゴールをキメたサッカー選手のようにヒザで滑ってくると、そのいきおいのまま激しく私を抱きしめた。

 そしてワンワン泣きはじめた。

 これじゃどっちが子供だか分からない。

 私は、困り顔で誠也お兄ちゃんを見た。

 お兄ちゃんはお父さんとは敵だけど、それでもなんとなく事情を察して、私たちを黙って見守っていてくれた。

 やがてお父さんは落ち着きを取り戻した。

 お兄ちゃんを見て、それからこう言った。


「あなたは浅井誠也さんですねー?」

「ええ」

「私はこの子の父親、県知事のドナルド・ロリガンでーす」

「ああ、はじめまして」


 誠也お兄ちゃんは、お父さんのフランクな態度に戸惑った。

 お父さんは続けて言った。


「結論から先に言うと、私はあなたの敵ではありませーん。『パンツを見られたら結婚条例』には反対でーす。もちろん、ここを襲撃したのは私の指示ではありませーん」

「はあん?」

「私はおどされていたのでーす」

「なんだとっ!?」

「娘のパンチラ写真をパパラッチされましたー」

「それで脅されていたと言うのか」

「これを見てくださーい」


 お父さんはそう言って、私のパンチラ写真を誠也お兄ちゃんに手渡した。

 ちょっと。

 そんな気安く人のパンツを見せないでほしい。

 そう思って私が口をとがらせていると、お父さんはひどく深刻な顔をして言った。


「私を脅迫したのは鬼神家。ここを襲撃したのは、娘のロレイヌを誘拐するためでーす」




■ROUND2 オペレーション・リザルト■

 マン・ターゲット    :ロリ・ロリガン S県知事の娘

 マテリアル・ターゲット :T/Cブロード(ポリエステル混紡)。お尻全体をゆったりおおう

 備考          :ビーバーのバックプリント、女児ショーツ


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