〃

『アパッチの飛行可能高度は6400メートル。飛行速度は時速300キロ超。機関砲、76発のロケット弾、空対地ミサイル、空対空ミサイルを搭載。まともに戦える相手じゃない』

「そいつに魅夏先輩は乗ってンのか。つーか、なんで攻撃してくるんだよ」

『そんなの知らないよ。ボクに怒るなよお』

「怒ってねえ」

『ふうん? まあ、魅夏からはそのセスナが敵に見えるんでしょ』


 音芽さんは、今更そんな無責任なことを言った。

 誠也お兄ちゃんが苦笑いで聞いた。


「で、どうする?」

『誠也が10メートル以内に近づけば、通信機器をハッキングできる。魅夏と話ができるよ』

「ハッキングは音芽がやってくれんのか?」

『もちろん』

「というか、10メートルまで近づいたら、わざわざハッキングとかしなくても、俺の顔を見せれば良くね?」

『うーん。でも、やっぱり話したほうがいいよ。ボクのときみたいにクローンとか色々と誤解するかもしれないし』

「それもそうだな」


 と、ふたりは納得したけれど。

 普通の人は、クローンの可能性を疑ったりしないと思う。



「で、音芽。10メートル以内で何分だ? 何秒でハッキングできる?」

『5分、いや最低でも10分は欲しいねえ』

「8分でやれ。で、俺はこれから飛び移るぞッ!」

「飛び移るって!?」

「どうしたロリちゃん?」

「だって、あのヘリは私たちを敵だと思ってるんですよ? 撃たれますよ!?」


 私は思わず叫んでしまった。

 すると誠也お兄ちゃんは、私の肩に手をのせ、やさしく微笑んだ。

 それからゆっくりと説明をした。


「いいかロリちゃん。あのヘリをよく見てごらん。真上に攻撃することができないでしょ? そういうかたちをしてるよね?」

「うん」

「だから、あの回転翼に飛び移るんだ。真上から飛び移れば撃たれないよ」

「かっ、回転するメインローターの上を、ランニング・マシーンのように走るんですかっ」

「その通り。そこからハッキングをしかけよう」

「10分も走り続けるの!?」

「音芽なら8分でやってくれる」


 誠也お兄ちゃんは得意げに胸を張った。

 私は口をあんぐり開けたままでいた。

 音芽さんが言った。



『アパッチのメインローターは、1分間に289回転。1秒間におよそ4.81回転だね。メインローターの翼は4枚だから1秒間に約19.2回、翼が足もとを通過する。それをタイミング良く踏んでいけばいい――という理屈になる』

「速いね」


 私と音芽さんは、しょんぼりした。

 だけど誠也お兄ちゃんは不敵な笑みで、そんなことはないと言った。


「1分間に289回転ということは、音楽でいうとテンポ(BPM)289で4分音符の速さ、BPM144.5で8分音符の速さだ。ドラムには両足で足踏みするようにバスドラムを叩く『ツーバス』という奏法がある。この奏法は通常16分音符の速さで足踏みするんだ」

「なにが言いたいの?」


 怪訝けげんな顔で聞いてみた。

 もしかしたらお兄ちゃんは、おかしくなってしまったのかもしれない。

 いや、初めから少しおかしなところはあったのだけど。


「アイドルやアニメなどの馴染みのある曲だと、このツーバスはBPM150以上、スラッシュメタルだとBPM200以上で16分音符の速さだ。BPM144.5で8分音符、あるいは16分音符というリズムは、みんなが思っているよりもかなり遅い。死ぬ気で足踏みすると、ヘリの回転翼より速くなってしまう。1分間に289回転とは、そういう速さなんだよ」


 私は思わず、こいつ大丈夫かな? ――といった目で見てしまった。

 だけどお兄ちゃんは、むしろ誇らしげな笑みをした。


「このリズムだよ」


 そう言ってヒザを叩きはじめた。

 やがてヒザを叩くリズムにあわせて、足踏みをはじめた。

 私があ然として見ていると、お兄ちゃんは笑顔でうながした。

 私はしぶしぶリズムにあわせて足踏みをした。

 お兄ちゃんは笑顔でうなずいた。


「じゃあ行ってくる!」


 誠也お兄ちゃんはそう言って、スカイダイビングの準備を整えた。

 私はあわてて横に並んだ。

 お兄ちゃんは、「ロリちゃんはここで待っていなよ」みたいな顔をしていたけれど、でも、だからといって素直に待っているほど私は子供じゃない。


『それじゃあ、上空から接近するよ?』


 音芽さんがそう言って、セスナを旋回させた。

 限界高度4000メートルでアパッチの上空を通過するそうだ。


『ちょっと加速度がかかるよ』


 この音芽さんの言葉とともに、セスナはアパッチにお腹を見せて急上昇。

 アパッチがそれを追って上昇した。

 だけどセスナは振り切った。

 上空を制したのである。


「行くぜッ!」

「うん!」


 あとで考えて、そのとき気が違わなかったのが不思議なんだけど。

 なんでヘリの回転翼を走ろうと思ったのか、ほんと分からないのだけれども。

 しかし、このときの私はすでに冷静な判断力を失っていた。

 私は、誠也お兄ちゃんと一緒にメインローター目がけてダイヴした。――




   ▽     ▽     ▽


 私たちはヘリの回転翼に飛び乗った。


「さっきのテンポだッ!」


 誠也お兄ちゃんは叫ぶと、すぐさま三段跳びのように、ホップ、ステップ、そして三歩目からは、リズミカルに足踏みをはじめた。


「やっぱ無理!」


 だけど私はダメだった。

 両手両脚を広げて元気いっぱい、お兄ちゃんに飛びこんだ。

 そうやってお兄ちゃんの背中にしがみついたのだ。


「お兄ちゃんごめん。重くない?」

「大丈夫だよ」


 誠也お兄ちゃんは、ほがらかに笑った。

 私の頭をなでた。

 そのとき、イヤホンから音芽さんの声がした。


『重力とヘリの揚力ようりょく均衡きんこうしているからね。わずかに無重力状態となっているんじゃない?』

「なるほど、って、そんなことはどうでもいいが」

『ハッキングだよね』

「よろしく」


 お兄ちゃんは、懸命に平常心を保ちながらランニングをしていた。

 私は髪が気になってしかたがなかった。

 回転翼が上から下へと空気を吸っている。

 髪の毛が上からおさえつけられるように張りついている。

 口に入るんじゃないかというくらい、ほっぺたに張りついている。


 ひどい見た目なんだろうな。

 こんな姿、お兄ちゃんに見られたくないな。


 そんなことを考えていたら、音芽さんが言った。


『キミたちが今いる四阿山あずまやさん系は、標高およそ2000メートル。しかも、ヘリの高度は1000メートルを超えている。9月とはいえ寒いんじゃない?』

「音芽、まだか?」

『うーん、もうちょっと』

「早くしてくれっ」

『やってるって』

「ほんとかよっ」


 誠也お兄ちゃんと音芽さんは仲良くケンカした。

 ちなみに私は今、お兄ちゃんの首のあたりに張りついて、ぷらぷらと体を宙に浮かせている。


『回線を開いたよ』


 音芽さんの呑気な声がした。

 誠也お兄ちゃんは安堵のため息をついた。

 と。

 そのときだった。


「必殺ッ! 旋風斬せんっぷーざんッ!!」


 カタナの少女がアパッチから飛び出した。

 それからなんと、回転しながら急降下、


「いやぁぁぁああああ――――――!!」


 っと、私たちのいる回転翼に墜落した。

 そして、それが当然――みたいな顔でランニングをしはじめた。


「あっ、魅夏みか先輩」

「よお! どうした誠也!?」


 魅夏先輩という人は大らかに笑った。

 まるで太陽のような笑みだった。



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