〃

 王都へ向かうその道中。

 桔梗がべっちゃりとした声で言った。


「しかし、シーフはないわよ。ありえないわあ」

「またその話? 蒸し返すなよ」

「だってシーフよ? 呪術師のワタシとシーフのあなた。ふたりとも非戦闘職で、旅をするには頼りないわあ」

「別に自称するくらい、なんだって良いだろ。深刻に考えすぎだよ」

「あはは、あなたまだ理解してないの? ここは異世界よ、申請した職業によってさまざまな特典が得られるのよ」

「あー、そういえば『テラー』とかいう呪術を使ったみたいだな」

「あなたもそのうちゲットするわよ。シーフのスキルをね」


 桔梗はイヤミったらしく言った。

 俺は思いっきり不快な顔をした。

 普段は魅夏みたいなカラッとした人と一緒にいるから、こういうネチネチとしたタイプは堪えられなかった。

 つい、イヤな感じで質問をしてしまった。


「そんな言うけどさあ、その呪術なんとかっていう職業はどれだけ優れているんだよ」

「あはは、失礼ね。ワタシにふさわしい最強の職業よっ」

「ああン?」

「最強の呪術を習得できるのよっ」

「どんなァ?」

「時間の巻き戻し」

「はァ」


 っと、俺は息を漏らして失笑した。

 今まで随分とおかしなことを経験してきたが、それはさておき、ここまで頭のおかしなことを自信満々に言う女は初めて見た。

 だってそんなウソ、0.5秒でバレるじゃないか。

 ウソをつくならもっとマシなウソをついてほしい。

 俺は桔梗のことをキチガイだけど論理的な思考のできる、話の分かるキチガイだと思っていた。それだけに、頭がいかれてしまったんじゃないかと心配した。

 気の毒に思い、そんな顔をしてしまった。

 が。

 しかし、桔梗はむしろ誇らしげな顔をした。

 それから全身全霊をあびせるようにして、俺の胸に飛びこんできた。

 そして彼女は俺の首に腕をからみつかせると、くちびるがふれそうなほど顔を近づけて、全能感に満ちた笑みでこう言った。


「ねえ、誠也くん。ワタシって実は、本気であなたのことを好きなのよ」


 それから桔梗はくちびるを、俺のくちびるに押しあてた。

 目をぎゅっとつぶり、ふるえながらも愛情たっぷりのキスをした。

 俺はキモをつぶさんばかりに驚いた。

 で。

 それと同時に、バチン! ――と、火花が散るような音がして、なにかげたようなにおいが立ちこめた。俺の視界はまっ白になった……――。





 ――……俺はあごをしゃくるような声でこう言った。


「ああン?」

「最強の呪術を習得できるのよっ」

「どんなァ?」

「時間の巻き戻し」

「はァ」


 っと、俺は息を漏らして失笑した。

 気の毒に思い、そんな顔をしてしまった。

 が。

 しかし、彼女はむしろ誇らしげな顔をした。


「今、あなたが経験したのが時間の巻き戻し。呪術師の最強呪術『エンドレス・サマー・キャンプ』よっ」


 俺が思いっきり眉をひそめると、彼女は背を向けた。

 それから首をねじむけると、もう一度言った。


「ワタシは今、時間を巻き戻したのよ」

「あ-、はい、分かりました」


 俺はそんなテキトーな返事をすると、先を急いだ。

 視界は開け、王都の城壁がすぐそこに見えていた。――




   ▽     ▽     ▽


 俺たちが城門に到着すると、王都は大騒動となった。

 なにしろ王女が襲われ、護衛の騎士が何人もやられている。

 これでは騒ぐなというほうが無理である。

 たちまち王女だけでなく俺たちも騎士に囲まれた。

 それから厳重な警護のもと、城に連れられた。

 俺と桔梗は、ひどく豪華な部屋に通された。

 するとそこには、なんと、音芽がいた。


「あれ!?」

「やあ、久しぶりぃ」

「無事で良かった!」


 俺と音芽は抱き合い、再会を喜んだ。

 桔梗は、そんな俺たちを見てニヤニヤしていた。

 俺は音芽に聞いた。


「あの後、馬車で不時着したの?」

「うん、城門の前にね」

「あはは、ずいぶん派手だな」

「そうなんだよ。でさ、そんな派手なことしちゃったもんだから国王に伝わっちゃって」

「ここで待っていたわけか」

「そういうこと」


 音芽は大げさにため息をついた。

 俺はおだやかな笑みをした。


「音芽さあ。魅夏たちどうなったか知ってる?」

「うーん、ハッキリとは分からないんだけどね、なんか落ちながらドラゴンと戦ってたんだけど」

「はあっ!?」

「ワイヤーで飛びまわって戦ってたんだよお。でね、そのうちドラゴンと正面衝突しちゃって」

「それで!?」

「光を発して消えちゃった」

「まさか!?」

「あはは、鬼神市にトリップしたんだわ」


 桔梗がまるで他人事のように言った。

 すると音芽は、「あーやっぱりね」と言って何度も大きくうなずいた。

 俺は口をあんぐり開けたままでいた。

 と。

 そんな感じで待っていると、城の従者がやってきた。

 従者は俺たち3人が仲間だと知ると、そのことを報告しに戻った。

 しばらくすると、俺たち3人は玉座の間に連れて行かれた。

 玉座にはオッサン、そしてその隣には王女がいた。


「おお、セイヤとその仲間たち! そなたらが来るのを待っておった」


 玉座のオッサンは感激して言った。

 俺は、王様とかいうオッサンも、王冠を被ったオッサンも初めて見た。


「娘のエスメラルダを救ってくれてありがとう。礼として、そなたの望みをかなえてやろう」

「えっ」

「余はノクトゥルノ王国の国王じゃ。どんな願いでもかなえてやるぞ」

「はあ」


 俺は突然そんなことを言われて戸惑とまどった。

 王様が笑顔でうながした。

 桔梗が俺を見た。

 俺は無言のままうなずいた。

 すると桔梗が俺の代わりに言った。


「では遠慮なく」

「ふむ、言ってみるがよい」

「単刀直入に言います――。時間を1年と2ヶ月あまり、巻き戻してほしいのです」


 きっぱりと、桔梗は言った。

 王様と王女は目と目をあわせると、ツバをのみこんだ。

 俺は首をかしげた。

 音芽は大きく目を見開いた。

 桔梗はさらに言った。


「ワタシは、どうしても1年と2ヶ月ほど時間を巻き戻したい。そのために呪術師になった。だけど、1年もの時間を巻き戻すことはできなかった。それほどの時間を巻き戻すには、あの時計塔のパワーが必要だったのです」

「その通りじゃ」

「時間を巻き戻してください」


 桔梗は王様をまっすぐに見た。

 すると王様は、うーむとうなったまま、深く玉座に沈みこんだ。

 やがて王様は言った。


「そなたの願いはよく分かった。実は、余も時間を巻き戻したいと考えておった」

「ではっ」

「だが無理なのじゃ。あの時計塔『トーレ・デル・セルビドール』には、近づくことができんのじゃ」

サーバーの塔トーレ・デル・セルビドール……」


 音芽は口に手をあて、つぶやいた。

 王様は、そんな音芽にうなずいて、それからこう言った。


「この国は、1年前まではとても平和な国じゃった」

「1年前ですか……」

「そう、あの暗黒の騎士、いまわしいカヴァリエロが現れるまではな」

「暗黒の騎士?」

「ヤツは異国からの旅人だった。余はヤツをもてなし、この城に住まわせた。ヤツは初めの頃はおとなしく、従順であった。が、しかし、騎士団の総長の地位を手に入れると、その本性をあらわしたのじゃ」

「どうしたのです?」

「たちまち反旗をひるがえし、部下とともにあの時計塔『トーレ・デル・セルビドール』を占領したのじゃ」

「では、時間の巻き戻しは?」

「ヤツにしかできん。何度か騎士団を送りこんだが、ドラゴンを自在に操るヤツにはとても太刀打ちできぬのじゃ」


 王様と王女は、がっくりうなだれた。

 俺たちは顔見合わせた。

 王様の言った暗黒の騎士とは、あのドラゴンの背でガイナ立ちしてた黒騎士のことである。


「というわけで、セイヤとその仲間たち。残念じゃが、そなたらの願いは……」

「倒します」

「ほ?」

「俺がその『カバなんとか』とかいう騎士を倒します」

「なんと!?」

「それで問題ないですよね?」


 俺は若干のドヤ顔で言った。

 そのとき、遠くの空からかねの音が響いた。

 それを聞いた王様と王女の顔は、ひどく沈痛なものとなった。

 王様は悲痛なうめきをもらした。


「ああ、またかねが……。トーレ・デル・セルビドールで、また乙女が犠牲に……」

「あれは時計塔の鐘ですか?」


 俺が聞くと、王様の代わりに王女が応えた。


「暗黒騎士カヴァリエロが、儀式をしているのです。7つの鐘が鳴り終わるとき、乙女の命が悪魔に捧げられるといいます」

「そんなことを……」


 俺たちががく然としていると、王女は無理に笑ってこう言った。


「さて。なんだか暗いお話となってしまいましたが、今日のところは、とりあえず城にお泊まりください。今晩はゆっくりとお休みになって、また明日の朝、別の願いを聞かせてくださいね」



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