〃

「なにもかもメチャクチャじゃないか」


 俺はため息をつくようにそう言うと、ウームとうなったまま、茫然ぼうぜんとしてその場に座りこんでしまった。


 音芽さんは、これは姉さんの復讐だ――と言った。

 市長の娘のパンチラを撮影、それをネタに脅迫して、条例を廃止させるのだ――と言った。

 ここまではいい。

 成功率と犯罪臭に目をつぶれば、おかしなところは何もない。


「しかし、このありさまはどうだ」


 魅夏先輩は、道場で暴れまわっている。

 全員倒すと言っている。

 おそらく深い思慮も計算も何もない。

 撮影のことなど忘れている可能性すらある。

 本当にただ暴れまわってるだけである。


「まったく」


 俺は、まるで保護者のようなため息をついた。

 するとイヤホンから、やはり保護者のような音芽さんの声がした。


『それだけお姉さんのことを大切に想っていたんだよ』

「……そっか」


 俺は立ち上がった。

 大きく息を吸って、そして吐いた。

 横で気絶している警備員を見ながら、俺は服を脱いだ。

 警備員の服を脱がした。

 制帽を手に取った。

 それからニヤリと笑ってこう言った。


「先まわりして先輩をフォローするのは、まあ慣れている」


 俺は先輩の暴れっぷりを見ながら道場の裏にまわった。

 そこから市長邸の裏門へと向かうためだった。




   ▽     ▽     ▽


 道場は静まりかえっていた。

 魅夏先輩は、ひとり真ん中に立っていた。

 道場生が何人も倒れていた。

 そして残りの道場生は、おびえてそれを遠巻きに囲んでいた。

 魅夏先輩は、ぐるりと見まわした。

 それから笑顔でこう言った。


「未季ちゃんは。……どこかな?」


 道場生は、目を見開いたまま硬直している。

 何人か引きつった笑みを返すぐらいである。

 先輩の機嫌がどんどん悪くなっていく。


「あのさァ……」


 魅夏先輩が道場生をにらむ。

 左から順にひとりずつ、にらみつけていく。

 すると――。


 ばっ!


 五・六人の道場生が飛び出した。

 そして裏口から逃げたのだ。


「ふふんっ」


 魅夏先輩は、そのなかに少女がいることを確認した。

 満足そうに目を細めると、鋭く跳んで追いかけた。

 まるでネコ科の猛獣のようだった。――




「待て、この野郎ォ!」


 魅夏先輩は、道場生たちを追った。

 カタナを左肩に担ぎ、道場の裏を疾走する。

 そこには豪奢ごうしゃな高いへい

 その先には一般道、さらに先には大森林、大山脈となっている。


 道場生の集団は、塀に沿って逃げる。

 その中には、黒髪の少女も混ざっている。

 少女を護るように道場生は走っている。


 びゅっ!


 魅夏先輩は全力疾走しながら、器用にカタナを振り下ろす。

 道場生のひとりが、後ろから斬られた。

 仰け反った。そして倒れた。

 剣道着の背中が、ぱっくりと割れている。


「ぴりっとするけど、斬ってないからッ!」


 魅夏先輩が、ほがらかに叫ぶ。

 叫びながら追いかけていく。

 その陽気な声が、道場生たちは逆に恐ろしいのだと思う。

 彼らは怪鳥のような悲鳴を上げて、一心不乱に逃げている。


 少女の結わいた髪が、ばさっと取れた。

 しかし気にする余裕もなく、彼女はただ青ざめて走っている。

 で。

 その後ろから、魅夏先輩は、ひとり、またひとりと斬って少女の護衛を減らしていく。


「これじゃどっちが悪者か分かんないよ……」


 先輩は、そんなことをつぶやいた。

 もし少女に聴こえていたら、


「どう見てもあなたです」


 と、文句を言っただろう。

 遠くから見た光景は、どう見てもスプラッター映画のワンシーンなのである。


「おーい、待てよお!」


 魅夏先輩が、ほがらかに叫ぶ。

 少女たちは真っ青な顔をしてただ駆ける。

 裏門を目指す。

 半開きの門を目指して疾走する。

 そして少女たちが裏門に到達するその寸前に、


 びゅっ!


 道場生がまた魅夏先輩に斬られた。

 少女の護衛は、ついにひとりとなった。


「お嬢さまァ――!!」


 そのとき警備員が庭園から駆けて来た。

 ようやく、しかし大群で押し寄せてきたのである。

 それを見た少女と護衛の道場生、そして先輩は失速した。

 歩を止めてしまった。


 今、裏門のところからは、少女と護衛の道場生、魅夏先輩、そして警備団の順に並んでいる。




   ▽     ▽     ▽


「ちっ、もう来やがった」


 魅夏先輩は舌打ちをした。

 血を飛ばすようにカタナを払った。

 少女と護衛の道場生は、じりじり後ずさりする。

 先輩と警備団を交互に見ながら戸惑っている。

 そんな少女たちに向かって、魅夏先輩は突然、にっこり笑った。

 それから無造作に近づいて、道場生をばっさり斬った。

 少女はひとりになった。

 そして――。

 裏門を半開きにして外から様子をうかがっていた俺は、ふいに手を伸ばして、


 ぐいっ!


 と、少女の手をつかんだ。

 それからこう言った。


「お嬢さん、こっちです」

「はい?」


 少女は、突如現れた警備員――の姿をした俺を見た。

 きょとんとした顔だった。

 俺は制帽を深くかぶり表情を隠したまま、彼女を引っ張った。

 裏門から出た。

 そのまま戸惑う少女を連れて、俺は道路を走った。

 塀の外をひたすら走った。


 少女は、どんどん屋敷や警備の集団から遠ざかっていくことを不安に思ったかもしれない。しかし黙ってついてきた。

 たぶん魅夏先輩が恐ろしかったのだ。

 単純に先輩から離れたかったのだと思う。


「ずいぶんと嫌われたもんだなァ」


 魅夏先輩は大らかに笑った。

 裏門を出た。

 それから振り向いて、力いっぱい門を閉めた。

 カタナで門柱と扉を斜めになでた。

 たぶん、刃の威力をチェンジしたのだと思う。

 扉は、ぐちゃぐちゃに斬れた。


「よしっ、これで開かないな」


 魅夏先輩は納刀した。

 そして、ゆっくりと俺と少女のところに向かってきた。


 俺と少女は疲れきって、走るのを止めていた。

 ちょうど道端に建っている鉄塔――ケータイの基地局――のそばだった。

 少女は、おそるおそる振り返った。

 俺は、その手をしっかり握りしめた。

 右手で制帽のつばを、くっと下ろした。

 そして言った。


「未季さま……」

「なんでしょう?」


 少女は返事をした。

 魅夏先輩を見たままだった。

 俺は念のためもう一度訊いた。


「あなたは、由利未季さまに間違いないですね?」

「……ええ」

「うん、やっぱり未季ちゃんだね」


 思わず口調がくだけたものになってしまった。

 未季ちゃんは、怪訝けげんな顔をした。

 俺は構わずこう言った。


「じゃあ、すこし飛ぼうか」


 俺は未季ちゃんの手をしっかり握った。

 それから右手を天に向けた。


 しゅっ!


 俺の右手からワイヤーが射出された。

 ワイヤーは、鉄塔の頂上近くに巻きついた。


 しゅるしゅるしゅる。


 ワイヤーが右手に収納されていく。

 俺と未季ちゃんは空に昇ってゆく。


「あっ」


 三〇メートルを越えたあたりで制帽が脱げた。

 朝日がまぶしい。

 髪が風にそよぐ。

 未季ちゃんとつないだ手に力が入る。

 俺は未季ちゃんを見下ろした。

 そして言った。


「はじめまして。市長のオジョーサマ」

「そんなあ」


 未季ちゃんは俺の表情を見て、俺が魅夏先輩の仲間であることを理解した。

 しかし、ただ困り顔で俺を見つめるだけだった。

 涙などまったく流さない。

 平然と宙に浮いているだけである。


 さすが権力者の血統だ――未季ちゃんは、さすが市長の娘と思わせるだけの豪胆さを持っていた。


「泣きわめかないのはいけどさあ……」


 俺は、あきれたのか感心したのかよく分からない、そんなため息をついた。

 で。

 そうやって未季ちゃんとしばらく見つめ合っていると、魅夏先輩が鉄塔の下にやってきた。俺は叫んだ。


「先輩、チャンスです! 早く写真を撮ってください!!」

「あー大声出さなくても、無線で聴こえてるっつーの」


 魅夏先輩は、面倒くさそうにポケットからカメラを取り出した。

 両足を自然に開いた。

 胸を張って天を向き、未季ちゃんにカメラを構えた。

 そして呑気な声で呼びかけた。


「おーい! 未季ちゃーん!!」


 未季ちゃんは救いを求めるような目で俺を見て、それから下を向いた。

 その瞬間。


 パチリ。


 魅夏先輩は撮影を終えた。

 あまりにもアッサリとして、ぶっきらぼうな撮りかただった。


「なんすかそれ。ちゃんと撮ってよ。何枚も撮ってくださいよ!」


 俺は思わずツッコミを入れた。

 すると魅夏先輩は、頭をかきながら言った。


「大丈夫だよ。ちゃんと顔もパンツも撮れてンよ。なあ音芽?」

『……へ? あ、うん。送られてきたデータは問題ないよ』

「問題ないとか失礼だなあ。顔とパンツに、ばっちりピンきてるだろ? お尻のほっぺたの質感とか、だらしなく開いた脚とか最高だろ? なあ、この表情を見ろよ、芸術作品だよっ。それになあ……」


 魅夏先輩の文句は、いつまでも続いた。

 俺が苦笑いをしていると、未季ちゃんは顔を上げた。

 そして訊いてきた。


「あなたは何者なんですか?」

「あ? えーと、俺は誠也。で、俺たちは」

「あなたたちは?」


 未季ちゃんは首をかしげ、ぼんやり見上げたままでいる。

 俺は魅夏先輩をちらりと見た。

 それからまた視線を未季ちゃんに戻すと、不敵な笑みでこう言った。



蛮痴羅パンチラ。俺たちは蛮痴羅パンチラだ」





   ▽     ▽     ▽


 市の急速な少子化と高齢化を防ぐため施行された条例『パンツを見られたら結婚』。

 しかしそれは、少女たちの自由を奪っていた。

 オトナの都合で、参政権を持たない未成年の自由が蹂躙じゅうりんされていたのだ。

 続発する身勝手な条例に対抗するべく、少女は学校内に特殊機械化部隊を創設する。

 人は彼女たちを蛮痴羅パンチラと呼び、彼女たちもその名を誇りに思った。


 蛮痴羅パンチラとは――。

 熱い撮影魂さつえいだましい強靱きょうじんな精神力を先天的にあわせ持った、最強カメラマンの呼称である。




■ROUND1 オペレーション・リザルト■

 マン・ターゲット    :由利未季 鬼神本町中学二年 十四歳

 マテリアル・ターゲット :コットン100%。若干、ハイレグ気味

 備考          :純白、無地   撮影状態良好!


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