ROUND2 サムライ蛮痴羅

「話を聞いてください」


 私は事情を説明した。

 音芽さんは素早くそれを理解した。

 誠也お兄ちゃんが立ち上がった。

 音芽さんを殴ろうした。

 それを制するように、音芽さんは鋭い声で短く言った。


「誠也を殺すとおどされている」


 それを聞いた私たちは、がく然とした。

 誠也お兄ちゃんは立ち止まった。

 音芽さんは、ゆっくりうなずいた。

 そして言った。


「命令に従わないと、誠也を粉砕すると言われている。誠也は刑務所で冷凍されていたからね、ボクたちは従うしかなかった」

「しかし今はここにいる」

「うん」

「俺たちは仲間か?」

「当たり前だよお」


 音芽さんは満面の笑みでそう言った。

 誠也お兄ちゃんは、ほっと安堵のため息をついた。

 音芽さんが私を見た。

 それからお兄ちゃんに聞いた。


「これから、どうするんだい?」

「まずは魅夏みか先輩に会いに行く」

「今日は山岳地帯だと思うけど」

「山かよ」

「あのレーダーでくわしい居場所が分かる」

「ナビを頼む」

「うん」


 音芽さんは起き上がろうとして、よろめいた。

 私はあわてて手をかした。

 まだマヒのわずかに残る音芽さんを抱きかかえて、ディスプレイの前に座らせた。音芽さんは、おっぱいとか色々とぷるんぷるんしていてさわり心地が好かった。しかも意外と軽かった。

 音芽さんはディスプレイを見ながらパネルを操作した。

 それから引き出しを開けると、引き出しの裏に手をまわしてそこから何かを取り出した。それを誠也お兄ちゃんに渡してこう言った。


「イヤホン型の骨伝導無線だよ」

「ああ、助かる」


 誠也お兄ちゃんはそれを耳に入れた。

 音芽さんが私を見た。

 それからニッコリ笑ってこう言った。


「キミにもあげる」

「あっ、ありがとうございます」


 私が受け取ると、誠也お兄ちゃんがあわてて言った。


「ロリちゃんは、ここでお留守番だよ。危ないだろ」

「えっ、でも」


 私が口をとがらせると、音芽さんがイタズラな笑みで言った。


「誠也よりその子のほうが、よっぽどしっかりしてるけどなあ?」

「バカっ、子供だぞ」

「でも、ひとりで誠也を監獄から出したんだろう?」

「それはっ、きっと看守が油断したんだよ」

「さっきだって大活躍だ」

「うーん」

「その子は、ボクたちよりも状況判断ができる。冷静だし、度胸もある。エフェクターガンという優れた武器もある。蛮痴羅パンチラと同等かそれ以上の実力がある」

「そんなことあるかっ」

「ボクは客観的に分析しただけだよ。怒るなよなあ?」

「怒ってないっ!」


 誠也お兄ちゃんが噛みつくように言った。

 すると音芽さんは、ちょこんとおどけて舌を出した。

 それからこう言った。


「まあ、それはさておき、ともかくとしてさ。今からすぐに会いに行く?」

「ああ、早いほうがいい」

「ボクはここでサポート?」

「よろしく頼む。あと、魅夏先輩にメールや電話ってできないの?」

「個人的に連絡することは、禁じられているんだよ」

「なるほど。じゃあ、直接会いに行くしかないわけだ」

「おどかさないように気をつけるんだよ?」


 音芽さんは笑い混じりでそう言った。

 誠也お兄ちゃんは照れくさそうに頭をかいた。

 さっきまで、あれほど争っていたのにもう仲良くなっている。

 私は、なんだかうらやましくなった。

 きっと魅夏先輩とかいう人とも仲良しなんだと思う。

 音芽さんが言った。


「屋上に高翼式の軽飛行機……セスナがあるよ」

「ああ、あの無人操縦の?」

「うん」

「じゃあそれで行く」

「レーダーの動きを見た感じだと、魅夏も飛行機に乗っているんじゃないかな?」

「なら、ちょうどいい。さっそく行こう」


 誠也お兄ちゃんは、満ち足りた笑みでうなずいた。

 私には、なにがちょうどいいのか分からなかった。

 飛行機に飛行機で近づいても、話しなんかできないじゃないか。

 飛び移ったりしないかぎり。


「………………」


 私はなんだかイヤな予感がした。

 だけど、しかたがないわねえ――って、ため息をつくと、私はふたりと一緒に屋上に向かった。


 お兄ちゃんは、私がついていなきゃダメなんだ。

 私がいないと、魅夏先輩という人ともきっと衝突する。


 さっきのやりとりを見た私には、そんな波乱は分かり切っていた。――




   ▽     ▽     ▽


 屋上に出た。

 そこには無人操縦のセスナ機があった。

 音芽さんは、携帯ゲーム機のような端末を操作した。

 するとセスナのウォームアップが始まった。

 音芽さんが言った。


「じゃあ、作戦本部から遠隔操縦するね」

「俺たちのすることは?」

「乗ってるだけでOKだよお」

「りょーかい」


 誠也お兄ちゃんは、セスナに乗った。

 私も一緒に乗った。

 お兄ちゃんは扉を閉めて、座席についた。

 私はその隣に、ちょこんと座った。

 窓の外を見ると、音芽さんがニコッと笑った。


 キイィィイイイ――――ンンンンン!!!!!


 そしてセスナがいきなり発進した。

 屋上の滑走路から飛び立ったのである。


「ロリちゃん、イヤホンはしたかい?」

「えっ、うん」

「もういつでも話せるよ」

「あっ、ほんとだ。イヤホンからもお兄ちゃんの声がする」

「音芽とも話せるよ」


 誠也お兄ちゃんは笑顔で言った。

 イヤホンから音芽さんの声がした。


『あーあー、音芽だよお。聞こえるかな?』

「うん」

『じゃあ、早速だけど。これからのことを簡単に説明するね?』

「うん」

『魅夏はここから東南の方角、山岳地帯にいる。移動が直線的なことから、飛行機等に乗っていると思われる。キミたちを乗せたセスナはそこに向かってる』

「どれくらいで目視できる?」


 誠也お兄ちゃんが聞いた。

 音芽さんが即答した。


『10分~20分後くらいじゃない?』

「ずいぶんザックリした数字だなあ」

『魅夏も移動しているからね。真っ直ぐ飛び続けるとは限らないしさ』

「なるほどな」

『まあ、近づいたら知らせるよお』


 音芽さんは笑ってそう言った。

 イヤホンから思いっきりジュースか何かをストローで吸いこむ音がした。

 私が誠也お兄ちゃんの顔を見上げると、お兄ちゃんは「まあ、音芽はいつもあんな感じだよ」みたいな笑みをした。

 私は思わず笑ってしまった。

 あわてて口をふさいだら、お兄ちゃんに笑われた。

 私は上目遣うわめづかいでお兄ちゃんの顔を見て、それからクスリと笑った。

 誠也お兄ちゃんは、やさしく微笑んだ。

 なんだか心の距離が近づいたような気がした。

 胸の奥がくすぐったかった。――




   ▽     ▽     ▽


 十数分が経った。

 セスナの向かう先に、黒い飛行物体が見えた。

 私と誠也お兄ちゃんが腰を浮かせると、イヤホンから音芽さんの声がした。


『大丈夫、ボクにも見えている』

「なにか分かったかい?」


 お兄ちゃんが前方を見ながら言った。

 音芽さんが呑気な声で言った。


『あの黒の鉄塊は軍用ヘリだよ』

「軍用? 魅夏先輩は軍用ヘリに乗ってるのか」

『そのようだね、で……』

「で?」

『そのヘリがセスナのほうを向いて、あっ? あの熱源っ』


 音芽さんは言葉を詰まらせた。

 と、そのときだった。

 セスナの真っ正面、ヘリから白煙が上がった。

 そしてガスボンベのようなミサイルが飛んできた。


『まずいッ!』


 音芽さんはセスナを旋回せんかいさせた。

 高度を上げて大きく避ける。

 ヘリからどんどん離れていく。

 音芽さんは安全を確認すると、


『ちょっと調べ物をするね』


 と言って沈黙した。

 私と誠也お兄ちゃんは武器を握りしめ、周囲を見まわした。

 大山塊の上空には、私たちのセスナのほかにはヘリだけだ。

 そのヘリもさっきの位置から動かない。

 番犬のように、ずっと待ち構えている。


『やあ、誠也にロリちゃん待たせたね。あのヘリはAH-64、通称:アパッチ。アメリカ陸軍やイスラエルで採用されている、いわゆる攻撃ヘリだよ』

「ガチの戦闘マシーンじゃねえか」

『好戦的な魅夏にピッタリだね』

「なんで日本にあるんだよ」


 誠也お兄ちゃんが、あきれて言った。

 声に笑いが混じってる。


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