〃

「暗黒騎士は頂上よ」


 と言って、桔梗は駆けだした。

 俺たちは、あわてて後を追いかけた。

 階段のところですぐに追いついた。

 魅夏が言った。


「とりあえずガンガン登っていけば良いんだな?」

「ええっ」


 桔梗は息を切らせてうなずいた。

 魅夏が笑顔で言った。


「じゃあ、あたしと誠也で先に行ってるわ。もし頂上じゃなかったら、そんときはよろしく」


 俺と魅夏は、全力で階段を上った。

 桔梗と音芽は俺たちの背中を見送った。

 魅夏は階段を上りきると、すばやく次の階段を探した。

 フロアには壁がなく、階段はすぐに見つかった。


「行くぞ」


 魅夏は、いきおいよく駆けだした。

 階段を上ると、また次の階段を探した。

 その階段が遠く離れているのを確認すると、


「ああん、めんどくせえ」


 と言って、魅夏は天井に極大魔法を撃ちこんだ。

 天井に、ぽっかりと穴が開いた。

 そのとき、ゴオォーン! ――っと、4回目のかねが鳴った。

 しかも騎士型のモンスターが、わらわらとやってきた。


「行くぞ、誠也」


 俺たちはワイヤーで上のフロアに飛び乗った。

 で、魅夏は即座に極大魔法を撃ちこんだ。

 また天井に穴が開いた。

 俺たちはワイヤーで上がった。

 後はそれの繰り返し。

 俺たちは、天井に穴を開けながら塔を登っていった。

 ああ、脳筋ここに極まれり。

 いくら急いでるとは言っても、ゴリラやチンパンジーでさえ、こんな登りかたはしないだろう。いくらなんでも直線的すぎる。


「誠也っ、あと何回だ!?」

「えっ!?」

かねの数。何回鳴るとヤバいんだ!?」

「全部で7回! さっき鳴ったのは4回目だ」


 と言ったそのとき、ゴオォーン! ――っと、5回目のかねが鳴った。

 俺と魅夏は思わず立ち止まった。

 が、すぐに魅夏は天井に穴をブチ開けた。

 飛びあがると、そこにはもう天井はなかった。

 頂上まではまだまだあるが、塔のなかが空洞になっていて、ずっと上まで空っぽだったのだ。


「とにかく登るぞ!」


 魅夏はそう言って、外壁までダッシュした。

 外壁には螺旋らせん階段があり、ぐるぐるとまわりながら上に伸びている。

 俺たちはそれを使って頂上を目指した。

 もちろんワイヤーを真上に飛ばしてショートカット、最短距離で登っている。


「頂上が見えてきたな」

「うん、頂上付近に橋がある。外壁から外壁まで一直線につながってる」

かねはそのド真ん中にある」

「そしてきっとロリちゃんはそこにいる」


 俺たちはどんどん塔を登っていった。

 頂上の橋に近づいていった。

 そして、橋にワイヤーが届くかといったそんな距離で、突然、黒い影が上から降ってきた。俺と魅夏は身構えることもできず、というより、まばたきすらできずに真っ黒な影におおわれた。


 ばさあッ!


 すさまじい突風、豪快な音。

 眼前には赤い牙、鋭い眼光、黒い翼。

 巨大なドラゴンが羽ばたいていた。

 しかもその背中には、腕を組んだ仁王立ち。

 暗黒騎士がガイナ立ちで、俺たちを見下していた。


「てめえ!」


 魅夏がいきなり飛んだ。

 ドラゴンの頭に聖剣を振りおろした。

 しかしその剣先には、石がガッツリ付いている。


 ゴボォッ!


 ハンマー状の聖剣がドラゴンの頭を強打する。

 ドラゴンがよろめき、石が砕け散る。

 聖剣ラ・カリブルヌス、その見事ながあらわとなる。

 七色の光が解き放たれる。


「死ねやぁ!」


 っと、魅夏はさらに跳んで、剣先を伸ばした。

 暗黒騎士が黒い剣を抜いた。

 魅夏の突きを受けた。

 が。

 魅夏のいきおいが勝った。


「くぅっ!」


 暗黒騎士は、はじき飛ばされた。


「やったぞ!」


 暗黒騎士は、真っ逆さまに落ちていった。

 しかし、すぐに魔方陣のようなものがにじみ出て、巨大な床を創った。

 暗黒騎士はそれに着地した。

 巨大な床は宙に浮き、しかもゆっくりと上昇してくる。

 そんな暗黒騎士のもとにドラゴンが飛んでゆく。


「きったねえなあ!」


 魅夏は浮遊床に飛び乗った。

 もちろん俺も飛び乗った。

 今、時計塔の中ほどには浮遊床があり、そこには俺と魅夏、暗黒騎士とドラゴンがいる。

 外壁の螺旋らせん階段を、音芽と桔梗が駆け上がっている。

 時計塔の頂上には橋がかかり、そしておそらくはロリちゃんが捕らえられている。――




   ▽     ▽     ▽


 魅夏と暗黒騎士は、3メートルの距離で対峙した。

 俺は少し離れたところで、それを見守った。

 すぐさま援護するためだ。


「魅夏ァ!」


 音芽が螺旋階段から叫んだ。

 音芽と桔梗は俺たちよりも高い位置にいた。

 階段を駈けのぼり、ロリちゃんの橋に迫っていた。

 と、その一瞬の隙をついて。


 ばさあッ!


 暗黒騎士がドラゴンに飛び乗った。

 橋に向かって飛翔した。

 が。

 すぐさま魅夏が追い跳んだ。

 ドラゴンの足をつかみ、尾に乗り、暗黒騎士を目がけてその背を一気に駆け上がった。


「死ねやあッ!」


 と、たたき割るような魅夏の剣一閃。

 それを暗黒騎士は剣で受ける。

 しかしその反動を利用して、魅夏はさらに飛翔した。

 暗黒騎士は腰を落とし、次の攻撃に備える。

 で。

 そんなふたりを見た俺は、浮遊床の端までダッシュした。

 それと同時だった。


「誠也ァ!」


 魅夏が腰のカタナを、下に向かってブン投げた。

 ものすげえノールック・パス。

 しかしこんな動きは読んでいる。

 魅夏の考えることなどすぐ分かる。

 俺は手を伸ばしカタナをつかむと、下段に構え腰を落とした。


「必殺ッ! 旋風斬せんっぷーざんッ!!」


 頭上から魅夏の声。

 見上げると、魅夏が回転しながら急降下、


「いやぁぁぁああああ――――――!!」


 っと、ドラゴンを一刀両断。

 真っ二つに叩き斬っていた。

 相変わらず頭の悪い破壊力。

 俺がニヤリと笑うと、目の前に暗黒騎士が落ちてきた。

 もちろん俺はこれを待っていた。

 ズドン! ――っと、俺は大砲のような突きを放つ。


「くっ!」


 暗黒騎士は仰け反り、俺の突きを避けた。

 しかし、かぶとが吹っ飛んだ。

 すると見慣れた憎き顔。

 鬼神愛。


「油断してしまったわ」


 鬼神愛は髪をかきあげた。

 肌が絹織物のように透きとおって、うすいそのくちびるを、ぞっとするまでに際立たせている。


「おまえ、なぜここに?」

「ほほほ、おまえのものは、わたくしのもの。鬼神市のものは、すべてわたくしのもの。おまえたちが異世界に来られるのなら、当然、わたくしだって来ることができますのよ。というより――」

「まさか?」

「この世界を創らせたのは、わたくしですわ。まっ、想定外かつ素晴らしい副産物がありましたけど」

「時間の巻き戻しのことかっ」

「世界を支配する力ですわ」


 鬼神愛は、とてもイイ笑顔で言った。

 俺は、いやあな顔をした。

 鬼神愛はそんな俺を楽しそうに見て、それから言った。


「さて。わたくしは、これから最後の儀式ですのよ。7つ目の鐘が鳴ったとき、時計塔の魔力は、わたくしのものとなりますわ。もう時計塔に頼らずとも、わたくし独りで時を操作できるようになりますのよ、ほほほほほ」

「そろそろ音芽たちが頂上に着くころだ。儀式は中止だ」

「あら、それは残念。では、日を改めて、またやり直すことにしましょうか」

「させるかっ!」


 と、噛みつくように俺は叫んだ。

 そこに魅夏が落ちてきた。

 魅夏は浮遊床に着地すると、バネのように跳んで、鬼神愛に襲いかかった。

 すると――。


「それではごきげんよう」


 鬼神愛は、なんと浮遊床から飛びおりた。

 不敵な笑みを残して、落下したのである。




   ▽     ▽     ▽


「なんだ、あいつ」


 つぶやいたところで、魅夏がやってきた。

 俺の耳に骨伝導無線を入れた。

 イヤホンから音芽の声がした。


『やあ、ロリちゃんを救出したよ』

「おお!」

『ちなみに時間を巻き戻す装置もあるよお。さっそく巻き戻す?』

「「もちろん!」」


 俺と魅夏は同時に言った。

 それから目と目を逢わせると、クスリと笑った。

 音芽が言った。


『じゃあ1年と2ヶ月前のあの日でいい? それとも、もっと前?』

「うーん、とりあえずその日で」

『りょーかい』


 俺たちは、この期に及んでそんなテキトーっぷりを発揮した。

 まあ、巻き戻しは何度もできる。

 なにか問題があれば、また巻き戻せばいいだろう。

 俺と魅夏がそんなことをしゃべっていると、突然、下から光がほとばしった。


「ぁん?」


 俺たちは、あごをしゃくるような声をあげ、下をのぞきみた。

 すると浮遊床のはるか下、下層のフロアに巨大な魔方陣が描かれていた。

 光はその魔方陣が放ったものだった。


「なんだあれは!?」

「というか誠也。鬼神だ、鬼神がいるぞ」


 魔方陣の中心には鬼神愛。

 ヤツは両手を大きく広げ、なにやら呪文を唱えている。

 いつからか地響きがして風が巻き上がっている。

 そんな状況下。

 イヤホンから音芽の呑気な声がした。


『今、時間を巻き戻したよ。そろそろ地響きが鳴り止むんじゃない?』

「あっ? この地響きは時間の巻き戻しか?」

『へっ?』

「いやっ、下の階で鬼神が魔方陣を創っているんだよ」

『……ああ、ほんとだ』

「あいつは何をしてんだよ」


 魅夏が吐き捨てるように言った。

 すると音芽はひどく真面目な声で言った。


『鬼神市にトリップする気だ』

「なんだ逃げるのか」

『いやマズいって! 鬼神愛はこの世界を壊すことができるんだ』

「あーそういえば、異世界は自分が創ったとか言ってたな」

『やっぱり。ここはゲームの世界、仮想空間だったんだ』


 と、音芽がなげくように言ったそのとき。

 魅夏が浮遊床から、まるで水泳のような美しいフォームで飛びおりた。



「魅夏!」


 俺もあわてて飛びこんだ。

 パラシュートはないが、そんなことはどうでもいい。

 眼下では魔方陣がどんどん狭まっている。

 鬼神愛は今にもトリップしそうである。


「させるかァ!」


 魅夏は間に合わないと判断すると、聖剣をブン投げた。

 しかし、鬼神愛はそれを避けてニヤリと笑った。

 このままでは魔方陣が閉じてしまう。

 鬼神愛がトリップしてしまう。

 俺は、しばし考えた。


「魅夏!」


 俺は魅夏に向かってワイヤーを飛ばした。

 目の前を落下している魅夏を、ワイヤーで引っぱりあげた。

 俺はその力を利用して落下速度を増した。

 そのかわり魅夏はゲインした。

 俺は魅夏を追い抜いた。


「魅夏! 極大魔法をっ!!」

「あん?」

「俺に極大魔法をぶつけろ!!」

「りょーかい」


 魅夏はニヤリと笑うと、極大魔法を放った。

 俺は上を向いた状態で落下、魅夏の極大魔法をカタナで受けた。

 手におそろしい衝撃が伝わる。

 俺の落下は加速する。


「もう一発行くぞォ!」


 魅夏は大股を開いて落下しながら、その真下を落下している俺に向かって、極大魔法を撃ちこんだ。

 その追い打ちによって、俺は魔方陣にギリギリ飛びこんだ。

 鬼神愛とともにトリップしたのである。



「頼んだぞ誠也ァ!」


 はじけ飛ぶ魔法ごしに見上げた魅夏は、堂々としたそのポーズとは裏腹に、妙にオンナくさい、すがるような瞳をしていた。――




■ROUND2 オペレーション・リザルト■

 マン・ターゲット    :橘魅夏 鬼神高専二年 十七歳

 マテリアル・ターゲット :なし

 備考          :うっすらとそれはあどけない



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