ROUND1 憂国の王女・エスメラルダ

 俺と桔梗は森に墜落した。

 やがて桔梗が目を覚ました。

 彼女は俺の胸にほほを寄せ、甘えた目をして俺を見上げた。

 そして言った。


「ここは?」

「異世界の森かな」

「ワタシたちは生きているのね?」

「ああ」

「五体満足……みたいね?」

「俺のリュックにパラシュートついていたからね」

「なるほどね」


 桔梗はそう言って、ふらりと立ち上がった。

 ドレスのすそをめくり、もそもそと下着を確かめた。

 そして、くるりと背を向けた。

 それから彼女は振り向いて、肩越しに俺を見つめると、


「どうやら処女も無事のようね」


 と言った。

 さらに、


「ああ、処女のままだわっ」


 と繰り返して、あごを上げて肩越しに見つめるシャフトのポーズをキメた。

 俺はとりあえず無言で引っぱたいた。

 すると桔梗は、くやしそうで嬉しそうな目をした。

 そんな目で俺をにらむと、笑い混じりにこう言った。


「なによっ」

「……とりあえず歩こうよ」


 桔梗は、こういったおかしなことさえ言わなければ、絶世の美女である。

 透き通るほど白い肌で、抱きしめると崩れそうなほど華奢きゃしゃで、切れ長の瞳で、氷の華のように美しい。奇行さえなければと、心からそう思う。……。


「というか歩ける?」

「ええ、大丈夫」

「じゃあ、この道を進もう」

「みんなは?」

「魅夏はロリちゃんを抱いて落ちた。音芽は必死に馬車を操っていた。まあ、無事だよ」

「そう。で、どうやって合流するの? というか合流する?」

「大きな街に行こう。そうすればきっと会える」


 俺はそんなテキトーなことを言った。

 すると桔梗は、にたあっと笑った。

 俺が眉をひそめると、彼女は、まるで演劇のようなとてもイイ笑顔で言った。


「若い男女がふたり旅。『夕べはお楽しみでしたね』があるわねっ」


 俺が苦笑いをすると、桔梗は念を押すようにもう一度言った。


「夕べはお楽しみでしたねっ!」


 それはよく響く、とてもイイ声であった。

 俺は、ちょっと言葉が見つからなかった。


「おいこらっ、なんとか言いなさいよ」

「うっ、うん」

「あはは、なにを真に受けてるのよっ」


 桔梗は大らかに笑った。

 と。

 そんな話をしながら歩いていると、遠く向かう先から悲鳴がした。



「きゃああ――!! 助けてェ――!!!!」


 女の声である。

 俺と桔梗は目と目をあわせると、ごくりとツバをのみこんだ。

 俺はナタを握りしめて、声のほうに向かった。

 しばらく進んだところで、メイド服の女性が駆けてきた。

 そしてその後ろからは、猿のような小さなモンスター。

 モンスターの群れが追いかけてきた。


「たっ、助けてェ――!!」


 俺は全速力で走った。

 が、しかし、女性はモンスターに後ろから刺され地面に突っ伏した。


「くそっ!」


 駆けつけたときにはもう、モンスターは逃げ去っていた。

 女性がふるえる声で言った。


「向こうに馬車が、姫さまが……」

「ほかに人がいるのか!?」

「お願い、しま、す……」


 女性はこの言葉を最期に息をひきとった。

 俺はモンスターが走り去った方角をにらんだ。

 ダッシュした。

 馬車は、道が曲がってすぐのところにあった。

 前輪が大破し、馬は逃げてもういない。

 そんな馬車のまわりを、猿のような小さなモンスターが囲んでいる。

 騎士たちと戦っている。

 が、騎士は次々と倒されている。

 全滅するのも時間の問題だろう。


「てめえら、いい加減にしろ!」


 俺はワイヤーを飛ばした。

 そうやってモンスターを引っぱりあげると、


「ぎゃあぁぁあああ!」


 ナタで斬った。

 モンスターは死んだ。

 後はそれをひたすら繰り返した。

 俺は一匹ずつモンスターを馬車から引きはがしていった。

 しばらくすると、モンスターはいっせいに俺を見た。


「ひゃあああああああああ!!!!」


 飛びあがって驚いた。

 それからモンスターは一目散に逃げ去った。




   ▽     ▽     ▽


「ん? まっ、いいか」


 俺が首をかしげていると、後ろから桔梗がやってきた。

 桔梗は黒いドレスのすそをつかみ、しゃなりしゃなりと歩いている。

 俺が眉をあげると、桔梗はふふんと得意げな笑みをした。


「馬車はどう?」

「まあ全滅はまぬがれたかな」

「姫とかいうのは?」

「さあ? 馬車のなかじゃない?」

「なによ。まずそいつの無事を確かめなさいよ」

「って言うけどさあ?」

「はあん?」

「これで結構大変だったんだよ。モンスターとか初めてだしさあ」

「あはは、そんなことを話していたら、さっそくやってきたわよ」


 桔梗は大らかに笑って髪をかきあげた。

 俺は眉をひそませた。

 桔梗の視線を追った。

 すると馬車のほうから、金髪の美少女が騎士をともなってやってきた。

 美少女は微笑みこう言った。


「助けていただきましてありがとうございます。わたくしはエスメラルダ、この国の王女です」

「王女さまっ、ですか!?」

「ええ。もしよろしければ、お名前だけでも教えていただけませんか?」

「せっ、誠也です」

「セイヤさん……まあ素敵なお名前、異国の御方なのですね。どのようなご職業ですか?」

「職業っすか」

「この国では、職業を申請すると神のご加護が得られます。もしまだでしたら、ぜひオススメいたします」

「はあ」

「職業は、戦士、魔法使い、修道士、魔法剣士、呪術師、錬金術師、シーフ、アーチャー……」

「あっ、シーフでっ」


 俺は、すべてを聞かずに決定した。

 王女は、やさしく微笑みうなずいた。

 すると、まばゆい光が降り注いだ。


「あっ、バカ!」


 桔梗に後頭部を引っぱたかれた。

 頭をさすりながら振り向くと、桔梗はあきれてこう言った。


「あんた何やってんよ。シーフとか頭がおかしいんじゃないの?」

「別に良いだろ。好きなんだよ、シーフとか忍者とかそういうの」

「あはは、あなた今の状況が分かってるの? ワタシたちはモンスターの棲む森に放り出されたのよ。そんな危機的な状況で、シーフとか何を考えてるのよ。もっと戦闘的な職業にしなさいよっ」

「そんなことを言うけどさあ」


 俺は桔梗のドレスをじろりと見た。

 すると桔梗は不敵な笑みで胸もとをアピールした。

 と、そこに王女が笑顔で割りこんだ。


「お連れの方は呪術師なのですね。先ほどの呪術『テラー』はお見事でした」

「テラー?」

「恐怖で敵を逃走させる呪術です。命を救われました」

「はあ」


 ちらりと見ると、桔梗はチョー得意げな笑みだった。

 王女は桔梗にうなずくと、俺に顔を向け、まぶしげに目を細めて言った。


「セイヤさん、これからどちらに行かれるのですか?」

「いや、特に決まってないですけど。というか、正直に言うと迷子なんですよ」

「そうだったんですね」

「まあ、とりあえず大きな街に出て、仲間を捜そうと思ってます」

「でしたら王都に来られてはいかがでしょう。この森を抜けてすぐのところですよ」

「ああ、良いですね」

「では一緒に参りましょう。お礼もしたいですし」

「そんなお礼だなんて」

「うふふ、あまり期待しないでくださいね」


 王女はそう言って馬車に戻った。

 まるで天使のように清楚せいそ可憐かれんで、しかも肉感的な美少女だ。

 その後ろ姿をぼんやり見守っていると、桔梗にほっぺたをつねられた。


「痛っ、痛い痛い痛いって!」

「ちょっと、あなた。なにを見惚れているのよ」

「そんなこと言ったって」


 あのぶるんぶるんしたお尻に見惚れなかったら、そいつは間違いなくホモである。まあ俺はどちらかというと桔梗みたいなスレンダーな女性が好みなのだけど、それを差し引いても、王女が魅力的な女性であることは間違いない。


「あなた。魅夏が言う通り、ほんとにちょろいのね」

「ちょ、待てよ」

「ワタシのことを案外気に入っているのかと思っていたけれど、どうやら勘違いみたいだわ。あなた、誰にでも色目を使うのね」

「それはっ」

「なによ」


 などと言い争っていると騎士がやってきた。

 準備が整ったので、これから出発するという。


「分かりました」


 というわけで。

 俺たちは、彼らとともに王都に向かうのだった。――



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