蛮痴羅3 - そして伝説へ… -

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 やあ、俺は浅井誠也。

 先日16歳になったばかりの高専生だ。

 俺は父さんと姉さんの復讐のため、権力者と戦った。『パンツを見られたら結婚条例』を撤廃させ、世界まで救った。

 で。

 そのいきおいをもって異世界にトリップした。

 いや、なにを言っているのか分からないとは思うが、俺にだって分からない。

 ただ、眼下に広がる大自然を見れば、ここが21世紀の日本でないことは明らかだ。


 地平まで広がる原生林、建物がひとつもない大草原。

 そこに流れる大河、その先には石壁で囲まれた城塞都市じょうさいとし

 さらには巨大な塔まである。

 異世界以外のなにものでもないだろう。


 ちなみに俺は今、そんな大自然の上空を馬車で飛んでいる。

 桔梗ききょうが馬車を操っている。

 俺は乗車席に座っている。

 隣には魅夏みか、正面には音芽おとめとロリちゃん。

 ちょっとしたハーレム旅行である。

 が……。




   ▽     ▽     ▽


「なんかこの馬車、落ちてね?」


 魅夏が外を見ながら言った。

 俺たちは眉をひそめて窓の外を見た。


「ほんとだ。じわじわと下がってる」

「だろ?」


 たしかに馬車は落ちていた。

 魔法か何かで浮遊してはいるが、落ちる力が勝っている。

 みんなの視線が桔梗に集まった。

 桔梗は首をねじむけ、不敵な笑みをした。

 そして言った。


「ええ、落ちてるわっ」

「なにを偉そうに言っているんだよ」


 俺は即座にツッコミをキメた。

 すると桔梗は念を押すようにもう一度言った。


「ええ、この馬車は落ちているのよっ」

「ちょ、待てよ」

「あはは、なにをあわてているのよ」

「だってこんな高さから落ちたら死ぬだろう」

「まあ、死ぬわね」

「おまえっ、他人事のように言うなよ。なんとかしろよっ」

「あなたたちこそ何とかしなさいよ」

「はあん?」

「だって蛮痴羅パンチラでしょ?」


 桔梗はニヤリと笑ってそう言った。

 とにかくすごい自信だが、しかし、こうしている間にも高度はじわじわと下がってる。


「おまえっ、なんも考えもなしにトリップしたのかよ」

「ええ、そうよっ。ワタシたちは今、ノープラン・トゥ・フライ! ノープラン・トゥ・フラーイなのよっ!!」


 桔梗はドヤ顔で二度も同じことを言った。

 その瞬間、魅夏が桔梗の後頭部を思いっきり引っぱたいた。

 まるでコントのような、とても気持ちのいい音がした。

 桔梗は頭をおさえながら、くやしそうな目で魅夏を見た。

 だけどちょっと嬉しそうな笑みだった。

 魅夏が言った。


「おい、桔梗。これからどうすんだ?」

「だからノープランだって言ってるじゃないのよ」

「ウソつけ。てめえのわけの分からない話に付き合ってるヒマはねえ。結論だけ言え」

「だからノープラっ」

「せいっ!」

「痛っ」

「早く言え」

「わっ、分かったわよ。とっ、とりあえずあの塔が異世界に来た目的よ」

「あの巨大な時計の?」

「そう、あの誇りに満ちてそそりつ、情けないようでたくましくもある、あの時計塔よっ」


 桔梗は腰をくねらせてそう言った。

 と、その瞬間、やはり魅夏が後頭部を引っぱたいた。

 なかなか息のあった美少女漫才である。

 俺と音芽は同時に噴きだした。

 だけどロリちゃんは、ハラハラして前方を見ていた。

 どうやら桔梗が馬車をほったらかしなのが気になるらしい。


「大丈夫だよ、ロリちゃん」

「でも……」

「桔梗はたしかにキチガイだけど、あれで案外しっかりしてるから」

「うーん」

「大丈夫だって」


 俺はそう言って、ロリちゃんの頭をなでた。

 するとロリちゃんは、ぷっくらと可愛らしくほっぺたをふくらませると、それから、もうしかたがないわねえ――って感じの、まるでお母さんのようなため息をついた。

 と。

 そのときだった。



 ドォ――ン!!!!


 突然、後ろからすさまじい爆音がした。

 そして馬車のすぐ横を、なにか炎のような熱のかたまりが通りすぎた。

 その衝撃に馬車が揺れる。

 激しく揺れる。

 俺たちは壁に手をつく。

 懸命にこらえた。

 魅夏が叫んだ。


「何だ今のはッ!?」

「ドラゴンよっ」


 桔梗が後方を眺めながら言う。

 魅夏は身を乗り出して言った。


「マジでドラゴンだ」

「あれが炎を飛ばしたのよ」

「あたしたちを攻撃してンのか?」

「ワタシたちのほかに何もないわ」

「じゃあ、やっぱり狙ってンのか」

「なにか乗ってるわ。あれがドラゴンを操っているのね」

「ああン?」


 俺たちは、いっせいにドラゴンを凝視した。

 するとドラゴンの背中には黒いシルエット。

 たしかに全身黒ずくめの何者かが乗っていた。

 しかも腕組みをした仁王立ち……いわゆるガイナ立ちである。


「あの野郎ォ……」


 魅夏はそう言って、カタナを引っつかんだ。

 派手に後部ドアを開けると、馬車の屋根に飛び乗った。


「危ないって!」


 俺は、あわてて引き戻そうとした。

 すると、そのわきをくぐり抜けて、なんとロリちゃんが屋根に上がった。


「ロリちゃん!?」

「エフェクターガンなら弾が届きます」

「いや、危ないって。ほら、魅夏も笑ってないで注意してよっ」

「まったく、誠也は心配性だなあ」

「そんなこと言ったって」


 異世界の上空を馬車で飛び、ドラゴンに後ろから狙われている。

 この状況を笑っていられるほうが不思議である。


「この子のほうが誠也よりよっぽど頼りになんよ」

「あのなあ」

「なあロリちゃん?」

「うん」


 ロリちゃんはニッコリ笑って、うなずいた。

 魅夏はその頭をやさしくなでた。

 で。

 そんなところに後ろから火の玉がまた飛んできた。

 火の玉は馬車を大きくそれて、遠くの森に消えた。

 森が白く光った。

 一瞬の静寂の後、森から激しい炎が噴きあげた。


「うわっ、危ねえ」

「だから馬車に入れって」

「うっせ。なあ桔梗、おまえもちゃんと避けろよな?」

「あはは、あんなもん避けられるわけないでしょ」

「できないとか言うなよ。気合いで避けろよ」

「無理よっ。そもそもこれは馬車よ。空を飛ぶように出来ていないのよ」


 桔梗は今更そんなことを言った。

 だけど魅夏は「それもそうか」と、ずいぶん素直にうなずいた。

 突風に乱れる髪を気にしながら魅夏は言う。


「じゃあ、カタナで打ち返してみるよ」


 この言葉と同時だった。

 激しい炎が迫り来た。

 身をすくめた瞬間、目の前が真っ白になった。

 馬車は強烈な振動と轟音につつまれた。

 そしてその衝撃から立ち直ったときにはもう、


「うそ……」


 馬車の後部は、ごっそりなくなっていて、屋根は粉々になっていた。

 俺は、がく然としてあたりを見まわした。


「うぅ……」


 音芽は、前方の御者ぎょしゃ席まで吹っ飛ばされていた。

 足をM字に大きく広げて、尻もちをついている。

 ぼう然としているが命に別状はなさそうだ。


「あんっ、うぅん」


 桔梗は、どういうわけか俺に抱きついていた。

 俺の胸に顔をうずめ、力いっぱいしがみついている。

 これも命に別状はなさそうだが、しかし、その顔は恐怖で真っ青だ。

 が。

 問題は屋根のふたりである。


「魅夏! ロリちゃん!!」


 俺は身を乗り出して、ふたりを探した。

 すると馬車の破片に混ざって、魅夏が落下していた。

 そしてその胸にはロリちゃん。

 魅夏は落下の際、ロリちゃんをワイヤーで引き寄せたようだった。


「良かった」


 俺はひとまず安堵のため息をついた。

 いや、高度数千メートルから落下している美少女を見て、安堵するのもおかしな話だけれども。ただ、美少女とはいっても、そこはあの魅夏である。

 数千メートルから落としたくらいで死ぬわけがない。

 宇宙に放り出しても、平泳ぎで帰ってきそうな女傑である。割とマジで。


「しかしこの状況……」


 顔をあげると、ドラゴンがすぐそこまで迫っていた。

 今ではその背中のシルエット……黒い騎士さえハッキリと見える。


「あの野郎ォ」

「ふんっ」


 黒い騎士は、依然、ガイナ立ちで俺たちを見下ろしていた。

 その漆黒のかぶとの隙間からは、刺すような鋭い眼光。

 まるでヘビのような視線。

 どんな顔かは見えないが、しかし、ヤツが恍惚感こうこつかんにおぼれているのはよく分かる。


「ちくしょう」


 俺は桔梗を抱いたまま立ち上がった。

 音芽のところに向かった。

 と。

 そこにドラゴンが激しくぶつかってきた。


「あ"っ!?」


 俺は思いっきり吹き飛ばされた。

 かるい目眩めまいをおぼえた。

 そして若干の無重力を感じた後、俺は馬車から放り出されていた。


「桔梗!?」

「うぅ、うん……」


 桔梗は俺の胸で丸くなっていた。

 俺はホッとして、今度は馬車を目で追った。

 音芽が馬のたづなを握っていた。

 そしてなにやら目まぐるしく計算をしていた。

 俺はその様子に満足すると、桔梗をきつく抱きしめたまま、眼下に広がる大森林へとただ落下していくのであった。――



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