〃

 大仏は、俺をつまんだままで疾走した。

 高速道路に沿って、鬼神市の中心に向かっている。

 魅夏先輩を追い抜かして、しばらく過ぎた頃だった。

 大仏はあんぐり口を開けた。

 俺を口の真上まで持っていき、ぽとんと落とした。

 ぺろんと呑みこんだ。


「うわっ!?」


 俺はフローリングの床に落下した。

 その際、かるく転倒しヒザを痛めている。


「痛ぅ……」


 俺は床に突っ伏しながらも、あたりを見まわした。

 ここはまるで船の操舵室のようだった。


 いや、当たり前と言えば当たり前だけど、この大仏は巨大生物ではない。

 機械でできている。

 当然、操縦室コントロール・ルームがあるし原動機エンジンだってある。

 陸上選手のように走っているけど、それでも輸送機関モーター・ビークルである。たぶん。


「ということは、操縦者が……」


 俺は、おそるおそる顔をあげた。

 するとそこには真っ白な女。


「うふふ」


 真っ白なはかまに真っ白な着物。

 その着物よりもさらに白い肌。すらりとした黒髪の――おそらく高校は卒業している、そんな年齢の――美女がいた。


「くっ」


 俺は思わず身構えた。

 すると、女は冷然と笑った。

 まるで氷の花だった。

 氷のような誇りと、花のような妖艶ようえんさと――こんな女は生まれて初めて見たと、俺は床に突っ伏しながらも、うっとりした。

 うわごとのように訊ねた。


「あなたは?」

穴山桔梗あなやま・ききょう。鬼神寺住職の孫」


 女はひどく澄んだ声でそう言って、するりとはかまを脱いだ。


「えっ?」

「うふふ」


 真っ白な太ももがあらわとなった。

 俺がツバをのみこむと、桔梗はその場にだらしなく、くたっと座りこんだ。

 それから、くたっとした笑みをした。


「ふう」


 桔梗は、すべてが弛緩していた。

 退廃的な色気。まるで腐りかけの果実のようだった。

 俺が喪心したままでいると、桔梗はやがて、ため息を吐くように言った。



「ワタシをやっつけに来たの? それとも食べられに来たのかな?」

「くっ」


 俺は無理やり体をねじむけ起き上がろうとした。

 すると桔梗は飛びついてきた。

 俺をひっくり返し、仰向けにした。


「ぐはっ」


 スタンガンをあてられた。


「あはははは」


 桔梗は俺にまたがった。

 馬乗りになり、それから股間をこすりつけるように胸もとまでせり上がってきた。

 桔梗は恍惚こうこつの笑みで俺を見下ろした。


 うっすらとピンクに光るつるつるの短パンが、着物のスソから見えている。



「ねえ、男の子。この短パンはね、ボクサー・ショーツって言うの。パンツなのよ」

「………………」

「お姉さん、視られちゃった。パンツを視られちゃったわあ」

「……なにが目的だ」

「結婚するのよ」

「えっ」


 俺は言葉を詰まらせた。

 状況と立場に問題はあるが、しかし、悪くない提案だと思った。

 この桔梗というお姉さんは、いきなりパンツを見せてきたり、スタンガンで攻撃してきたり、そもそも走る大仏で追いかけてきたりと、たしかに異常なところはあるけれど、それに目をつぶらせるだけの美貌と淫靡いんびな魅力をもっていた。

 それにぶっちゃけて言えば、華奢でいかにもインドア派っぽくて、俺好みの見た目である。


「しかし、俺は十五歳。条例の適応外だ」

「そう、それは残念」


 桔梗は、にたあっと笑った。

 それから股間をせり上げると、なんと俺の顔に押し当てた。

 太ももで俺の顔面をはさみこみ、腰をひねって、くたりと横に座った。


「ふごっ」


 俺の首に負荷がかかる。

 俺は桔梗の股間に顔面を突っ込んだまま、体をねじむけた。

 ひっくり返って、今度はうつ伏せになったのだ。

 今、俺の首には桔梗の太ももがからみつき、ものすごい力で圧迫されている。



「あはははは、ねえ、男の子。このままワタシの股間に顔をうずめて、誕生日まで過ごしましょう。そしてワタシと結婚しなさいよ」

「ふごっ」

「今、ワタシは、キミたちの骨伝導無線と同じ機械で話しかけてるわ。だから口をふさいでも大丈夫。キミの声はしっかり聴こえるわよ」

「ちっ、ちくしょう」

「あはは、そうそう、そんな感じでしゃべってね」

「離せっ」

「いやよ。ワタシはあなたと結婚するのよ。それまで、ずっとこのまま股間に挟んだままで暮らすわよ」

「そんな無茶なっ」

「あらっ、市長の家に殴り込みをかけ、警察署長の娘を襲撃したキミたちにそんなことを言われてもピンとこないわあ」

「………………」

「ねえ、キミたちこの後どうするの? 浅井誠也クン、それに橘魅夏クン、早乙女音芽クン」

「!?」

「ワタシだってハッキングくらいできるわよ」

「くっ、住職の孫なのに」

「あはは、最近の坊主はハイテクよ。檀家だんかの管理に便利だからね」


 桔梗は、ため息をつくようにそう言った。

 イヤホンから息を吹きつけられたようだった。


「ねえ、誠也クン。ワタシと結婚よ」

「………………」

「誕生日は、たしか9月よね。だからあと2ヶ月、このままのかたちでここでふたりで暮らしましょう。そうすれば誕生日が来た瞬間、ワタシのパンツを見るからね」

「いやっ、言ってることおかしいよ」

「あら、でもだったらキミはどうするの? ここから出ても市長たちに殺されるだけよ」

「そんなことはない」

「あれだけ派手なことをやって、本気で逃げ切れると思ってるの?」

「それはっ」

「ワタシなら守ることができるわよ」

「………………」

「ねえ、キミを地下牢に閉じ込めて、こっそり飼ってあげる。キミは、ただひたすらワタシの性欲を満たすだけでいい。キミはその技術をひたすら研さんし、ワタシを満足させるだけでいい。そういう人生を送りなさい」


 初めは、ずいぶんと魅力的なオファーだと思って聞いていたけど、なんだか途中からおかしなことになってきた。というより狂っていた。


「ねえ、誠也クン」

「うーん」

「ああんっ。鼻息がくすぐったいわあ」


 桔梗は愉悦に満ちてそう言った。


「ちっ」

「いやんっ」


 俺が脱出しようとあがくたび、桔梗は大げさに悦んだ。

 割と下ネタがOKな俺でも顔を赤らめずにはいられない声であり、そしてハッキリと淫らな言葉すら聞こえてきた。


「あはは、誠也クン。このまま結婚しよう。ほら、結婚すればワタシのような大人気の美少女とヤリまくれるのよ。ヤリまくりの日々よ。ねえ、悪い話じゃないでしょう? むしろ Win-Win よねっ!」


 桔梗は、たぶんドヤ顔で言った。

 俺は、自分のことを大人気と言う女も、美少女と言う女も初めて見た。

 と、その時だった。



 ドゴォオオ―――!!!!



 大仏が激しく揺れた。

 パラパラと細かな破片が降ってきた。

 桔梗は大股を開いて、壁際まですばやく後ずさりした。

 俺を置き去りにした。


「ううっ」


 俺は四つんばいになり、それから体をひねった。

 尻もちをついた。

 そうやって上を見た。

 天井が、ぽっかり開いていた。

 大仏は首のところで折れて下を向いた状態になっていた。

 そして大仏の後頭部には、ドゥカティ・ムルティストラーダ。

 先輩のバイクがまるでチョンマゲのようにブッ刺さっていた。


「ダイナミックおじゃまします」


 魅夏先輩が飛び降りてきた。

 俺は口をあんぐり開けたまま大きくうなずいた。

 すると先輩は、まるで太陽のような笑みをした。

 それから大仏のなかを見まわした。

 先輩は桔梗を発見した。


「誠也と話してたのは、あいつか」


 魅夏先輩は、骨伝導無線イヤリングをいじりながらそう言った。

 桔梗を真正面に見た。

 桔梗は着物のスソを気にしながら、立ち上がった。

 先輩が一歩前に出た。

 桔梗も前に出た。

 魅夏先輩と桔梗、ふたりは相対した。

 そしてしばらくの沈黙の後。

 桔梗が妙なポーズでこう言った。



「ワタシは穴山桔梗あなやま・ききょう、大人気の美少女よっ」

「ああン?」


 魅夏先輩が凄んだ。

 すると桔梗は、すっと目をそらした。

 それから、くっと笑った。

 魅夏先輩が言った。


「なんだこいつ、オタクくせえな」


 それはどんなセリフよりも的確に桔梗を描写している言葉だった。

 桔梗は絶句した。

 魅夏先輩はポケットからカメラを取り出して、めんどくさそうに言った。


「とりあえず撮っておくか」

「あっ!?」

「ん? どうした誠也?」


 魅夏先輩は写真を撮った後で、質問をした。

 俺は、チョー嬉しそうな桔梗に苦笑いをして、それから質問に答えた。



「この痴女ひと、パンツを見ると喜ぶんだよ」




■ROUND3 オペレーション・リザルト■

 マン・ターゲット    :穴山桔梗 鬼神短期大学二年 十九歳

 マテリアル・ターゲット :ポリエステル100%。ボクサーショーツ

 備考          :淡いピンク、サテン織り   撮影状態良好!

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