〃

「よしっ、これですべてのパンチラを手に入れたぞ!」


 魅夏先輩は誇らしげにそう言った。

 帰るぞと、俺の手を引いた。

 すると桔梗が噛みつくように言った。


「ちょっと待ちなさいよっ」

「うっさい!」


 魅夏先輩は頭突きをカマした。

 桔梗は思いっきり仰け反った。

 しかし俺をちらっと見て、それから、


「きゃー」


 と、ボー読みな悲鳴をあげながら、俺に抱きついてきた。

 俺と桔梗は、からみあい、もつれあって転倒した。

 そのどさくさに、桔梗は俺の手をつかんで自身の胸にのせている。


「なにしてんだコラァ」

「ワタシは味方よっ」

「ああン?」

「ちょっと先輩。とりあえず話を聞いてみようよ」


 俺はそう言って魅夏先輩をたしなめた。

 すると先輩の顔色がさっと変わった。

 口をとがらせてこう言った。


「誠也は、いったいどっちの味方なんだよお?」

「どっちって言われても」

「だいたい誠也は女に弱すぎる。チョロすぎるんだよ」

「そんなっ」


 心当たりがあるだけに反発心はいっそう強かった。

 しかし俺は思いっきり眉をひそめるだけで返す言葉もない。

 ぐうの音も出なかった。

 俺と魅夏先輩は、しばらく無言のまま目だけでやりあっていた。

 やがて桔梗が言った。



「ところで、これからお姉さんは鬼神スカイタワーに向かうのだけど。キミたち邪魔しないでね」

「スカイタワーに?」「この大仏で?」

「市長たちの暴走を止めるのよ」


 きっぱりと、桔梗は言った。

 俺と魅夏先輩は目と目を合わせると、ツバをのみこむようにうなずいた。

 魅夏先輩が言った。


「くわしく聞こうか」


 桔梗はうなずいた。

 それからこう言った。


「結論から先に言うと、鬼神スカイタワーは、実は、ミサイル発射施設として建設されている。市長はこれからミサイルを発射するつもりよ」

「どっ、どこに!?」

「韓国と北朝鮮の国境付近」

「そんなことをして、いったい何が起こるんだ!?」

「第3次世界大戦よっ」


 桔梗はドヤ顔でそう言った。

 はあ――っと、俺は息を漏らして失笑した。

 だって笑うだろう、こんなことを真顔で言われては。


「ちょっと、笑いごとじゃないわよ」

「いや、だって。あはは」

「いい? 鬼神市の権力者は、市長、警察署長、そして鬼神寺の住職。鬼神市を牛耳っているのはこの3人。で、彼らは鬼神市だけでは満足できなくなってしまったの」

「それでミサイルを韓国に?」


「より巨大な権力を手に入れるため、彼らは世界に混沌をもたらすことにしたの。その混乱に乗じて権力を拡大したいのよ」

「しかし、ミサイルを撃ってタダで済むとは思えない」

「そう。生贄の羊スケープゴートが必要だわ」


 桔梗はそう言って、外の様子を見た。

 大仏は依然走り続け、スカイタワーへと向かっている。


「市長たちはミサイルを発射したかった。だけど犯人をでっち上げる必要があった。と、そういった状況下で、キミたちは騒ぎを起こした」

蛮痴羅パンチラによる市長邸襲撃事件、スカイタワー襲撃未遂事件か」

「おあつらえ向きの容疑者ね」

「俺たちを犯人にするわけか」

「市長たちの決断は早かった。すぐにでもミサイルを発射する気よ」


 桔梗は、ため息混じりにそう言った。

 魅夏先輩が訊ねた。


「でも、あんたはヤツらの身内だろう。なんでまたこんなことを?」

「さすがに戦争はイヤよ」


 桔梗は自嘲気味に笑った。

 それから、すっと目を細めてこう言った。



「さて。というわけで、この大仏は玉砕覚悟で鬼神スカイタワーに突入するのだけど。ミサイルの発射を阻止するのだけれども。……命が惜しければ、さっさと逃げなさい」

「そんなこと言われても」


 と、俺が言うと、魅夏先輩はニヤリと笑った。

 そして桔梗の肩をガッチリつかんでこう言った。


「そんなことを聞いたら逃げられないよ。一緒に市長をブッ飛ばすぞ」

「なっ、なによ、暑苦しい女ね。そういうの大嫌いよ、流行らないわよ」

「うっせえ。戦争を阻止するために大仏で特攻するような隠れ熱血女・・・・・なんかに言われたくねえよ」


 魅夏先輩はそう言って、カラッと笑った。

 桔梗は、母性に満ちたため息をついた。

 魅夏先輩が言った。


「なんか手伝えることは?」

「この大仏は自動操縦よ。目標はすでに設定してあるから特にないわね」

「ふうん。じゃあ、誠也をつまんだのとか、どうやんの?」

「あれは、そこのコントロール・パネルよ」

「なるほどなあ」


 魅夏先輩はパネルをいじりながらつぶやいた。

 桔梗は外の様子をうかがった。

 俺もその隣で外を見た。

 大仏の向かう先にはスカイタワー。

 ここからは広く長い道路が真っ直ぐに伸びている。

 道路には車は一台もない。

 人通りもまったくない。

 いや、全高50メートルの大仏が走っているから避難しているのは当たり前なのだが、それにしても閑散としていてまるで別世界のようだった。



「あっ!? アレは!?」

「市長の私設軍隊よ!」


 何台もの戦車がスカイタワーのところに並んでいた。

 そして大仏に向けて発砲し始めた。


「このまま突き進むわよ」

「あはは、あんたやっぱり隠れ熱血マンなのな」


 魅夏先輩が大らかに笑う。

 桔梗がくやしそうな目で、だけど嬉しそうににらむ。

 まるで太陽のような魅夏先輩と、月明かりのような桔梗。

 ふたりは見た目は正反対だけど、案外似た者同士なのかもしれない。


「くっ、さすがにここまで近づくと被弾するわね」

「おい、やられっぱなしか?」

「突進あるのみ。踏み潰して抜けるわよ」

「ふふっ。あたしより強引な女は初めて見たよ」


 魅夏先輩はそう言って、コントロールパネルを操作しはじめた。

 そのとき、


 どんっ!


 大仏は被弾し激しく大破した。

 右腕だった。


「ちょうどいや」


 魅夏先輩はそう言って、コントロール・パネルを激しく叩いた。

 すると大仏は被弾した右腕を引きちぎった。

 そしてその右腕をまるでこん棒のように振り回した。

 戦車や自走砲をなぎ払った。

 バリケードを一掃するとヘリに向かってブン投げた。

 スカイタワーの近辺は、たちまち火の海となった。


「行くぞ!」


 大仏は吹きすさぶ熱風と、雨のように打ちつける銃弾のなかを、ゆっくりと突き進んだ。もう走ることはできなかった。いたるところに被弾して今にも崩れそうだった。


「あっ、市長専用機よ!」

「逃げる気か!?」


 魅夏先輩が空をにらむ。

 コントロールパネルをすばやくなでる。激しく叩く。

 大仏がそれに反応する。


「逃がすかァ!」


 魅夏先輩が市長専用機を指さした。

 すると大仏は、頭に刺さっていたバイクを引っこ抜いた。

 そしてそれを市長専用機に向かってブン投げた。

 機械とはとても思えぬ原始的なフォーム。

 まるでアボリジニがブーメランを投げつけたようだった。

 で。


 すこんっ! ――と、バイクが市長専用機あたった。

 ぼおっ!! ――っと、市長専用機は火を噴いた。

 しばらくするとパラシュートがいくつか降下した。


「誠也ァ!」

「分かってる」


 俺と先輩はハシゴをかけあがり、大仏の肩に飛び乗った。

 パラシュートに向かってワイヤーを伸ばした。

 市長たちを引き寄せた。

 ぐるぐる巻きの彼らを大仏のなかに蹴落とすと、先輩は言った。


「条例を廃止しろ!」

「くっ」

「娘たちのパンチラ写真を撮った。あたしがなにを言いたいか分かるか?」

「ふんっ」


 市長らは顔を背けた。

 すると魅夏先輩は思いっきり蹴っ飛ばした。

 そして桔梗が冷然と言った。



「この子たちの仲間には、凄腕のハッカーがいるのよ。で、そのハッカーが先ほど、あなたたちのパソコンにウィルスを注入した」

「なに!?」

「今頃、あなたたちのパソコンから市会議員全員にメールが送られてるわ。ええ、【 明日朝9時の市議会で『パンツを見られたら結婚』条例の廃止を審議する。欠席者は廃止に賛成とする 】というメールよ」

「まさか!?」

「あなたたちが欠席すれば、廃止されるわね」


 桔梗は無表情で無感情に言った。

 俺と魅夏先輩は、思わず眉をひそめた。

 桔梗を見た。

 すると桔梗は骨伝導無線で音芽さんに話しかけた。


「というわけで、メカニックのキミ。さっそくそういうウィルスを作って欲しいのだけど、何時間でできる?」


 しばらくすると音芽さんの不機嫌な声がした。


『ものすごいムチャぶりだよお』

「で、いつ?」

『……ちょうどウィルスを作り終わったところだよう』

「おっ」

『で、後はメールを送るだけなんだけど、でも、今はちょっと出先だから機材が充分じゃないんだよう。十五分くらいかなあ?』

「あはは、なかなか優秀ね」

『まったくもう』


 音芽さんは可愛らしくスネてそう言った。

 桔梗は満ち足りた笑みをした。

 魅夏先輩もニヤリと笑った。

 そして、ふたりそろって市長たちを侮蔑に満ちた瞳で見下ろした。

 すると市長は、奥歯をカチリと噛みしめた。

 それから、ものすごい笑みで言った。



「ほほほ、油断しましたね! 今、ミサイルの発射スイッチを押しましたよ。終わりです。すべて終わりですよ、ほほほほほ」


 この言葉と同時だった。

 大地が鳴った。

 凄まじい地響きがした。

 スカイタワーからひどい振動と爆音が放たれた。

 そして、スカイタワーがパックリ割れて、なかからミサイルがあらわれた。

 ミサイルは、白煙を噴き上げながらゆっくりと上昇しはじめた。



「「しまった!」」


 俺と桔梗の口から同時に名状しがたいうめきがもれた。

 ミサイルはどんどん上昇し、あっという間に空高く昇った。

 そして北西へと飛翔した。


「追いかけるぞ!」


 魅夏先輩がミサイルをにらみつけて言った。


「間に合わないわよっ」


 桔梗がすぐさまツッコミを入れる。


「気合だっ」

「気合だって、あはは、どうやるのよ。無理よ」

「無理とか言うなよ、やるんだよ」


 魅夏先輩はそう言って、コントロールパネルを操作した。

 大仏は、たどたどしい足取りでミサイルを追いかけた。

 もちろん追いつけるわけがない。


「ちくしょう!」


 魅夏先輩が叫んだ。

 と、そのとき。

 一機のセスナが大仏の横を飛び抜けた。

 セスナは大らかにターンして失速、再び大仏の横にやってきた。

 それから大仏と速度をあわせて、ゆっくり飛んだ。

 やがて側扉が開いた。



「やあ、みんなあ」


 音芽さんは乱れる髪を懸命におさえながら、照れくさそうに笑った。

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