ROUND1 メカニック蛮痴羅

「私は県知事の娘です」


 と、私は堂々と言った。

 誠也お兄ちゃんは、大きく目を見開いた。

 それからゆっくりうなずくと、やさしく言った。


「倒していいのか?」

「『パンツを見られたら結婚条例』はイヤです」

「俺もだよ」

「やっつけてください」


 私は誠也お兄ちゃんのくさりを解いた。

 お兄ちゃんは監獄から出ると、やさしく私の頭をなでた。

 それから周囲を見まわしこう言った。


「看守は?」

「倒しました」

「……その銃で?」

「役に立てます」

「自分の身を守るだけでいい」

「そんなあ」


 私は、ぷっくらとほっぺたをふくらませた。


(ここにいる人たち全員、私がやっつけたんですけど)


 胸を張ってそう言ってやりたかった。

 でも、オトナゲないから我慢した。

 誠也お兄ちゃんは、そんな私の頭をなでると入口に行った。

 そこで荷物を取り出すと、苦笑いで言った。


「まったく、お役所仕事もたいがいにしろよなあ」

「はい?」

「これは俺の私物ケースだよ。このなかには、俺が監獄に来たときに持っていた物がすべて入ってる」

「お洋服にお財布に、カメラ、リュック。それとナタ? あとこれは?」

蛮痴羅パンチラの武器。ワイヤーを射出するグローブだ」


 誠也お兄ちゃんは、服を着ながら言った。

 それからグローブを装着すると電源を入れて点検をした。

 そして、ため息混じりにこう言った。


「こんな武器を保管しとくなよ。ルールがどうであれ破棄しろよあ」

「あはは」

「しかしカメラか、なにもかも懐かしく感じるな」

「それでパンチラ写真を撮ったんですよね?」

「権力者の娘のね」

「その写真で、条例の廃止を迫ったんでしたよね」

「結局、役に立たなかったけどね」


 誠也お兄ちゃんはそう言って、カメラを私に預けた。

 笑顔だけど、でも、目が怒ってた。

 たぶん当時のことを思い出す品は――武器はしかたがないとして――できるだけ持ちたくないのだと思う。

 私は黙ってカメラを受け取った。



「ところでロリちゃん」

「はい?」

「俺が刑務所に来てからどれくらい経った?」

「2ヶ月だと思います。今は9月だから」

「えっ? それだけ?」

「うん」

「早いな。いや、監獄から出るのがではなく」


 鬼神市が再び闇に包まれるのがね――と、誠也お兄ちゃんは、ぼそりと言った。

 あまりにもカッコ良くてクサすぎるセリフだったけど、それが身ぶるいするような実感をおびていたので、私は笑うこともツッコミを入れることもなく、ただ黙ってうなずいた。

 お兄ちゃんは言った。


「あれから2ヶ月ってことは、みんな元気かな」

「あの、それなんですが……」

「ん?」

「ほかの蛮痴羅パンチラのみなさんは、条例に反対する人を弾圧しています」

「はあ?」

「お父さんの指示で反対派をやっつけているんです」

「んんん?」

「だから誰もお父さんを止めることができないんです」

「ああン!?」


 誠也お兄ちゃんは、あごをしゃくるような声をあげた。

 ようやく私の言ったことを理解したらしい。

 お兄ちゃんの顔には、おさえかねた怒りの炎がゆらめいた。


「ロリちゃん、確認するぞ。俺の仲間は、キミのお父さんの手下なんだな? お父さんの指示で条例反対派を攻撃しているんだな?」

橘魅夏たちばなみかさん、早乙女音芽さおとめおとめさん、それに穴山桔梗あなやまききょうさん。今はみんな、『パンツを見られたら結婚条例』の支持者です」

「ふざけんなよっ!」


 誠也お兄ちゃんは壁をブン殴った。

 激しい怒りによる歯ぎしりで、口から血が噴きだしている。

 私がおそるおそる顔をのぞきこむと、お兄ちゃんは吐き捨てるように言った。


「野郎ォ、ぶっ殺してやる!」


 誠也お兄ちゃんの仲間は、みんな女の子だから、『野郎』は違うと思ったのだけど。

 そんな野暮なツッコミができないくらい、お兄ちゃんはキレていた。




   ▽     ▽     ▽


 誠也お兄ちゃんは、リュックを背負ってエレベーターに向かった。

 私はあわてて後を追いかけた。

 エレベーターが1階に到着した。

 看守はまだマヒしていた。

 なかには気絶している者もいる。

 お兄ちゃんは、そんな廊下をズカズカと進み、中央のコントロール・ルームに入った。そこには、たくさんのディスプレイがあって、刑務所の至るところが映っている。

 お兄ちゃんが言った。


「ゲートや地下の異常は、まだほかに知れ渡ってない」

「うん」

「これは監視装置のコントロールパネルだ」

「カメラや鉄条網てつじょうもう、見張り塔。それにこれは?」

「ミサイル……これはミサイルの発射台だな」


 誠也お兄ちゃんは、言ったあとで眉をひそめた。

 それからお兄ちゃんと私は目と目をあわせると、同時に腰に手をあて、うーんとうなった。


 まったく、いくら刑務所といっても武装しすぎだよ。

 しかもこれは囚人を逃がさないための設備ではない。

 何者かの襲撃に備えて外に向いている。


 私は、あきれかえって大きなため息をついた。

 だけどお兄ちゃんは違った。

 イタズラな笑みでこう言ったのだ。


蛮痴羅パンチラの作戦本部……鬼神高専にミサイルを撃ちこんでやる」

「ええっ!?」

「みんなはまだ高専にいるんだろう?」

「うんっ、でも」

「発射台はすぐそこだ」


 誠也お兄ちゃんはそう言って、コントロールルームを出た。

 私は、ちょっと嫌な予感がしたのだけど、それでもとにかく追いかけた。




 発射台に着いた。

 お兄ちゃんは警備員に向かって、ワイヤーを飛ばした。

 ぶん! ――ワイヤーが警備員にからみつく。

 お兄ちゃんがワイヤーを引き寄せると警備員は宙を舞い、壁にぶつかった。

 お兄ちゃんは、そうやってすべての警備員を倒した。

 そして発射台を操作した。


「よし、高専を照準した」


 あまりメカにくわしそうには見えないお兄ちゃんだけど、あっさり操作できてしまった。こういったところは、さすが高専生。ほんとタチが悪い。


「じゃあ、ちょっと行ってくる」


 お兄ちゃんは私の頭をなでると、そこらへんのテキトーなところから太いケーブルを引き抜いた。そしてミサイルにくくりつけた。

 それからお兄ちゃんは爽やかな笑みで、とんでもないことを言った。



「高専まで、これで飛んでいくわ」

「えっ!? 今なんてっ!?」


 私はアホみたいな声をあげて、アホみたいな顔で聞き返してしまった。

 するとお兄ちゃんは、ひどく得意げな顔をして言った。


「ミサイルで高専を攻撃する。ミサイルにつかまっていれば、すぐに着く。一石二鳥だろ?」


 このお兄ちゃんの発言を聞いて、私は早くも後悔したのだった。

 後悔が先に立った。

 やばい。

 この人を監獄から出したのは失敗だった。

 私はかるい目眩めまいをおぼえて、ふらふらした。

 お兄ちゃんは、そんな私を置き去りにしてミサイルで飛んでいった。


「すぐに戻ってくるから!」


 空からそんなお兄ちゃんの声。

 言葉もないよ。

 私は、まるでお母さんのようなため息をついた。

 だけどすぐに気力を取り戻した。


「もう、どうやって戻ってくるんだよお」


 私にはお兄ちゃんを脱獄させた責任があり、また責任感があった。

 私は覚悟を決めると、ケーブルをミサイルに巻きつけた。

 そしてケーブルをしっかり抱きしめると、ミサイルを発射した。

 そうやってお兄ちゃんを追いかけたのである。――


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