ROUND2 警察署長の娘・三好聖羅

 その後、俺と魅夏先輩は鬼神高専に戻った。

 追っ手はなかった。

 魅夏先輩が素早く、また、音芽さんのフォローも適確だったからである。

 未季ちゃんを無傷で帰らせたのもプラスに働いた。


「あの子に罪はねえからな」


 魅夏先輩はそう言って教室の扉を開いた。

 場所は、理科棟2階のつきあたりである。

 教室に入ると、ちっちゃな女の子が奥から顔を出した。

 そして言った。


「作戦本部にようこそ!」


 女の子は笑顔で、こっちにやってきた。

 ばっさりとした金髪のボブ。

 ロシア人のような青い瞳に、やや丸みをおびたほっぺた。

 ハラショーな乳。しかし、繊細できめ細やかな肌は日本人そのものだ。


「音芽さん?」

「やあ、はじめまして弟クン」


 音芽さんは、まるで女児のようにニッコリ笑った。

 俺は、ツバをのみこんだ。

 それから無遠慮に彼女をマジマジと見た。

 音芽さんは、小柄だけど迫力のある体をしていた。

 そのエロい体を、だぼっとしたパーカーが包んでいる。

 ファスナーを無造作にヘソまで下ろしている。その下のぶかぶかのタンクトップがあらわになっている。しかも、おっぱいがぶるんぶるん揺れて今にもこぼれ落ちそうだ。


「ロリ巨乳……」


 俺は思わずつぶやいてしまった。

 すると音芽さんは、まるでくちびるをねだるように背伸びして、かるく俺のほっぺたをつねった。それからこう言った。


華奢きゃしゃな子が好きなくせにぃ」

「いやっ、そんなことないです。すみませんした」

「なにを謝っているんだよお?」

「いや、なんとなく。謝ったらモミモミさせてくれるかなって」

「えへへ、ダメだよお」


 音芽さんは、俺のほほをさすりながらそう言った。

 それから、ぺちぺちとあちこちをさわりはじめた。

 ぎゅっと抱きついてきていた。

 そうやって俺のみぞおちのあたりに顔をうずめると、音芽さんは思いっきり俺の匂いをかいだ。


「って、なにやってるんすか?」

はるかの匂いがするぅ」


 音芽さんは、うっとりして言った。


「弟クンははるかによく似てるねえ」

「そっ、そうっすか」

「うん。だって弟クンは15年もの間、遥と同じ家で過ごし、同じご飯を食べて、同じお風呂で同じシャンプーとボディソープを使って、同じ洗剤で洗濯してきたんだよう」

「そっ、それってなんか言いかたがヤバイっすよ。病的というかアブノーマルというか」

「えへへ、ボクはアブノーマルだぞお」


 音芽さんは、俺の首に腕をからみつかせてそう言った。

 俺は、音芽さんのやわらかい感触にやられた。

 頭のなかが真っ白になる寸前だ。

 それを見かねたのか、魅夏先輩が、ぶっきらぼうに言った。


「あのさ、音芽。誠也が勘違いしてるから、早めに言ったほうが良いと思うんだけど」

「へ?」

「いや、まあ、あれ。あんたの趣味。あんたの好きな女性ひとのこと」

「ああ、そうか。そうだよねえ」


 音芽さんは、魅夏先輩にうなずいた。

 それから俺のほっぺたを両手でさわった。

 そうやって真っ正面から俺を見て、音芽さんは言った。


「ねえ弟クン。ボクはさ、同性愛者なんだ」

「えっ?」

「でね、キミのお姉さんのことが好きだったんだ。真剣に愛していたんだよ」


 音芽さんは、ほっぺたを赤く染めた。

 先ほどまでとは打って変わって、女らしい態度である。


「姉さんと?」

「キスとかエッチとかは、してないんだけどね。付き合ってもいなかったけどね。なかなか告白させてもらえなかったんだけど。手も握らせてもらえなかったんだけど。でも、いずれ結婚とかしたいと思っていたんだよ」

「そっ」


 そうなんですか――としか、俺は言えなかった。

 身近に同性愛者が居なかったから、どう接していいか分からなかったのだ。

 一瞬、冗談かと思ったけれど、それにしては音芽さんは思いつめた表情をしているし、魅夏先輩もさりげなく聴こえないフリをしている。


「まあ、男の友達と同じように接してくれよう」


 音芽さんはそう言って、俺の腕にしがみついた。

 やわらかく隆起したふたふさのおっぱいが、俺の腕を圧迫した。

 ふわっと髪が香る。

 いい匂いがする。

 これは男の友達と同じように接するなど、とても無理だと思った。

 頑張ってみる――と言うのが精一杯である。

 音芽さんは、それほどまでに、けしからんボディをしていた。――




   ▽     ▽     ▽


 その後、俺たちは屋上に上がった。

 そこには無人操縦のセスナ機があった。


「セスナァ!?」


 俺は思わず声を裏返してしまった。

 音芽さんはニコニコしながらこう言った。


「正しくは高翼式の軽飛行機。まあ、セスナでいけどね」

「はあ」

「これを手配するのに1年かかったんだよう」

「そっ、そうだったんすか」

「まあ、ほかにも色々と装備をそろえたかったし、そもそも蛮痴羅パンチラの創設はあの事件がキッカケだったしね。それに、えへへ。魅夏がキレてて大変だったんだ」

「先輩が?」


 俺はそう言って魅夏先輩を見た。

 先輩は照れくさそうに顔を背けた。

 音芽さんは、くすりと笑ってこう言った。


「とりあえず魅夏が落ち着くのに時間が必要だったんだ。で、せっかくだからキミの入学を待とうって話になったんだよう」

「そうだったんすね」

「えへへ」

「それにしても、よくこんなものを学校に持ちこめましたね」

「まあ、自由な校風が鬼神高専の魅力だから」


 音芽さんはそう言って、携帯ゲーム機のような端末を操作した。

 するとセスナのウォームアップが始まった。



「じゃあ、次の任務にさっそく移りたいんだけど。ふたりとも大丈夫?」


 音芽さんは、いきなり言った。

 すると魅夏先輩は真剣な表情でうなずいた。

 俺は、ちょっとついていけないんだけど――といった距離感のある笑みをした。

 だけど音芽さんは、かまわず説明を開始した。


「キミたちの次の任務は、鬼神スカイタワーにいる警察署長の娘・聖羅せいらちゃんのパンチラを撮影すること」

「スカイタワー!?」


 鬼神スカイタワーとは……全高635メートル、TV電波を受信して市内に送信するための施設である。山間部に位置する鬼神市では、東京からの電波を直接受信できないのだ。



「聖羅ちゃんは、1時間後に開かれるイベントで一日警察署長として挨拶をする。そのために今、スカイタワーの更衣室で待機してるはず。で、更衣室は第2展望デッキにあって、450メートルの高さ。キミたちはセスナでそこに向かう」

「今、居る『はず・・』って、言ったよね?」


 俺は思わずツッコミを入れてしまった。

 すると、音芽さんは可愛らしくぷっくらとほほをふくらませた。


「ほら、ちゃんと居るよ。いちいちあし取るなよなァ?」


 音芽さんは携帯端末を俺の顔に押しつけた。

 それから俺に抱きついて、くちびるをねだるように背伸びをながらこう言った。


「この赤い光点が聖羅ちゃん。ケータイの番号が分かれば、位置は特定できる。基地局を探すために、ケータイは電波を発信しているからね。それをつかまえるだけでいいんだよう」

「じゃあ、赤い光点を探せば良いんすか?」

「まあ、探すもなにも、更衣室に居るうちに作戦は終わるよう」

「はあ、そうなんすね」


 と、俺は気のない返事をした。

 すると魅夏先輩が突然、


「ふうん。じゃあ、後はセスナに乗ってからにしようぜ」


 と言って、俺たちを無理やり引きはがした。

 そして、ひとりセスナに乗りこんだ。

 その際、俺に向かってパラシュートとカタナを放り投げている。

 俺はパラシュートをもてあました。

 装着のしかたがよく分からなかったのだ。

 で、しばらくすると魅夏先輩が戻ってきた。


「早くしろっ」


 と言って俺を蹴っ飛ばした。

 俺が非難の目を向けると、魅夏先輩は、ぷいっと顔を背けた。

 音芽さんは、そんな俺たちを交互に見ながらこう言った。



「ねえ、ボクは作戦本部でお留守番なんだから、ふたりとも仲良くしてよう」


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