〃

「やばいッ!」


 今にも撃たれそうな状況だ。

 と、そこに魅夏先輩がカメラを構えて降りてきた。

 撮影のため、ゆっくり降下している。

 まさに格好の標的である。


「先輩、危ない!」

「なんだ、てめえらッ!」


 先輩は、とっさにパラシュートを切り離した。

 いきおいよく450メートルの高さから落下した。

 これはビルの112階から飛び降りるのに等しい。


「ちっ」


 先輩はワイヤーを射出した。

 そのワイヤーがスカイタワーをとらえる。

 先輩はまるでサーカスの空中ブランコのようにゲインする。

 その後も先輩は次々とワイヤーを射出して、徐々に高度を下げていった。

 そして無事着地した。

 俺を強引に引き寄せた。

 ベルトの装置を作動させたのだ。


「やばいぞッ!」


 先輩は、俺のパラシュートをナイフで切り離した。

 手を引いて十字路に向かった。

 十字路には、ドゥカティ・ムルティストラーダ。

 その黄色オレンジの大型バイクに先輩は飛び乗った。

 全体重を乗せたジャンプでエンジンをかける。

 ヘルメットを俺に投げる。


「早く乗れ!」


 先輩は激しく座席を叩く。

 俺が乗ると、ドゥカティは勢いよく飛びだした。

 けたたましい爆音を上げて、スカイタワーから離脱する。

 市街地を北西の方角へと疾走する。

 先輩が声を荒げる。


「どうなってんだ、音芽!」

『ボクだって知りたい! だから待って!!』

「まずは安全を確保してえ。逃走経路はこれで良いか!?」

『追っ手はまだ来ない。だけど、そのまま進むと警察署の前に出る。二番目の交差点を右折、とりあえず新潟方面に進んでよ』

「了解ッ!」


 魅夏先輩は、ドゥカティを乱暴に傾けて車線変更した。

 新潟方面の国道を進んだ。

 そのうち山間ののどかな道に変わった。

 先輩は安全を確認すると速度を落とした。

 それから俺に向かってこう言った。


「もっと、しっかりつかまれよ」

「いや、うん」

「なに遠慮してんだよ。気兼ねなく運転したいんだよ」


 魅夏先輩はそう言って、俺の左手を引っぱった。

 そのまま右へとシートベルトのように巻き付ける。

 俺は突然引っぱられて、先輩の後頭部にほほを……ヘルメット同士をぶつけた。

 あわてて先輩の腹のあたりで両手を組んだ。

 振り落とされないようにしがみつく。

 先輩は、やわらかくてメリハリのある体だった。


『なあ、ふたりとも聞こえるかい?』

「ああ」

『さっきの機動隊なんだけど、聖羅ちゃんのケータイの電波が偽装されていたんだよう。でね、解析した結果、聖羅ちゃんは国道を東に向かっていることが分かった』

「群馬だな!」


 先輩は思いっきりバイクを倒した。

 ルートを変更した。


『なあ、魅夏ァ。このまま聖羅ちゃんを追うのかい?』

「当たり前だ」

『OKぇ。じゃあ状況を説明するよ?』

「ああ」


『聖羅ちゃんは、12人乗りのリムジンに乗っている。そのまわりには護衛の白バイが8台。前後にはパトカーと思われる車輛が4台。熱源からミサイルのようなキツめの武装が確認できる』

「よしッ! じゃあ、誠也。そのリムジンが見えたらマグネットベルトをオンにするぞ。それで、あんたは両手が使えるようになる。よっぽどのことがない限りバイクから落ちなくなる」

「了解」


 俺は素直にうなずいた。

 もう、大抵のことには驚かなくなっている。

 先輩のムチャに慣れたのだ。

 感覚がマヒしていると言ってもいい。

 あきらめていると言い換えるのもひとつだろう。


「あたしは、リムジンの横につける。誠也は、カタナで屋根をがせ」

『良い作戦だねえ。ちなみに、リムジンの天井を支えているフレームは、左右の窓に4本ずつ、全部で8本。ガラスにカタナを突き刺してそのまま引っぱればいい』

「気合い入れなッ!」


 ドゥカティは東へと、群馬に向かって爆音をあげる。

 山間の道を抜ける、高速道路の高架こうかをくぐる。

 滑走路のような国道に合流する。

 片道三車線。

 甲信越の寒村には、不釣合ふつりあいな巨大な道路。

 そしてその先には護衛されたターゲット……黒く長いリムジン。


「抜けるぞッ!」


 魅夏先輩は一気に加速した。

 護衛の車輛を無視してリムジンの横につけた。

 俺はカタナを窓ガラスにブッ刺した。

 すかさず先輩がブレーキをかける。

 するとリムジンのフレームが2本、ガラスごと斬れた。


 どごっ!


 白バイが体当たりしてきた。


「タイヤを刺せ!」


 俺はタイヤにカタナを刺しこんだ。

 刺された白バイは転倒、後続車両を巻き込みながら爆発した。


「もう1回行くぞッ!」


 ドゥカティは、アスファルトすれすれまで傾いた。

 リムジンの反対側に回りこむ。

 俺は上体を地面と垂直にして、ほほの横でカタナを握る。

 いわゆる八双はっそうの構えで気力を充実させる。

 寄せてくる白バイをことごとく斬る。

 粉砕する。

 俺の腹は、先輩の背中にマグネットで吸着している。

 そこを支点として、俺は大胆に体を投げ出している。


 ぶんっ!


 カタナを振り下ろす。

 すくうように斬り上げる。


「今だッ!」


 ドゥカティがリムジンに体当たりした。

 俺はフレームを斬った。

 ばっくりと、リムジンの天井が開く。

 まるで缶詰を中途半端に開けた状態だ。

 リムジンは時速80キロで走行中。その天井はまるで帆船はんせんのように吹きつける風になびいている。


「よし、じゃあ運転はまかせたぞッ!」


 魅夏先輩は突然、俺の右手を引っぱった。

 ハンドルを持たせた。


「えぇ!?」

「これから飛び移るッ!」


 先輩はそう言って、俺のふところをスルリとすり抜けた。

 俺は戸惑いながらも、なんとかハンドルを固定した。

 そのときにはもう、先輩は両手を広げて宙に浮いていた。


「あのバカっ!」


 バイクの運転とか分かんねえよ――と、俺は叫んだ。

 すると間髪入れずに、


『うるせえ、男は黙って蛮痴羅パンチラだ』


 と骨伝導無線で、わけの分からないツッコミが入った。

 俺は苦笑いで顔を上げた。

 先輩は頭を下にした大の字で、ワイヤーをリムジンに飛ばしていた。

 まるでタコのように、先輩はリムジンの後方を飛んでいる。

 なんとなく手持ちぶさただった俺は、フレームの残りを斬ろうとリムジンの逆側にまわりこんだ。

 そのとき後ろの車輛から、


 ぼすんっ!


 マグロのようなミサイルが飛んできた。


「危ねえなッ!」


 俺は今更そんなことを叫んだ。

 カタナを振り下ろした。

 ばっくりと、警備車輛が割れる。

 白煙を上げて遠く後ろへと流れていく。

 俺はそれを一瞥いちべつするとリムジンの横につけた。

 しかし、ほかの車輛からもミサイルが飛んできた。

 俺はそれをたどたどしい運転で、というより、気合いで避けた。


「おい、もっと寄せろッ!」


 魅夏先輩が叫んだ。

 先輩はすでにワイヤーをたぐってリムジンに到達していた。


「おらァ!」


 先輩は乱暴に天井をはがした。

 そのときオープンカーのようになったリムジンのその後部座席から、


 ガンッ!


 弾が放たれた。

 先輩は、その弾丸を腰の山刃で叩き落とした。

 青ざめるボディガードをつかんで、ぶっきらぼうに放り投げた。

 それから座席に片足を乗せて、モデルのようにポーズをキメた。

 先輩が見下ろす先には、ピンクのツインテール。


聖羅せいらちゃんだね?」


 少女はその大きな瞳に涙を浮かべていた。




   ▽     ▽     ▽


 三好聖羅みよし・せいら

 鬼神南中学一年、十三歳。

 血統書つきの猫のように澄ました少女。

 白のロングスカート、その上にはピタッとした紫のノースリーブ。

 抱きしめると崩れそうなほど華奢きゃしゃな肩。


 魅夏先輩は、データと照合した。

 本人に間違いないな――と、つぶやいた。

 それから先輩は聖羅ちゃんの両わきに手を入れて、ぐいっと、引っぱりあげた。

 聖羅ちゃんは、時速80キロで疾走するオープンカー……となったリムジンに立たされた。


「ちょっと、なにすんのよッ!」


 聖羅ちゃんは、魅夏先輩のほっぺたを引っぱたいた。

 すると、先輩はキスしそうなくらいに顔を近づけて、


「ああン?」


 と、アゴをしゃくるように声をあげた。

 聖羅ちゃんはアゴを引いて、ぐぐっと言葉を詰まらせた。

 俺は思わず、先輩のガラの悪さに噴きだしてしまった。


「笑ってないで、とっとと終わらせるぞ」


 魅夏先輩はそう言って、ドゥカティに跳び乗ってきた。

 それと同時にワイヤーを飛ばしている。

 ワイヤーは、聖羅ちゃんの太ももの上のほうに当たった。

 それから、くるんと太ももを一周すると、ワイヤーは先輩の右手に戻ってきた。

 聖羅ちゃんはそのままの姿勢で、ぼんやり先輩を見ているだけだった。


 はらり。


 突然、聖羅ちゃんのロングスカートがワイヤーのなでたところから斬れ落ちた。


「えっ!?」


 か細い上半身とは対照的に豊かな腰まわり。

 存在感のある下半身。

 あどけなさを残した真っ白な太もも。

 そしてその奥をつつみこむ白い生地、大きめのピンクの水玉。それはゴムで締めつけられて、おへその下でゆるんだ、やわらかな布。


 ぱんつ。


 下着というよりも、ショーツというよりも、パンツというよりも、ぱんつ。


 おぱんつ――であった。



「撮れッ!」


 魅夏先輩が叫んだ。

 聖羅ちゃんは、ほっぺたを赤く染めた。

 カメラを構える俺を、キッとにらんだ。

 恥辱にまみれたオンナの顔だった。

 俺は聖羅ちゃんのことを、可哀想なほど子供だなと思っていたのだが、そんな聖羅ちゃんがなんだか急にオトナに感じられた。

 俺はゾッとした。

 ごくりとツバをのみこんだ。


「誠也!」

「あっ、うん!」


 俺は、あわててシャッターを切った。




 カシャァ! カシャァ! カシャァ! カシャァ! カシャァッ……―――。




 その大げさな連射音に、聖羅ちゃんの愛くるしいくちびるがゆがんだ。


「よし! 戻るぞッ!!」


 魅夏先輩が無慈悲に叫んだ。

 俺はドゥカティを反転した。

 聖羅ちゃんを置き去りにして、学校に向かったのである。




■ROUND2 オペレーション・リザルト■

 マン・ターゲット    :三好聖羅 鬼神南中学一年 十三歳

 マテリアル・ターゲット :コットン97%、ポリウレタン3%。ゆったり

 備考          :大きめのピンクの水玉   撮影状態良好!


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