〃

 小神殿に閉じこめられてから、どれくらい経っただろう。

 俺たちは壁に背もたれ、体育座りをしていた。

 俺は、ぼそりとつぶやいた。


「なんとか気力は回復してきたな」

「うん……」


 音芽がこくんとうなずいた。

 ぐったりとして俺にもたれかかっている。

 その隣では、桔梗がカバンからなにかを取り出していた。

 食べ物でも持ってきたのかな? ――そう思って俺はのぞきこんだ。

 すると。


「おい、なんだその写真はっ」

「パンチラよ」

「パンチラって、それ市長の娘だろ」

「あはは、全員分あるわよ」


 桔梗はそう言って、写真を俺に押しつけた。

 俺は、あきれ顔でそれを受け取った。


「市長の娘、警察署長の娘、住職の孫ってこれは桔梗のパンチラか。鬼神の写真まである」

「あはは、蛮痴羅パンチラのカメラをハッキングしてるのよ」

「スパイウェアを入れたのか!?」

「というより、自動でクラウドに保存してるから、保存場所さえ分かれば後は簡単なんだよお」


 音芽はそんな無責任なことを言った。

 その横で桔梗がニヤリと笑った。

 で、俺が眉をひそめたときだった。

 ゴオォーン! ――っとかねが鳴った。

 音芽が言った。


生贄いけにえの鐘だね」

「ああ」

「昨日の鐘は、すでに7つ鳴っている。これは新たな生贄だよお」

「そういうことになるな」


 俺たちは、ガックリうなだれた。

 それは自分たちがいる塔で、誰かが殺されることに心を痛めたからであるが、何もできずにいる自分たちの無力さに落胆したせいでもあった。


「とにかく立とうか」

「うん」

「体力も回復してきたし、脱出方法を模索しよう」

「ああそういえば、あなたシーフでしょう? なにか出来ないの?」

「そんなこと言われても、別にあれから何もねえし。スキルとか分かんねえし」

「なによ、使えないわね」

「うるせえよ」

「じゃあそこのチビ巨乳、あなたはどう?」

「ボクもそういった特技はないよお」

「まいったわね」


 桔梗は俺にしがみついて立ち上がると、そのまま周囲を観察した。

 桔梗は歩かなかった。

 抱かれるというより、俺にからみついて部屋のなかを移動した。


「自分で歩いてよ」

「別にいじゃない。あなたもワタシみたいな大人気の美少女に抱きつかれて嬉しいでしょ?」

「うーん、まあ、それは」


 否定できない自分がいたりする。

 桔梗が大人気の美少女なのかは別として。


「じゃあ問題ないわね」

「うーん」

「なによ煮え切らないわね。いかにも童貞くさいリアクションだわ」

「えへへ、誠也は魅夏のことを気にしているんだよお」


 音芽はそんなことを言って、俺の顔をのぞきこんだ。

 俺は、ちょっと笑った。

 すると桔梗が太ももで思いっきり俺をしめつけた。

 そして言った。


「なによ。あなた、あの女と付き合ってるみたいなことになってるけれど。それどころか夫婦みたいな扱いだけれども。あなた、あの魅夏とかいう派手な女とどうなのよ?」

「どうって?」

「まだエッチとかしてないんでしょ?」

「……まあ」

「だったら、ワタシのほうが上よ」

「えっ?」

「だって、あなた。ワタシのパンツを見たじゃないのよ」

「見たというか、見せつけてきたというか」

「パンツを見せたワタシのほうがあの女よりも上よ。見せたのは一枚だけに、一枚上手よっ」


 桔梗は今年一番のドヤ顔でそう言った。

 俺は、うーんとうなったまま、その場にしゃがみこんでしまった。

 よく分からない理屈をこうも自信満々に言われては、いきおいに押されて納得しそうになる。

 で。

 俺が苦笑いで立ち上がったそのときだった。




 ドゴオオォォォ――――!!



 突如として壁が崩れた。

 壁の崩れたところから白煙が上がっている。

 しばらくすると白煙が風に流され、視界が開けてきた。

 壁には、ぽっかりと穴があいていた。

 それも軽トラック1台分の大きさ、バカバカしいほど巨大な穴である。

 そしてその大きな穴から、赤髪の女が顔を出していた。


「やあ、みんなァ!」


 言うまでもなく魅夏である。




   ▽     ▽     ▽


「助けに来たぞッ!」


 と言って、魅夏は勢いよく部屋に飛びこんだ。

 音芽と桔梗の肩を抱いて、それから俺に微笑んだ。

 まるで太陽のような笑顔である。


「魅夏……」

「なんだよ誠也ァ」


 魅夏は眉を上げて、じろじろと俺を見た。

 それから部屋の様子を見まわした。


「おっ、かっこいい鎧だな」


 魅夏はそう言って、二カッと笑った。

 そしていきなり身につけた。

 まるでセーターでも着るように、頭からばっさりよろいを被ったのだ。

 まったく。

 無警戒にもほどがある。


「なんだよ誠也ァ?」

「えっ?」

「今、心のなかで文句を言っただろ」

「いやっ」

「誠也の考えてることは、すぐ分かるんだぞ」


 魅夏はそう言って、動揺する俺の肩をつついた。

 ひどく得意げな笑みである。

 俺は聞いた。


「ところで魅夏。今、『助けに来たぞ』って言ったけど、なんでここが分かったの?」

「ああン、骨伝導無線だよ。このピアスに突然、誠也たちの声が入ったんだ」


 魅夏はそう言って耳を指さした。

 俺は、異世界でも使えるんだ――と、ぼそりとつぶやいた。

 すると音芽が、当たり前だよ――といった感じで眉をあげた。

 魅夏が言った。


「この塔に用があって、さっき来たところだよ。で、塔に入ったところで、あんたらの声がしたから、ここしかないだろうって感じで」

「壁を爆破したのか」

「いや、極大魔法を撃ちこんだ」


 魅夏は、誇らしげに胸を張った。

 俺はそんな魅夏を見て、まるでデキの悪い子をさとすように、ゆっくりと言った。


「ねえ、魅夏。見つけてくれたのは嬉しいけれど。助けてくれたことは素直に喜んでいるけれど……。世間一般にはね、仲間が収容されている場所には、魔法は撃ちこまないんだよ。一般常識として危ないからね。仲間が死ぬかもしれないでしょう?」

「魔法じゃねえよ、極大魔法だぞ」

「もっと悪いよ」

「なんだよ、つまんないこと言うなよなあ。試してみたかったんだよ」

「うーん」

「もう! 人がせっかく、また異世界に戻ってきたのにさあ?」

「あー、そうだそうだ。鬼神市に飛ばされたんだって?」

「そうそう。で、また戻ってきたんだよ」

「よく戻って来れたね」

「ほら、ロリちゃんの父親って、あいつ金持ちだろ? 説得したんだよ」

「説得ねえ……」


 俺と音芽は目と目をあわせると、同時に苦笑いした。

 桔梗も顔を背けて、ニヤニヤ笑っている。


 3人とも、魅夏がカタナを持って暴れまわっているのを想像したからだ。

 魅夏は『説得』と言っていたけれど、たぶん『脅迫』だと思う。

 あるいは、肉体言語による説得――そんなフレーズが頭をよぎった。


「っていうか魅夏。もしかしてその剣……というか鈍器は?」

「ああこれ? 城でもらった」

「まさか中庭にあった、あの聖剣!?」

「そうそう。聖剣なんたらかんたらとかいうヤツ」

「よく引き抜けた……というか、引き抜けてないけど」

「まあ引き抜けないからさァ、石ごと持ってきたんだよ」


 魅夏は聖剣を肩に担いでカラっと笑った。

 その聖剣の先には、石がガッツリくっついていて、巨大なハンマーのようである。


「で、どうしたの? 用があるって言ったけれど」

「あーそうそう、そうなんだよ。今朝、ロリちゃんが捕まってちゃってさあ」

「ロリちゃんが!?」

「ちょっと目を離したすきにな。で、ドラゴンが飛び去ったのを見たから、暗黒騎士の野郎に違いないだろうって」

「この塔まで来たの?」

「城に行ったら、王様がこの塔だって言うからさ」

「あー、俺たちと入れ違いだったのか」

「らしいな」


 と、魅夏が言ったそのとき。

 ゴオォーン! ――っとかねが鳴った。

 今日、2回目の鐘である。

 この鐘を聞いて、音芽の顔が青ざめた。

 音芽が魅夏に聞いた。


「ロリちゃんが捕まったのは、今日だよね?」

「ああ」

「今、生贄になってるのは、たぶんロリちゃんだよお」

「「なにぃ!?」」


 俺と魅夏は声を荒げた。

 それと同時に、ゴオォーン! ――っと、3回目のかねが鳴った。

 鐘の鳴る間隔が狭まっている。

 俺たちががく然としていると、桔梗がスッと部屋を出た。

 彼女は穴のところで振り向くと、冷然と言った。


「さっさと行くわよ。あの子が犠牲になる前にね」

「行くって、どこに?」

「そんなもん、頂上に決まってるじゃない」

「ちょ、待てよ。そんな決めつけ危険だろ」


 俺は口をとがらせて言った。

 すると桔梗は、あごを上げて肩越しに俺を見下すシャフトのポーズでこう言った。



「バカとラスボスは高いところが好きって、よく言うでしょ。あいつは頂上よ」



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