〃

 その後、俺たちは熱烈な歓待を受けた。

 豪華な夕食が用意され、宮廷道化師とかいう連中が派手なパフォーマンスを繰り広げた。さすがにお酒は飲まなかったけど、それでも、次々と運ばれてくるご馳走と、にぎやかな宴会の雰囲気に酔いしれた。

 すべてが終わると、これまた華美な寝室に通された。

 とても広く、家具や灯りなんか王様の部屋かと思うくらい豪華である。

 でも、3人に用意された部屋はひとつで、しかもベッドは巨大なものがひとつだけだった。


「20畳くらいある巨大なベッドだね」


 音芽はそう言って、ベッドに飛びこんだ。

 俺がベッドの隅に腰掛けると、桔梗が横に座った。

 そして、べっちゃりと俺にもたれかかってこう言った。


「今晩はこのベッドで3人よっ」

「ううむ」


 俺はどんな顔をしていいのか分からなかった。

 ぎこちない笑みをしていると、音芽が桔梗に聞いた。


「しかし1年と2ヶ月も時間を巻き戻すとは、随分思い切ったアイデアだね? 時間の巻き戻しは試してみたのかい?」

「まあ、2・3週間くらいなら」


 桔梗はそう言って、ベッドに寝転がった。

 俺も巻き込まれて寝転がった。

 音芽が、ころんと転がってきた。

 桔梗の顔をのぞきこんで、音芽は言った。


「キミがこの異世界にトリップしたのは、ミサイルで小型ジェットに衝突したとき。そして異世界から帰還したのは、その翌朝。この異世界に1日もいなかった計算になる」

「ええ、そうよ」

「その短時間で、あの馬車や魔法の杖を手に入れるのは不可能だ」

「まあ、その通りね」

「じゃあ、やっぱり。異世界で時間を巻き戻してから、鬼神市にトリップしたんだね?」


 音芽は瞳を輝かせてそう言った。

 桔梗は照れくさそうに目をそらし、こくんとうなずいた。

 すると音芽の表情がみるみる明るくなった。

 桔梗がニヤリと笑うと、音芽は飛びあがるほど喜んだ。

 感激して桔梗に抱きついた。


「すごいよ! すごい!! キミはやっぱり天才だよ!!!!」

「あはは、そんなことないわあ」

「キミはなんだかんだ言って優しいよね。ボクたちのことを考えてくれるよね」


 音芽は全身を投げ出して、桔梗に力いっぱい抱きついた。

 ほっぺたをこすりつけて喜びを表現した。

 桔梗はイヤな顔をしていたけれど、内心は喜んでいた。

 ただ、喜ぶのはかまわないが、音芽が俺を飛びこえて桔梗に抱きついているのは少し困った。音芽の超高校級のおっぱいが上から俺を圧迫しているからだ。


「ふごっ、ふごごっ」

「なんだよ誠也ぁ?」

「ふごごっ、ふごごっ(訳:音芽っ、息がっ)」

「もう、くすぐったいなあ。ちゃんと話せよお?」

「ふごごっ、ふごごご、ふごごご(訳:無理っ、そんなの無理だって)」

「うーん」


 音芽は桔梗から離れた。

 そのまま、ずりずりと俺の上を滑って、もとの位置に戻った。

 俺を見て、ぷっくらとほっぺたをふくらませた。

 俺は音芽に聞いた。


「なにを興奮しているんだよ?」

「はあ!? 誠也こそ何を言ってるんだよお!? 異世界で時間を巻き戻して鬼神市に戻るんだよ。そうすると、鬼神市の時間も巻き戻っているんだよお!!」

「そうなの?」

「そう! 桔梗が身をもって証明したじゃないか!!」

「はあ。でも、それってすごいことかもしれないけどさ、そこまで喜ぶこともなくね?」


 タイムトラベルなら映画やアニメでよく観てる。

 それほど興奮することでもないだろう。


「なにを言ってるんだ誠也! 1年2ヶ月前に戻れるんだよ!?」

「あーだから、それがどうしたんだよ」

「分からないの!?」

「なにがあ?」

「1年と2ヶ月前。誠也は中学3年生、ボクたちは鬼高の1年生。あの7月なんだよ!?」

「うん?」

「キミのお父さんが殺されて、お姉さんが自殺した、あの7月だよ!」

「あっ? それってまさか」


「そう! ふたりの死を防ぐことができるんだ!!」


 音芽は気力に満ちてそう言った。

 桔梗はまつ毛をふせて、ニヤリと笑った。

 だけど俺は、いまいち実感がわかなかった。


「なんだよ誠也ァ? 信じてないのかよお?」

「タイムトラベルは不可能だって、テレビかなんかでやってたぞ?」

「うん、不可能だよ。現実ならね」

「はあ。でも、それが異世界なら可能だとかいうのは、ちょっと強引なんじゃね?」

「まあね。ただボクはこの異世界を『ゲームの世界』だと思ってる」

「ゲームの世界?」

「王様のリアクションとかそれっぽかったじゃん」

「おまえ、さらりと失礼なこと言うよな。で?」

「ようするに、ここはプログラムされた仮想空間。それならば過去を創り出すことができる。過去を創り出せれば、戻ることができる」

「んんん?」

「これがタイムトラベルをあらわす方程式だよっ」


 音芽はそう言ってメモ帳に、女性器をあらわすマークを描いた。


「こらっ」

「違う、違うよお。真面目な方程式だよお」

「おまえっ、どう見たってアレじゃねえか」

「だから違うんだって。これが時間軸、これはXYZ空間だよお」


 音芽は真面目な顔だった。

 どうやら冗談ではないらしい。

 が、しかし。

 俺は苦笑いしかできなかった。

 ベッドから下りてお手洗いに向かった。

 音芽の言ったことを理解するのに、ひとりの時間が必要だったのだ。――




   ▽     ▽     ▽


 寝室を出て廊下をすこし歩くと中庭に出た。

 中庭といってもサッカー場くらいはある。

 この城はすべてが大きく、そして豪奢ごうしゃにできていた。

 俺は、ぼんやりと月を見上げながら、中庭を歩いた。

 立ち止まって大きく伸びをすると、後ろから声をかけられた。


「月が綺麗ですね」


 振り向くと王女が微笑んでいた。

 王女は真っ白なドレスで、そのドレスよりも白い肌をしていた。

 清純で汚れひとつない彼女だけれども、このときは月明かりが差しているせいか、どことなく淫靡いんびに見えた。

 俺はゴクリとつばをのみこんだ。

 王女は笑顔のまま、やわらかくうなずいた。

 永遠にも感じられる沈黙が流れた。

 俺はノドのつまった声でようやく言った。


「あのっ。やっぱり俺、時計塔に行きます」

「やはり行かれるですね」

「時間を巻き戻したいのです」

「ですが塔には」

「暗黒騎士ですよね。なんとかします」

「まあ」

「父と姉を救いたいのです」


 きっぱりと俺は言った。

 それは王女に伝えたというより、自分に言い聞かせたようだった。

 俺の背筋は自然と伸びた。

 言葉にすることによって、ようやく実感がわいたのである。

 そんな俺を見て、王女は嬉しそうに目を細めた。

 そして言った。


「どうやら決意は固いようですね」

「はい」

「暗黒騎士の操るドラゴンは、王家に伝わる聖剣でしか倒せないといいます」

「聖剣ですか」

「聖剣ラ・カリブルヌス。あちらの石に刺さっておりますが、しかし、今まで誰ひとりとして引き抜いた者はおりません」

「はあ」


 なんだかどこかで聞いたような話である。

 俺は懸命に笑いをこらえながら、王女の指さすほうを見た。

 するとそこには、石にブッ刺さった両手剣。

 月明かりに照らされ、美しくもあやしい光を放っていた。


「試してみますか?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「どうぞ」

「せいっ! あっ、無理」

「うふっ」


 と、王女は笑い、あわてて口をふさいだ。

 俺と目があうと、まるでイタズラを見つかった子供のように、くすっと笑った。

 なんという正統派美少女、王道なリアクション。

 こんな美少女は初めて見たと、俺はうっとりした。

 今まで出会った美少女が、どれもキチガイばかりなだけに、俺の受けた衝撃はすさまじいものであった。


「セイヤさん」

「はっ、はいっ」

「聖剣の代わりに、このアミュレットを受け取ってはいただけませんか?」

「それは?」

「王妃から王女へと代々引き継がれている『聖母のアミュレット』です。所有者が命を落としたとき、砕け散って、身代わりになるといわれています」

「そんな大切なもの受け取れませんっ」


 俺はあわててアミュレットを押しかえした。

 王女は、俺のいきおいに身をすくめ、大きく目を見開いた。

 俺が頭を下げると、王女はゆっくりうなずいた。

 それから王女は、覚悟を決めたって感じの瞳で俺を見た。

 ゴクリとつばをのみこんだ。

 そしてドレスのすそをぎゅっとつかんで、かすかに何かをつぶやいた。

 俺が眉をひそめると、王女はわなわなとふるえる声でこう言った。


「わたくしは、セイヤさんに命を救われました。お礼がしたいのです」

「はあ、はい」

「ノクトゥルノ王国には、王室典範おうしつてんぱんに基づいた古くからの儀礼ぎれいがあります。そのっ、これはっ、これからわたくしがすることはっ」

「………………」

「……感謝をあらわす最高の王室儀礼とされます」


 王女は言い終わると、あわてて顔をそむけ、羞恥にほほを桜色に染め、しかし大胆にドレスをおへその位置まで、たくしあげるのだった。




■ROUND1 オペレーション・リザルト■

 マン・ターゲット    :エスメラルダ王女 ノクトゥルノ王国 十六歳

 マテリアル・ターゲット :最上級のシルク100%。ローライズ

 備考          :純白無地のレース編み



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